色をつける一兎 への感想

閲覧数1655
コメント数14

評価平均

発想3.3
構成3.8
表現3.3
総合2.9


正直この話は難しいなぁと思いました。
構成も文章も上手いし面白いと思います。作者さんの考えに共感は出来ないけれども、そういう風に世の中を見ている人がいるであろうことは理解できるし、おそらく作者さんと同じ考えを持つ人にとっては好きな話だと思います。それだけに、好き嫌いで評価が分かれそうな、難しさがあるなぁと感じました。

簡潔で読みやすいのに、読者に投げかけてくる一つ一つの文章を頭の中で噛み砕き自分の中に入れるのに随分時間がかかりました。自分は果たしてどうなのだろうと自問自答しながらの読書でした。
最初の本のくだりは自分にも思い当たる節があるので耳が痛いですが、本は読まれなくても本としての価値はあるという言葉に目から鱗が落ちました。

最後の文章が、考えることと流されることを暗示しているように思えて印象的でした。

なんか落ち込んだ。

面白い試みで、批評性を感じました。ただ、同じ形式を繰り返す部分(本、CD、結婚)までで、作品としては完結させても良いような気がします。中盤以降はとがっていて熱量が高いことは認識できるのですが、作品の面白さにとっては不利と思しき説教臭さが生まれてしまっていてもったいないです(説教臭さととがった表現は本当に紙一重だなと身につまされましたが)。最後の一文で小説的な表現に戻っていくので、そういう選択をするのであれば、中盤以降の表現もより戦略的に、熱量以外のものをもっと織り交ぜても良いのではないでしょうか。あるいは、最後の一文はなしにしてもっととがっていく方向でも良いと思います。いずれにしても、構成の仕方次第でさらに発展していく可能性を秘めた作品だと感じました。

ぁぁ。めんどくさい人だぁ(目を細めて仰け反る)
当たり前だと思うことに目を向けて改めて考えてみるというのが哲学だよ、きみ。え、まあ、はい、言われれば、そうかもしれませんが、せんせー。

読みやすくて、考えさせられる話だけど、好きじゃないン。

 読ませていただきましたので、評価は致しませんがコメントを書かせていただきます。
 信号待ちになった瞬間に考え始めたこと、そして小脳の反射で信号が変わったのを認識して身体が勝手に横断歩道を渡っていたこと、その間ずーっと何かを思考していたことに気が付いた。その間ずーっと風景には色が付いてなかったのかなと。そんな風に受け取りました。
 非常に興味深い読書の時間をありがとうございました。

 これは、断片なんだろうかなあ。一本の筋がとおった論述として読めなくて、頬杖ついて唸りつつ二回目を読んだんですが、やっぱり断片にしか思えなかった。

 蒐集癖や性産業は、人間の欲望を刺激し経済を回す。それは一面で正しい。

 愛はお金で買えない。でもお金は愛に形を与え、ひいては価値を与えている。

 子は価値のあるものか。子育ては投資か。

 前半と後半の間、「——自己表現など〜」ではじまる段落だけ、論調が違う気がした。

 成長は常に現時点である。
 だから信号の向こうにいたのだ。

 とりあえず、ずっと怒ってるなあ。

  いろをつける【色を付・ける】
  大目にしたり値引きしたりして売る。
  「少し━・けておきましょう」
  →色
 明鏡国語辞典 第二版 (C) Taishukan, 2011

  色を付・ける
  (1)商いなどで,おまけをつけたり,値を引いたりする。
  (2)事に際して融通をきかす。
  → 色
 スーパー大辞林3.0 (C) Sanseido Co.,Ltd. 2010

資本主義へのアンチテーゼと受け取りましたが、さほど説得力を感じませんでした。

確かに、今のこの世の中は理想郷とはほど遠いと思いますし、貧富の差についての問題意識には共感を覚えるところではあるのですが、競争やイノベーションがない世界はとても退屈だと思うので、全面的に賛成はできません。

