ナント・カナールと発明倶楽部カナリー・ナント・デ・モナール への感想

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評価平均

発想3.3
構成3.3
表現3.9
総合3.6


 たとえば「むかしむかしあるところに」とはじまるテキストは、それが昔話であることを読者に伝えています。そこから先も必ず昔話として進むという保証はないのですが、そうならなければならかったで読者は不意をつかれるので、いずれにしてもこの文章には効果があると言えます。もちろん好ましい効果であるとは限りませんが。
 「ナント・カナールは底抜けに楽天的な子どもでした」というのは、特徴的な入り方です。「むかしむかし~」ほど具体性のあるサインではありませんが、おおまかには説話の一形式、この語りかける調子からも童話と判断していいでしょうか。もちろん童話というものはたくさんあるのですが。

 描写ではナント・カナールは他の誰とも似ていない旨のことが説明されています。これは『みにくいあひるの子』に似た設定で、ナント・カナールはマイノリティであることがわかりますが、本人はとくに気にしておらず、また周囲の人たちから疎外されている様子もないところから、貴種流離譚のような活劇がはじまることはなさそうです。とはいえ「コーベさんは、なぜだかちょっと寂しそうな顔になって」というささやかな記述は楽観的なナント・カナールに秘密(おそらく本人は知らない)があることをにおわせており、このことが物語全体に何らかの意味をもたらす可能性も排除できません。それが具体的にはどのようなものなのかについてはまだわかりません。冒頭の描写やマタビーの森に惑わされないものは「猫かナント・カナールくらい」という記述からナント・カナールは猫に近い生きものであるようですが、さらに「ひとりぼっちだから、ねこでいっぱいにするよ」という台詞もあり、今のところはナント・カナールは猫ではないが、猫に似ていて、ねこが好きな謎の生命体だということまでしかわかりません。
 主人公であるところのナント・カナールが不安定な存在であることは、これは不備ではなく、物語の豊かさを表すものだと信じられますし、どうやらここはわたしたちの常識というものが通用する世界ではないらしい、ということを読者に了解させるものでもあるでしょう。遺物が埋もれているというマタビーの森は、蔓を引っこ抜くとさまざまなものが出てくるというゲームのような楽しさがあるとともに、ぼのぼのしたお話に対していささか不穏な設定でもあります。これは繁殖力の強いマタビーが町を滅ぼしてしまったのか、あるいは滅びた町にマタビーの森が広がって行くものなのか、因果関係は不明ですが、いずれにせよ人の住めなくなった場所に群生する危険な植物の実に、食物としての高い需要があるということには皮肉が効いています。またここでも、この世界においてナント・カナールが特別な存在であることがわかるでしょう。

 物語の展開には大きな起伏はなく、終わり方も落差のあるものではありませんが、それでいて読者を満足させてくれる作品です。それは全体にわたる文章表現、描写が「コップに溜まった水に雨粒が落ちる時のような音」などの比較的目立つきれいな比喩にも負けない(しかし勝ちすぎもしない)高い水準に保たれているからでもあるのでしょう。

作者です。
読んでくださった方、感想くださった方、ありがとうございました。
銀さんのコメントにあったように、かきあげ! ではいつも妖町という、江戸時代風の世界を舞台にしたものを書いています。今回は諸事情により妖町は一旦お休みして、別のシリーズを持ってきました。別にシリーズものに拘る必要はなかったのですが、どうしてもこのPNを使いたかったので! ただもうそれだけ! です!
かなりなんとでもなる。

とはいえ、一から世界観を説明するのは思いの外文字数を取られるということがよく分かりました。ファンタジー、難しいですね。
当初書き進めていた話は、だいぶ文字数オーバーしまして、しかし削るとなんだかわからなくなりそうと思い、もう少し短い話を考えた結果が今作でした。発明倶楽部が発明してないとか、仰る通りでございます。ほのぼのっとした雰囲気だけ味わっていただけたらよろしいかと思います。

