しゃぼん玉と豆腐樹莉亜 への感想

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評価平均

発想3.5
構成3.8
表現4.1
総合3.6


コピペに失敗しました。続きです。

 それにしても今回の主人公ともいえる三人、このあとどうなったんでしょう。一過性のものなのか慢性のものなのか、それとも進行性の……。いずれ彼らも妖町に移り住むことになるかもしれませんね。

 いつもの出だし「その町には〜」がない? おや、妖町じゃないのかな、と思ったら、今回は〆の文章になってました。そしてお馴染みのキャラクター達はといえば、古手屋の狸親爺はちらっと尻尾を見せたきり、傘貼り浪人・又三郎様に至ってはモブと化す贅沢さ。しっかりと存在感を発揮したのは大蛙のみと、おもしろい趣向でした。
 ほかにも、行商の様子を含めたしゃぼん玉について、豆腐小僧なんてよくわからない(だからこそ憎めないw)妖怪など、相変わらずどこを切ってもおもしろさが詰まってました。シリーズをとおして読んでる人はもちろん、はじめての読者にもやさしい構成に、この字数で! と毎回おどろかされます。

 拙作を読んでくださった皆さん、お忙しい中感想までくださった方々、有難くも投票してくださった方、ありがとうございました。おかげさまで二位入賞いたしました。この場を借りてお礼申し上げます。
 この作品は「かきあげ!」で毎回出品しております「妖町シリーズ」の新作でもあります。前大会以前の同シリーズのエピソードなどは、小説家になろうサイトに「妖町幻想譚」としてまとめてありますので、こちらも併せて読んでいただけると幸いです。

 頂いた感想の中で多くの方が、最後に三人は死んでしまったと思われたようで、なるほどそういう読み方にもなるなと思った次第です。白状しますと、オチはぎりぎりまで決めかねていました。下書きの段階ではお腹を壊した程度にしようかと思っていたのです。(小僧が一日中持ち歩いていた豆腐ですからね)だけどそれだとなんだか話の繋がりも弱く、豆腐小僧の妖怪らしさも出てこないと思い、清書の段階で少しずつ文字数を切り詰めて、空いた数行で首が離れるというオチに変えたのでした。これを皆さん、しゃぼん玉繋がりで首が飛んじゃうのか~屋根まで飛んで壊れて消えちゃうのか~と思われたようで。さもありなん。しゃぼん玉売りの流れからそう思われても仕方ありませんね。まぁ、そんな読み方もアリです。
 発想の源としては、これは抜け首をイメージしたものでした。豆腐小僧の母親がろくろ首であるところから、ろくろ首のもう一つの形態である抜け首を持ってきたわけですね。抜け首は夜寝ている間に首だけふらふら出歩く現象のようです。
 ところで、豆腐小僧の母親がなぜ、ろくろ首なのかというのは、私も不思議なのですがどうもそういうことになっているらしく、母はろくろ首父は見越の入道というのが定説のようです。しかし、アダム・カバット編「江戸化物草紙」という本に解説されている「夭怪着到牒」(北尾政美画・天明八年[一七八八]刊)には豆腐小僧は見越入道の孫とされています。また、同書に収録されている「信有奇怪会」(十返舎一九作画・寛政八年[一七九六]刊)ではろくろ首は見越入道の恋人とされ、三つ目入道の娘ともいわれていて、時代や作者によってばらつきがあったようです。
 因みに、うちのろくろ首のおろくさんは、「日替り女房」というエピソードにも登場する長屋に暮らしていて、首は伸びたり縮んだりする設定です。豆腐小僧が叱られたという祖父は、たぶん見越か三つ目かどっちかの入道でしょうね(笑)。
 豆腐小僧の豆腐を食べると体中にカビが生えるという話もあるそうなのですが、これは昭和に入ってから設定されたもののようなので、今回は採用しませんでした。
 また、京極夏彦先生の「豆腐小僧双六道中」に豆腐小僧が豆腐を失っては妖怪性がなくなるとあるのに、しゃぼん玉と交換していいのか? というご指摘もあったのですが、当方の手元の資料にそういった記述はなく、その設定が京極先生の創作によるものか、何かのソースがあってのことなのか、こちらとしては図りかねます。妖町は私の創作ですので、広く知られた妖怪を登場させる際にも物語の都合上、私独自の設定を付け加えることもありますので、ストーリー上破綻のない限りは、こちらの世界ではそういうものなのだなと生温い目で見守っていただけると嬉しく存じます。