これは私(読み手)のスタンスの問題もありますが、書き手の技量次第で説得力生む余地も大いにあると感じます。

参考になるかどうかわかりませんが、最近読んだ『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』という本では似たようなことが主張されていて、こちらには一定以上の説得力を感じました。
(説得力の源泉がどこにあるのかという分析は長くなるので割愛します)

話を戻すと、本作は「多少不便で退屈でも、そういうことなら我慢しよう」と思えるか否かで評価が大きに変わってくると思います。
私は否でした。

Q.「グローバルとインターナショナルの違いは何かわかりますか?」 A.「なにそれおいしいの?」
目的が形骸化し、手段が目的化したところで、個人が物理的・金銭的な経済活動として社会に与える価値は変わらない。あるいは手段を目的化し、表層的な部分に貼って剥がせる使い捨ての張り紙のような価値を与えた方がより効率的な消費と生産の循環を促すであろうから、経済活動としての価値は高まると言える。けどそれって本当の豊かさなんですかね?そんな問題提起を婉曲的に表現した文章であると捉えられた。
「CDを購入する目的が性欲を満たすことであり」の件には笑えたし、(横断歩道を渡るために)信号を注視していはずなのに(中略)私は横断歩道の反対側に居た。という締め括りでは「信号」という手段を意識せずに目的が達成されており、主題と対になっているようで構成として面白いと感じた。(感想に先述されていて気付いたが、信号待ちの間にこのような事を考えたという体を取った文章であるのならなお見事だと言える)
何と言えばいいだろうか。主題に沿わず、主張を読み取ろうとする意志を削ぐ、ただ思い付きを書き散らしたように見受けられる難解な部分が読解の調子を狂わせるので、決して読み味は良くない。第一印象は「君が何を言っているのか分かったようで良く分からないよ」。特に、「――自己表現などという身勝手なものが」で始まる件、及び「成長するとは何か?」で始まる件がそれにあたる。個人的に「多様な表現が存在して然るべきなのだ」「安手の感情移入とやらだけが(中略)罷り通る世の中には」のあたりには、表現に対する責任を自己弁護しているかのような印象を受け、何か嫌悪感のようなものすら感じた。(ちなみに私は「感情移入とやら」が好きなので、無意識にいくらかの敵対心を掻き立てられているのかもしれない)。「多様な表現」は、大衆から価値を付与される経済社会において作品として表出されるものの中には少ないであろうが、評価されないだけで存在を許されていない訳では無い。
豊かさとは何か?という問題提起はありふれているなりに深い主題であると感じているので、「あれが嫌だ」「これは好ましくない」という批判ばかりではなくじゃあどうすれば豊かな社会を形成できると思う?というあなたの思いつきを聞いてみたかった。

これはコピーライターの書く文章だなと思いました。ボディの長い新聞広告的な。
風刺的な意味合いがなくてこういう形式にしたのだとしたら言い散らかしに見えてしまうし、風刺的な意味合いがあったのだとしてもそれはそれで腹に据えかねるイライラ具合です。

 彼女、彼の部分はカルヴィーノの『冬の夜ひとりの旅人が』を思い出しますがそこから自由な形式で述べられる主観的な思考は不自由を述べているようで、自由と不自由を行き来するとか揺れ動いているというのではなく、自由と不自由は形式と内容で同時に表されている。おもしろいやり方だと思いました。

おもしろかった・・・。
信号待ちしている数分程度にふと思ったことを簡潔にわかりやすく書いたらこんな感じになるんですかね。

もし自分に同じようなアイディアがあったとしても、こういう構成はできなかっただろうし、すごいなぁと。

ほんと勘弁してください。こういった形態の面白い話を出されると、順位付けがひじょうに難しくなるんですよね。
いや、それはこっちの事情でした。
特に構成が気に入りました。構成を気に入るってのもなんかおかしな話ですが、上手いなって唸っております。

この、主張や言いたいことを吐露する感じ、すごく好きだ。
書いてある内容にはいちいち共感を覚えると同時にいろいろ考えさせられる。

個人的に、一兎さんの作品は好きなので、また読めて嬉しいw