灰色の輪沖田灯 への感想

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評価平均

発想3.7
構成3.1
表現3.4
総合3.4


 古代のオリンピック(オリュンピア)開催中は、ギリシア全土で休戦期間となったそうです。それはともかく作中の「ふわ」には「不和」の意が含まれているのではないかと想像しますが、それが灰色というのは日本的だなあと思いました。あくまで白黒つけない、それどころか「無いことにしてしまう」というところなど。そうして争いの種(不和の種)を消してしまっても、争いの種が生み出される構造まで消えはしないわけで、アキラのユミに対する対応は象徴的だなと思いました。
 ところで「ユウキ」はズバリ「勇気」なのでしょうか。あまりにストレートなので、何か他にも含意があるのかなあなどと考えつつ、この先も何度か読み返したいです。

『アキラは子どもを産んだ。月曜の夜に仕事から帰って、朝起きたらもう産まれていた。』
他の人も指摘しているこの書き出しを始め、全体に漂う奇妙な味わいが、
変な話ですが、心地良かったです。最後の「……オリンピック、楽しみだね」の、
そうとしか言う事の出来ないオチもいい。


作り出す空気感が大変良い作品だったと思います。
何だろう、切ないような、どうしようもないような、でもどこか温かいような、そんな物語でした。
そういう読後に感情を残せるのはすごいことだと思います。
これだけの制限の中に物語を上手に落とし込んだのも素晴らしい。
いい物語をありがとうございました。

 冒頭の『アキラは子どもを産んだ。月曜の夜に仕事から帰って、朝起きたらもう産まれていた。』から、改行されないまま、ユミの話に移るため、ややもやもやを抱えたまま読み進めることになるのが、後の話の不穏さを予感させるようでぞくぞくしました(あと、単純にこの冒頭の文章が素晴らしいと思います)。

 ふわがあらわれたあとの淡々とした人類模様などは読んでいて、なんともいえない気持ち悪さがありました(ふわ、というよりも、ぼや、みたいな感じでしたが)。淡々とした語り口が不気味さを醸しだし、読者であるこちらまで『ふわ』のいる世界にいるような気分にさせられました。

『ふわ』が消えたあとにユミと会った際のやりとりや読後の喪失感もいいです。全編を通して貫かれている、不気味かつ暴力的な空気に、少しだけ不安になりながら、こっちまで苛々としてきそうなところが最高でした。

 アキラも、周りの人々も、行動の動機が全てわからないように書いてあって、なにがなんだかわからないまま進み、種明かしもないまま終わってしまった印象でした。
 「ふわ」に漢字を当てるなら「不和」なのでしょうか。首相会見でも、人々は不和を「ふわ」に隠して問題を先送りにしてしまうようになった的なことをいっていますし、「ふわ」が晴れたあとみんながやけに喧嘩腰になったのも、不和が顕現したからといった感じに受け取りました。「灰色の輪」というタイトルは、「ふわ」が現れてから、白黒つけないでグレーなままにしていた人々の繋がり的ななにかのことでしょうか。なにごとも、白黒つけないでいると「アウト過ぎるじゃん、人として(あるいは「辛かった」)」というような読み方ができるのかな、と思いました。
 ですが、あんまり理由的なものはこの作品にはふさわしくないのかもしれません、とも感じています。オリンピックは白黒つけるんではなくて、金銀銅ですしね。

こわくて、じりじりしました。
リングとか、そういう感じの。
襟足が静電気で逆立つみたいな。

ふんわりが、心地よいものだとはかぎらないんだなあと、思いました。
みんな仲良くしたらいいのに。

ふわ、という存在とそれが連れ去ったモノ。なかなか考えさせられるものがありました。

そこで起きていることをストレートに説明するのが、果たして描写といえるのだろうか? また、アキラとユミの心情もすっかり省かれているので、ただの文章の羅列としか見れない。良くいえばドライ、悪くいえば無味乾燥。自分が感じたのは後者でした。アイデア、草案を書き殴っただけで、肉付け、色付けがなされていない印象です。残念ですが自分には合わないようでした。

