Fの叶えた夢水野洸也 への感想

閲覧数1394
コメント数22

評価平均

発想3.2
構成2.8
表現3.2
総合3.1


読解に資格や鍵と言ったものが必要な文章だと思いました。
言葉通りに受け取るなら全体的に皮肉めいた刃をそこかしこに隠した物語なんだと解しますが、多分残念ながら、自分は前述の何かを見つけられなかっただけかと思います。
果たして本当にちゃんと自分が掴めているのかの答え合わせがしたい文章でした。
ただ、答えを求めてはいけない種類のものなのかもしれませんが。
そういう点では少し読者に隔絶感を与えてしまうのではないかと思いました。

ちょっと裸の王様を連想しましたが、もっと言葉と事実の関係性を深めた物語かなと思いました。本来言葉だけでは事象の真実を保証することはできず、事象が目に見えない観測しえないとなったら、言葉はただの空中楼閣になってしまいますね。一升瓶を持った輩を警戒すると共に、ホント期待してしまいます。

非常に鼻に付く文体は、好き好きという所でしょうか。
おはなしとしては、何とも掴み所が無く、
宙を浮かんでいる様な感慨であり、
所謂一つの「そういうものだ」("So it goes.")として、
愉しむ事は出来ました。強いて聞きたいのは、何故アイルランドか、ですかね。

 コメントのみ書き込みます。
 蔵書にあるロマン文庫の、セピア色が濃すぎて文字が読み難くなった「かほり」が鼻を刺激した気がしました。
 以上、読ませていただきありがとうございました。

一週間以上前に読み終わってはいたのですが、意図が読み取りたくて粘っていました。
結局自分なりの解釈もままならないままに感想を書くことにしました。

意味合いそうな会話そのものに関しては真新しさを感じはしませんでしたが、技巧としてはできており、読者を内容へと導こうとする力がある。
特に非現実的内容を説明なく、読者に与えて受け取らせるだけの下地ができているところに感心。

最初フーディーニをイメージしているのかと思っていたのですが(死因撲殺ですし)、Hなんですよね。
この延長線で調べてもH以外に見当たらず、諦めました。
だから、込めたものとしてはいたってシンプルなテーマだったのではと一週回って自己解釈しています。

だらっとしていて、軽妙な文章はよかった。この手の形式の作品を読むのはひさしぶりで楽しかった。
でも、胸のもやもやがでかい。

 話としてはなんだかわかりませんが会話は気持ちいい。掌編ですとガツンとオチが好まれる傾向があるように思いますが、ぼくはこうダラっとナンセンスに終わる話も好物です。会話もあからさまなギャグより抑えの効いたユーモアのほうが読みごたえはある。
 ところで階段のくだりはDODAのCM見て思いつきませんでした? 

 これはティム・オブライエンの「本当の戦争の話をしよう」が鍵なんだろうか。しかして未読である。とりあえずインターネッツの力を借りてみたが、あまり参考にはならなかった。仕方ないのでこのことは忘れる。

 なぞの二人が、どこともわからない場所で、どうでもいいことを話している。どうでもいいというのは、この二人にとってどうでもいいということで、私を含めた読者はといえば、これがどうでもいいのかどうかが判断できず右往左往している。なお、聞き手役のほうはどうでもいいとは言っていないが、この話に何か重要なことを見出している様子はないし、話を聞いているあいだ、他のことに気を取られていた。ゆえにやっぱりどうでもよかったのではないかと思われる。また、空を散歩するという、現実的に不可能なことが話の中では、手間暇かかるけどスペシャルなことではないような軽さで扱われている。まるでアイルランド製の木でFを殴り倒し天国へ送ってやった、くらいのお手軽さだ。

 いや、木じゃなくて酒瓶かもしれない。

もしかしたらラストの、一升瓶で君の頭を思い切り殴りつけられることが起こるかもしれない。という一文は、ティム・オブライエンの戦争の話をしようという本からの引用、或いはエピソードなのでしょうか? その本を読んでいないのでなんとも言えないけど、そうでないと冒頭の本の紹介は随分と浮いてしまうし、ラストのオチは唐突過ぎるように思えて、きっとそうなのだろうと想像します。その仮定での感想はそんなんわからんわーだし、そうじゃないにしても、そのオチのこころは?となって、とどのつまり解読はできませんでした、というところに落ち着きます。翻訳を模した文章はいいとしても、空を散歩する話の現実離れ具合とオチの意味不明さが相まって、どうにも捕らえどころのない話に仕上がってしまった、という印象です。