 多くの方に読んで頂き、感想を貰えたことは大変嬉しく、また勉強になりました。特に水市先生のホラーものにおける犠牲者の条件に関する講義は興味深く、今後の参考とさせて頂きたいと思います。

 そうそう、熊吉と八助の名前は落語の熊さん八つぁんから連想しました。時代物に於ける永遠のモブキャラ熊さんと八つぁん……またどこかでお目にかかる日が来るかもしれませんスターシステム的なアレで(笑)。その時にはまたお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

樹莉亜拝

「あやかしまち」シリーズ最新作なんていうPOPが脳内に浮かんでしまいました。
今回もしっかりまとまっていて上手だなあと思いました。
本来いないもの、思考を持たないもののはずなのにこれだけ親近感というか実態を持たせる技術はやはり素晴らしい。
前作と合わせて、短編集を出してもいいくらいの完成度ではないでしょうかと個人的に思います。
いい物語をありがとうございます。

轆轤首と豆腐小僧の接点が良く分からなかったので、
オチにも今ひとつピンと来ず。
怪談の類で、親子という話があるのでしょうか。

 しゃぼん玉と飛ぶ首の組み合わせが秀逸だと思いました。豆腐小僧の母親がろくろっ首というのも、オチへの伏線として上手く働いているます。場面場面も特に違和感もなくすんなりと最後まで読め、人物ごとの書き分けも上手い。矢次郎と豆腐小僧のやりとりなんかも、素直に微笑ましく思えました。オチはホラー風味なのですが、個人的には夜鷹が腰を抜かしたところで、程好く脱力できました。

 妖町シリーズはもはやかきあげ!の定番ですが、今回は外から見た妖町でした。今回も江戸の町の描写が丁寧で、物語への没入感がたまりません。この話を単体で見てももちろん楽しめますが、過去の話を読んでいればいるほど楽しくなる仕掛けもきっちりとほどこしてあって。それにしても八助、ろくろっ首の後家さんと面識があるくせに、ひえっ、とは失礼ですね。前は調子良く話していたわけで、この反応にはちょっと首をかしげます。
 しかし、どうオチをつける話かと思っていたら、とんだホラー。シャボン玉はもちろん、屋根まで飛んだらこわれてきえるんですよね。豆腐小僧は大した悪さができねぇ妖じゃなかったんですか……。そして、小僧の祖父がその豆腐をどう使おうと思っていたのかと考えると、これまたホラー。紅葉豆腐は遊里の名物、と、ふつうの豆腐であるかのように書かれていたので、まさかの展開にぎょっとしました。妖町も外から見ると、かなり怖ろしげなところなのかもしれませんが、作品の雰囲気とずれているように思えて、好みではなかったです。

昔、豆腐小僧さんのお豆腐をたべたら、体にカビがはえるよ。と、いわれたことがあります。
首がどっかに行かれるよりか、カビの方がいいなあ。
悪いことしてないのに、気の毒なひとたちでした。
首、無事に帰ってきてくれたらいい。

一回目のコメントで言及した「犠牲者のキャラ問題」について書いておきます。

前置きしておくと、ただ単に「私はこういうホラーが好き」というレベルの話です。
「あっそう」と流していただいて良いのですが、もし「一理あるな」と思っていただけたら両得ですし、「一理もねーよ」という場合でも、お会いした時のための話題提供にはなりそうですので論じます。

私が好きなホラーの犠牲者のタイプは、大きく分けて以下の二つです。

・悪いことをした人
・善良だけど不注意な人

前者は、悪人が怪奇現象に巻き込まれて無惨に死ぬ様子を見て溜飲が下がる、というタイプの楽しみ方ができる。ある意味、勧善懲悪。因果応報。例えば、いじめで自殺した子の怨念で死ぬいじめっ子とか、民を虐げてきた王様に神罰が下るとか、落ちてきた臼の下敷きになる猿とか。

後者は、怪奇現象の手掛かりをちゃんと見ていたら死ななかったのに、見落とした(または軽視した)せいで死んでしまうパターン。「この箱を開けてはいけません」と言われてるのに開けちゃうアレ。あとは、肝試し的なノリで心霊スポットに入って行って案の定死ぬアレ。「あーあ、もっと注意してれば死ななかったのに。かわいそー」と、上から目線で楽しめる。


