キラキラライフ!(仮)朝森雉乃 への感想

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評価平均

発想2.8
構成2.8
表現3.1
総合3.1


 はじめに読んだときすぐ目についたのが、

〉パチリと電源の入った
〉下半身を追い出した
〉膝がギシギシ言いはじめる
〉できるだけ大切に使いたい

 等々の、二重の意味(人間、ロボットどちらともとれるようになっている)表現が散見されることです。これによってミスリードへと読者を誘う仕掛けであるということが読者に了解されるわけですが、しかし、最後まで読んでいくと、語り手自身が「自分がロボットである」と認識しているかどうかすら定かになっておらず(自分では自分は人間だと思い込んでいる、自分がロボットだと正しく理解している、どちらとも受け取れる)、ゆえに読者に対するミスリードとしてはうまく作用していない可能性があります。すぐにはじめから読み返してみると、どちらかと言えばミスリードの対象は彼女、つまり語り手自身に向けられているのではないかというふうに読めるのです。
 正直なところ、わたしはこれが作者によって意図的にほどこされた複雑な仕掛けの結果だとは考えていません。タイトルに(仮)とつけられていることからも、作者自身がこの作品において何を仕掛けようとしているのか、しっかりと固まらないまま書かれてしまったように思わせることを強化しています。作者は読者を騙す以前に、おそらく彼女を(作者自身を)騙すことができなかったのでしょう。

 もうひとつ気になったのは、上司にだけ「ロボット」がつけられていないことです。実はこの上司だけは人間なのだと考えることもできますが、彼氏にしたところでロボットであることは少し間を置いて明かされているので、おそらく仕掛け(人間をさまざまなロボットがサポートしている世界であるというミスリード)の都合上ここでは「ロボット」と明記するのを避けただけなのでしょう。叙述による仕掛けは全うできなかったとしても、言葉選びはかなり慎重に行われているようなので、少なくとも単純な書き忘れということはないだろうと思えます。というのも、恋人ロボットを「E型」にしたということが、この時点ですら「B型」が血液型ではなくロボットの型番であることを読者に悟られないようにしていることを示しているからです。おそらく作者は、叙述トリックという仕掛けにあまりに慎重になりすぎてしまったのでしょう。

全自動の世界というと家畜人ヤプーの印象が強いのですが、本作の雰囲気はその真逆をいく目映さと爽やかさでした。
セリフのチョイスが秀逸(起きてくださいな、暑いったら暑いわ、など)で、最初から最後まで読むのが楽しかったです。

読了ツイートにも書いたんですけど、独特のテイストが貫かれていて好きです。「暑いったら暑いわ」とか、かわいい! って叫びました(心が)。80年代から90年代前半のコバルト文庫に近いテイストかもしれません。展開は、まあここまで来たらそうだよね、ってところなんですが、他のロボットにプライベートがあるのかどうか知りませんが、あれだけ便利な子たちの中でOLロボットの役割って何でしょうね? と思いました。

 何となくバブリー。でもオチは苦め。そうだ、はしゃぎ過ぎだったんだ。
 タイトルどおりにキラキラしてますが、ところどころ作者氏がそのキラキラにノリ切れてないような。洋服選びでは、却下したほうの描写しかない。また食事前に化粧済ませるとか、髪の毛はどうしたんだろうとか、女性の身だしなみについてけっこう雑。未来はそのへん気にする必要ないのか、それともロボットだからなのか。
 そんなふうに細かい点はいろいろ気になりますが、全体的な雰囲気はすごくいい。この浮れ具合はオチで強烈に効いてくる。話そのものにはさほど意外性はないけども、ふわふわしたノリから一転した力業が筆力に突き落とされた感じでおもしろかったです。

OLロボットのために働く様々なロボットと。人対ロボットではなく、ロボット同士が恋人。そこが違和感といえば違和感なのですが、その違和感ごとまとめて、あっはっは、シュールだなあ、面白ーい、と思ってしまえれば楽しめる作品だと思います。私は面白ーいって思っちゃうタイプですが、この世界って?と疑問を抱いてしまうと、色々とつっこまれそうな作品ですね。

 一人称内で次々と物が出てきてごちゃごちゃとしているせいか、なんだか目が滑ります。街路樹までロボットな辺りとかはこの世界に果たして生き物は生き残っているのだろうかと少々怖くなったりもしました。とはいえ、『あたし』にとっての世界はキラキラしているようですが。個人的にはこのあたしのキラキラした世界が最後までなじまなかったです。オチがかなり早い段階でそうかなと思ったものだったので、このオチを主軸に組み立てたのだとしたら、驚きが不足しています。自分は『パチリと電源の入ったあたし』の辺りがきっかけとなって怪しいなと思ったのですが、その後に『B型』と『A型』の表現で一度違うのかなと思わされもしたので、ここのミスリード単体で見れば上手かった気がします。今回はテーマが『機械式』ということで、普段以上に思考がオチが読みやすくなってしまっているというのは、向かい風だったかもしれません。『あたし』の家にいたロボットのコンセントが抜けるシーンとかは、少々あざとくはありますが後の展開を示唆してもいるので、割と好ましくはあります。小道具の置き方なんかは粋なのですが、肝心のオチの隠し方がいまいちなため、仕掛けが上手く機能しなかった感じがしました。