「ぼくはぼくのその性質をきみに認めてもらい、これからもぼくへのサポートをきみに続けさせるためには」というくだりから、人工知能がその創作能力を見せるために話を作りながら設計者に聞かせているのかなと思ったが、なんかその設定ではオチとの整合性がないし、2回読んだが結局???で終わってしまった。読み切れていない深い部分があるのかもしれない。ぼんやり夢を見ているような、不思議な読後感だった。
 会話をしている二人の設定によってずいぶん読後感は変わってくると思う、読者の集中を保つためにも彼らの正体とか関係をもう少し匂わせても良かったのではないだろうか。

 文体は(特に最初の方は)ネットの村上春樹のコピペを拾ってきたような語り口ですが、それだけではない気がします(言葉が足りず、それけではない、部分を具体的に説明できないのですが)。冒頭の語りから、鼻につく人はひたすら鼻につくんじゃないでしょうか。だらだらと長い前置きのあと、空を飛ぶための準備のあたりと、その結果までのあたりは、ほとんどただ説明されているだけなんですが、少しだけわくわくしました。終わり付近の脈絡のない台詞からは、意味を見い出せませんでしたが、それが逆に味を出してもいます(一方で、消化不良感も抱かせている。何か隠されている意味があるのかもしれませんが、今の自分には読み取れませんでした)。何とも言い難い、そんなお話しです。

オチがちょっと分かりませんでした。
Fの話がなにかの隠喩で、それが戦争につながっているということなのでしょうか。

Fは願いが叶って幸せだったのでしょうか。そればかりが気がかりです。
二人の軽妙な掛け合いは、読んでいて気持ちよかったです。

 会話劇は好みでないというだけなのですが、いまいち、本当の戦争の話をしよう、と、話の本題の空を散歩するFの話につながりを見いだせないところが、不完全燃焼に終わった感じがしました。確かに、会話に全て意味が通っていると思うことは間違いなのかもしれませんが。
 Fの叶えた夢の話をするには、話者の性格の話であったり、オチの部分であったり、他の要素が目立ってしまった気がします。Fの話に一番文字数が割かれているはずなんですが、どことなくピンボケした印象を受けてしまいました。

 おとぎめいた、というFの空中散歩の夢を叶える手段が、アイルランドに生えている特殊な木材で大工仕事という、非現実的なくせにとても現実的なもので、そこはかとない謎の説得力を感じます。Fを透明にするというところなんか、理由も手段もなにも書いてないのに納得させられてしまうので、少し考えて勝手に驚きました。

私にはちょっと読み解けなかった…

「ぼく」はどのように階段を作ったのでしょうね。一つの結論に収束させようという作者の意図を感じますが、誤解でしょうか。
大法螺吹きか、神か。
かきあげの他の作品にも思うことですが、作者の種明かしを希望する作品です。

スナーク狩りみたいな感じなんだろうか…特に前半がとても無意味に感じるし、全然イメージが湧きませんでした。

結局、空を散歩した後、Fさんはどうなったんですかね。
何か元ネタがある話なんでしょうか。浅学さ故かもしれませんが、「一升瓶」のくだりが何を指しているのか理解できていません。すごく釈然としない感が残りました。

 非常にどうでもよい会話が非常にどうでもよいまま終わってしまいました。ただ会話はどことなく魅力的で、最後の気のない返事が却ってこの作品をしっくりと締めくくっていたように思います。

ぬぬ! オチの解説を求めるのは野暮でしょうか?
児童文学のような作品だなぁと思う反面、それに似つかわしくない表現もあり、なとも言えない読後感の作品でした。

なんとも人を食ったような話ですが、嫌いじゃないです。
どことなく昔の書生さんっぽい話しかたとか、二人の会話だけで進めていく演出とかも、この物語に合っているように思えます。
面白かった。

悔しいのです。
明らかにオチに向かって収束していくタイプの構成なのに、そのオチを読み切れなかったのです。
そもそもオチ以前に、会話しているふたりが何者なのかも、Fが何者なのかも読み解けなかった。
そこがわかれば自然と解に至るんですよねきっと。
答え合わせが済んでから、改めて星入れます。

twitterに投稿された感想を集めました