今作の犠牲者三人は、悪いことはしてないので前者ではない。
しかし、後者のストライクゾーンからも微妙に外れています。

犠牲者に対しても読み手に対しても、怪奇現象の手掛かりが提示されていないように感じました。
「妖」の話だけは提示されていますが、「豆腐が危ない」という事実は仄めかされていないと思います。私が見落としてるだけかもしれませんが。

また、犠牲者たちは十分に注意深かったと感じます。ろくろ首の存在を気にして「本当に大丈夫だろうか?」と慎重に相談して結論を出しています。
仮に「食べない」と決断すると、この三人は「食べ物を粗末にする嫌な奴」ということになってしまうので、それを避けるためにも結局食べるしかない。

これらの経緯や事情を考慮すると「あーあ、もっと注意してれば死ななかったのに」とは思いにくいです。どちらかと言うと「初見殺しじゃん。無理ゲーじゃん」という気持ちのほうが強いです。
初見殺しはホラーというより現実の通り魔殺人みたいな趣になって、私としては何か違う。

私が書くなら、前者に当てはまるように三人を邪悪なキャラにしてしまうか、後者に当てはまるように手掛かりの出し方を変える(「食べてはいけないこと」を強調して、三人の不注意さを表現する)と思います。


ちなみに、商業作品、特に長編だと後者のほうが多い印象があります。読者や視聴者がキャラに感情移入しやすくなる、という作り手の判断だと思います。また、序盤で不注意キャラが死に、後半でその死をふまえて主人公が謎を解いていく展開も書きやすい。

「かきあげ!」の場では前者の作品の活躍が印象的。
第3回大会の『誰も知らない村』では、シンバの父の悪事によって村が滅びます。シンバ自身は無邪気なので複雑ですが。
第4回の『裏。』の彼は極悪人ではありませんが、無神経な物言い、傲慢さは罪というジャッジ。実際、読んでいて「かわいそー」ではなく「やったぜ!」と思ってしまった。あと、私自身も時々彼みたいな物言いをしてしまって「ああ、もっと違う言い方があったろうに……」と後で罪悪感を抱くことがあるので、「やったぜ!」と同時に「俺もやられるかも!」という恐怖も覚えた次第。

この文章自体が傲慢とジャッジされる可能性も、なくはない。裏返されてしまう。

妖と人間が共存できるほのぼのした雰囲気が心地よい。普通にいい話で終わると思いきや、オチが何やら物騒な感じ。いろんな捉え方ができるけど、三人は死んじゃったの? これで死んだら妖が迫害されそうでとても心配。それにしても読み手の解釈でどうともとれるエンディングに、作品の懐の深さを感じました。楽しませていただきました。
ところで、熊吉さんは古典落語の登場人物熊五郎、八助さんは同じく八五郎がモデルなんですかねえ…。

ようやくいつもの口上「妖町と呼ばれていた」が実感として伝わったりました。今までは妖町内の展開だったので薄かった妖しげの度合いが、普通の人々との対比で際立っていました。
また三人の町人の性格が、会話によって書き分けられて楽しかったです。食べてみなければわからないという無鉄砲さが、フグとか毒キノコとかの知識を深めたのだろうなとも思いました。
ところでろくろっ首には二種類あって、首が伸びるのと胴体から離れるのとあるそうですね。三人の妖怪化が、一時的なものであるといいなと思います。また、豆腐は豆腐小僧の母親が作っていたのかしらとか、そもそも妖怪の親子関係はどんなものなのかとか、いろいろ考えてしまいました。

豆富小僧って無害な妖怪のイメージがあったんですが、この話では残酷な怖さがあったと思いました。しゃぼん液と豆腐の交換は少なくとも小僧は喜んでいたようだったので、殺すほどのことだったのかはピンと来なかったのですが、それほど価値が違うものということですよね。勉強になりました。相変わらず、安定して面白かったです。

一応は書いてみたのですが、逆にこっちが叩かれそうな内容でしたので、評価はやめておきます。

文章に関しては、人と同じことを言いたくはないので、その性分がこの作品の、何でもそちら側に言葉を引き寄せてしまう性質と反り合わないのかもしれないです。自分の思考、縄張りで、それを正当に裁定することができないのです。

胴を離れて!
生首が飛んで行ったのですね。

安心安定の妖町シリーズ、毎回きちんと一作で完結させてくるのは流石です。
シャボン玉が、お話の本筋でもっと上手に絡んでくれば言うことなしでした

 3人の会話と体験談とで分割することで短いお話をいくつか(全体的に話はつながっているわけですが)、時々一息つきつつ読むような気持ちになって、いままで以上に読みやすい構成だと思いました。また「筍の皮を編み込んだ笠を被り」など細かいところに目を向けながら、一転落ちがあっさりしているところも、かえって怪談らしくてよかったです。