膝がギシギシいいはじめる、いうところできっとそういうことなのだろうなと予想できだけど、それは必要な布石。有ると無いとではだいぶ印象が変わってきそう。
オネー言葉のロボットとか、ロボットのために働くロボットというのが今ひとつピンとこないけど、そのナンセンスさは意外と楽しいかもしれない。

上げ膳据え膳じっとしていればなんでもやってもらえるなんて、しゅふとして羨ましい限りです。太りそうだけど、その心配もないときている(笑)
この世界はロストワールドなのかな。人類が滅びた後の、ロボット時代。全世界をロボが謳歌している。そして、それぞれ限定的な役割を与えられているために、格差社会になっていて…と、いらん妄想を広げました。
全体に、スキップをしているような軽やかな雰囲気でした。

 人間が考えた「人間は一人もいない、ロボットだけがいて、人間の生活様式をそのまま踏襲している」という世界ですね。華々しい王道で癖のない書き方でまとまっていて、オチも予定調和だなと思います。
 しかし、この作品をどう捉えればいいのか、SF好きのボクとしては少々悩みます。
 ・人間をロボットに置換して人間のあれこれを揶揄しているのか。
 ・ロボットに置換したことで得た独特のコミカルさを楽しむのか。
 目的と手段をどう読み解くかで見え方が変わってくるのでしょうけれど、これはどっちも楽しむべきなのでしょうか?
 おそらく、作者は両方を楽しんでいるのだろうと、ボクは推測したいです。

一人称が「あたし」なのが印象的。キラキラ感を出すためでしょうか。自分がロボットと自覚している個体、していない個体はなぜそうプログラムされたのだろうと想像してしまいます。人間はいったいどこにいるんだろう。どこにもいないのかな。

私が作者さんに言いたいことを端的にまとめると、今すぐTSUTAYAかGEOに行って『イヴの時間』というアニメを見てください。もしくはKindleか何かで小説版か漫画版を読んでください。これに尽きます。

実は○○だった、という発想は悪いわけではありませんが、それを作品のゴールにするのは寂しすぎませんか。そのアイデアはスタート地点です。

最後のオチに繋がる伏線が、朝の目覚めや占いなど、日常のいろんな所に散りばめられていて楽しく読ませて頂きました。
ひとつ気になったのが、その日常の場面の中に出てくる「ロボット」という単語です。
ほぼ全てのものが機械化(ロボット化)している日常ならば、「あたし」の認識の中で一つ一つ「ロボット」という呼称を用いるかな、と思いました。(ルンバとかも掃除機ロボットと呼ぶことはあまりないので……)

ユビキタスコンピューティングが提唱されて長いけど、なぜこんなにもロボに囲まれるのか……。
ロボに人間らしい生活をロボ同士で行う必要があるのだろうか。はたしてこれはキラキラライフなのだろうか…ファンものすごいディストピアなんじゃなかろうか……

「ありきたりな」という枕詞が添えられれば「ああそういうものか」と納得できてしまうすれすれのレベルと云ったところですが、普通に読む分には特に問題ないと思います。「あたし」なる女性(?)を、その生活を、細部まで見事に描き切って、結末もきちっと最後まで書き切る、そういうことは非常に大切なことだと思っています。ただ、やはりどこか理想化し過ぎていると言いますか、むしろ理想化させることこそがこの小説において重要であるとも取れますが、もう少し地に足の着いた語りが欲しいところでした。理想化すること自体、未来小説に対する冒涜となってしまいかねませんので、将来の時間軸において「あたし」を語るとはどういうことかについて、僕自身ももう少し考えてみたく思います。

ロボットになってもサラリーとかオーエルとか嫌だわーってなんとなく思ったのですが、これは一体どなたのための世界なのでしょうね。箱庭というか、nゲージのように規則正しく動くロボットたちを眺める趣味がおありなのでしょうか。
挙動や言動の無駄の多さから、今は無き(であろう)メーカーさんのリアリティを追求する姿勢が感じられます。

既視感が否めないこの話独自の面白さはなかった。
実は◯◯だというのはもう一つ仕掛けがないと(見どころ)がないと「またか……」になる。これには無かった。
分かりやすくて素直でシンプルな読みやすい話ではありました。

すごくSFだ! 星新一っぽい!
途中まで「電脳空間的なやつかなぁ?」と思ってましたが、語り手の彼女もロボットだったんですね。
小鳥やら街路樹やらまで全部ロボットというのは、もうこの世界には人間を含め自然の生き物というのは存在していないのかも。そんな世界でロボット達だけで延々と繰り返される人間を模倣した生活というのは、どこか空恐ろしいものを感じました。

物語の厚みがなくて全体的にのっぺりとしている。
意図してのことなんだろうけど、それによって作者が何を訴えたかったのか読み解けませんでした。
ハイテクのわりには行動が全てアナログで、人間の真似事をしたいロボットの話ってことなのでしょうか。

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