昔何かに、互いの心がわかれば人々は互いに理解しあえる、との意見に、脳を研究している学者が、人はそれぞれ独立した価値観を持っているのでそれは不可能とあった記事を思い出しました。
ユミとの出来事で自分の暗い部分を明らかにされたアキラ。隠そうと思っていた時は幽鬼のように思えたのでしょうか。でも、暗い部分も自分と受け入れ衆目の前に出した時、それは勇気の証しとなったと思えます。
ふわはクラウドのようで一人の思いを多数に共通認識させ、そこでのなんとなく得られた理解がゆるふわな現実に反映されて、リアルが活気を失っていく。
そのふわとともにユウキを消したためか、アキラはユキに言葉を紡げず、彼の望んだ世界は粉々になったということかしらと思った次第です。
取っ付きにくい世界でしたが、風刺が効いて楽しめました。

自分の書いた作品とどこか似た雰囲気を持っているみたいで、親近感の湧くお話です。書かれてあることを真面目にとってしまえばこれほど恐ろしいことはないのだけれど、それがその世界でごく普通に、日常の延長線上のものとして存在できてしまっているということに、おかしみを感じざるを得ない。飛躍の多い文章とも相まって、独特の雰囲気に満ち満ちています。面白かったです。

名前記入漏れてました。水市です。

色んな出来事をテンポよく、繋ぎ目のロスを最小限にして描写しているのは凄いと感じました。
息継ぎなしで50m泳ぎ切りやがった! みたいな驚き。

ただ、50m先に何があったのか。これを読んで私は何を思えば良いのか、というところで途方に暮れます。

怪現象を経て、アキラはどう変わったのか、変わらなかったのか、という部分がドラマになると思うのですが、そのあたりを描く気がなさそうなタイプの作品で難しい。

星は無理やりつけました。
泳ぎ切った泳力と、わけのわからなさを「表現」とするか「構成」とするか迷いました。もしかしたら逆かもしれない。

 シン・ゴジラのドリーム小説で内側から作品を解釈してみた、みたいな印象。そこに個人的に言いたいことを乗せて表現しているのかとはじめは考えたけど、言いたいことを表現に隠しているようにも思えた。これがふわなのかもしれない。

「ふわ」とか、「ユウキ」とかは結局アキラの妄想だったのか、はたまた現実にそういうことが起こったけれどもなかったことになったのか、いろいろと考えさせられます。
この曖昧で夢なのか現実なのかわからない世界で起きる奇想天外な出来事をなんとなく受け入れてしまっている主人公の虚無感が全体に滲み出ていて上手いなぁと思いました。

気持ち悪いものが気持ち悪く書かれていたのは良いと思いましたが、それがどういった意味があるのかよく分かりませんでした。

ふわは、ツイッターというか、ひとりぼっち惑星みたいなのかなとか。
辛かったというのはアキラの本音なのだろうけど、それを言ったら状況が悪くなるというか。
物事をはっきり言うよう求められて、はっきり言えば角が立つ。どう言えばいいのか、難しいです。

何となく昔読んだ星新一SS賞の佳作あたりか、井上ひさしの小説塾で推敲されてた作品みたいな読み味でした。これからどうなるかはわからんがこの時点では素人の秀作って感じ。たぶんだけど、発想は悪くないけど扱いとか文章が読めなくないけど惜しいと思えるのでしょうか。んで、ほんのりSF。
男でも女でも取れる名前であって、カタカナで書くとか、あやふやなところがあやふやで、なにが話のキモかもはぐらかされているところとか、物語の締めが起こったことでなく思ったことでふんわり(笑)締められているところとかがそう思わせている気がします。
充分読めるものであるけど、次、よくならないとなー。って感じなのかもしれないです。

ぼくにとっては示唆に富んだ内容だった。
「ふわ」とは、不和であり、クラウドの象徴なのかなぁ。とか。
「ユウキ」とは、勇気なのかなぁ。とか。
虫を食うユウキは実におぞましいと感じられたけれど、
虫を食うこと自体は別に気持ち悪い事じゃないし、
てめぇでもイナゴの佃煮やハチの子を食っただろうがと自省して
じゃあ一体このおぞましさは、「動いている下半身」
という単語に誘発されたものなのだろうか。とか。
だとしたらこの言葉の選び方はうまいなぁ。とか。
言いたい事も言えない、という状態も
うまく言えないのか、言ってはまずいので言わないのかで
また別のことだなぁ。とか。
「あれから、何考えてたの?」に対して、
「辛かった」だけで伝わらないのは辛いなぁ。とか。
いろいろ考えさせられた。
どうでもいいけど、
「どうでもいいよ。本当、どうでもいい」という台詞に誘発されて出てきたのが
「変態じゃないよ。変態紳士だよ」という台詞だったのが、
個人的に一番ツボだった。

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