 また今回はこれまでなかった「こわい怪談」になっています。露骨なこわさではなくてちょっぴり肌寒くなるくらいのおさえの効いたものですが、いずれにしても今までこのシリーズに犠牲者(?)が出ることはなかったので、ひとつシフトしたなあという印象を受けます。今回妖町の外の様子も描かれていますし。おすし。

 今回はさらにファンタジー的な空気も前面に出ているなと感じました。妖町という異世界への入口が、ハリーポッターの駅だとか千と千尋のトンネルに入るときのような感覚で描かれています。とくにうまいと思ったのは、おどろいた矢次郎が「なんでぇ、おどかすな」と言ったあと馬鹿にしたように蛙の鳴く、ティム・バートンの作品ように不気味でかわいらしく、おかしみのある場面です。
 矢次郎は妖町を信じていないけれど警戒しているという、どっちつかずの立場にあります。未知のこと、というのはこわいものです。これに対して八助は妖町の存在を(噂でしか知らないのに)すっかり信じているし、熊吉は頭から信じていない、という立場が与えられています。だから2人はこわがりません。でも、みんなたどる結末は同じです。その民話的救いのなさ、教訓のなさが、やはりあっさりとしたラストによく似合います。

その後の三人の運命が気になります。

豆腐小僧だ!
豆腐小僧双六道中という本をその昔読んだことを思い出して
エー確か、京極夏彦だったと思うけど
その表紙に載っていた、なんというか、おふく人形?
お茶を運んでくるからくり人形のお盆に豆腐を乗っけたような姿が脳内に蘇った。
でもどんな妖怪だったかは覚えていない。
逆に特に何をする妖怪でも無かったような覚えがある。
なんだったか、お盆の上の豆腐を失っては豆腐小僧ではなく
ただの小僧になってしまい、妖怪性がなくなるとか
そんな話だったような気もしないではない。
だからそんな存在意義たる豆腐を
しゃぼん玉みたいな吹けば飛ぶような根無しの品と
交換しちまって良いのかよおまえ豆腐小僧このやろうみたいな。
老婆心のようなものを感じて若干やきもきした。
三人の中では八助のような能天気な性格が
物語を面白い方向に転がしてくれそうだという意味で好き。
シャボン玉のようになってしまった三人の頭が弾けたりしませんように。

あ、今回は普通(?)の町の人があの町にって。なるほど、これで町の場所のイメージができたわー。一作毎にそういうイメージがどこか少しずつはっきりしていって、無理がないってことはスゲーキチンとはじめから世界観がしっかりしていたシリーズなんだなー、と、しみじみ。
ろくろっ首さんと豆腐小僧が親子って、父親どんなだろう……ってのがあったりする。
シャボン玉みたく首がとぶのは面白い。どうせならろくろっ首とシャボン玉の合いの子みたいな描写のほうがそれっぽい感じがした。
今回は特にこれ読んだ後、妖怪ウォッチしたくなった。

まずは、妖町という安定した構造の上で新しいことをやろうという挑戦意欲、引き出しの多さが凄い。
シリーズのどの話を読んでも新鮮な感じがします。

ホラーとしては「お前をしゃぼん玉にしてやろうか!(文字通り)」ということですね。こええな……。
最終局面の絵を想像すると、インパクトは今大会随一じゃないでしょうか。

空に浮かんでる三人の表情が描写されてないのが、読み手の想像を掻き立てて良いあんばいだと思います。
普通に考えたら死んでるはずですけど、生きてても恐い。いや、生きてたほうが恐い。明言されてないので、読み手が脳内で都合よく恐いほうを採用できます。
(情報を出し惜しみしすぎると読解できなくなるので、あまり安易に真似できませんが)

しゃぼん玉と豆腐を交換したからこうなったのだとしたら、品物が違うと効果も変わってきそうですね。
銭なら体の金属化。強奪したら真空になるんだろうか。

「構成」の評価を低めにつけたのは私の持論というか好みの問題で、一言で言えば「犠牲者のキャラがあんまり犠牲者役に相応しくないのでは」と感じたためです。
ただ、詳しく論じると長くなって超ウザい文章になりますので今は割愛します。しばらく寝かせて、気が向いたら書くかもしれません。

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