私は常々、「江戸時代・江戸の町」というのは、大きなシェア・ワールドだなと思っています。勿論、歴史上実在した時代であり町なのですが、一方で多くの時代小説がこの世界観を舞台に描かれ、時代劇ドラマが作られたおかげで、誰もが僅かなキーワードですぐに江戸の町並み、長屋の風景、町人や武士の格好を思い浮かべることが出来ます。その上、多少の荒唐無稽な出来事があっても許される土壌があるように思います。ファンタジーのジャンルでは中世ヨーロッパっぽい世界というのも一つのテンプレートだと思いますが、江戸の町もそれに近いもののように感じています。
ありがたいことに誰もが容易に参加できるこのシェア・ワールドは読者のみなさんにも馴染み深い上、みんななんとなく学校の授業やら、小説、漫画、ドラマ等である程度の知識=共通認識を得ているわけで、あんまり細かい説明が要らないんですね。「長屋に住む傘張りの浪人」といえば、貧乏に決まっているわけです。この、一々説明しなくてもだいたいわかるというところが、掌編を書く上ではありがたいことだったのだなぁと、今回改めて思った次第です。

誤解のないよう書き添えておきますが、掌編でファンタジーは駄目だという訳ではなく、単に私が説明し過ぎのきらいがあるのだと思います。他の方の作品を読んで、上手く雰囲気を出して幻想小説として完成されていることに脱帽させられることもままありますので、単純に私の力不足という話なのと、時代小説は懐が深いね!という話なのです。ええ。

また、この作品の世界観が好きだと仰ってくださった方が何人かいらして、ありがたいことだと思っております。そのお言葉を胸に、ナント・カナールの世界をもう少しだけ続けていこうと思っております。

樹莉亜 拝


あぁ〜〜〜とっても素敵です。絵に描いてみたくなる世界。猫のような、と限定しない描写が上手く読者に仕事を与えており、小学生のころ読みふけった児童書を思い出してとても穏やかな気持ちで読めました。ヤマハさんすき。

 失われた文明を掘り起こすケモ耳少年! ひげの描写が出てこないので、ネコ耳と尻尾がついた男の子のように思い描きました。手足はケモノ系だろうか、ヒト系だろうか。出生の秘密も気になるところですが、今回のお話では一切触れないところがむしろ良かったです。ワクワク感につながっていました。
 コーベさんがひとりぼっちのオルゴール人形とナント・カナールを重ね合わせて寂しく思ってしまうということは、ナント・カナールは思ったよりも人々に受け入れられていないのでしょう。八百屋さんとのやり取りが描かれないのは、事務的なことしか話していないからでしょう。お達者発明倶楽部ともどうも変わり者同士の付き合いのようで、お互い無意識かどうか、深くは関わらないようにしている……と、勝手な私の想像ですが、そういった想像を膨らませられるように、登場人物たちの距離感が絶妙に描き上げてあるなと思いました。
 ストーリー自体に「虹の彼方へ」の詞の意味とそれほど親和性があるようには思えなかったところが少し気になりました。おじさん連中にとってはオーバーザレインボーしたい願望が身に染みたのかもしれませんが。むしろ、現実世界で着実に(そして楽天的に)生きていくナント・カナールを応援したくなるような作品でした。

癒しいただきました。久しぶりー。相変わらず可愛いいい。萌え死ぬ。モフモフしたい。粘土の猫が虎サイズになっちゃうところとか好き。

世界観がとっても好きです!この文量で、ここまでのファンタジー世界が描けていて、しかも終わりも温かくてとても良かったです。
機械式がテーマ、となっていてもそこに囚われすぎず、下手にナント・カナールが機械修理に関わらず、でもオルゴールの女の子のために猫を作ってあげる、という流れも素晴らしかったです。

> ナント・カナールは底抜けに楽天的な子どもでした。

単純に私の好き嫌いの問題かもしれませんけど、この一行目は私は好きではないんですよね。
「楽天的な子どもでした」と地の文で説明するのってあんまり芸がない気がして。

今回のイベントの他の作品で言うと『オトマトメ』で「バコは好奇心旺盛な子どもだった」という地の文は(たぶん)どこにもない。
ないのに、行動や表情や仕草の描写で好奇心の強さが伝わる。
そういう表現のほうが私は好きです。

コーベさんが、「なぜだかちょっと寂しそうな顔になって、ナント・カナールの頭を撫でる」ところになにか秘密がありそうですね。
お達者発明クラブってネーミングが好き。

「ちょっとだけコーヒーを垂らしたミルク」が良い表現だなぁと思いました。

カワサキさんじゃなくてコーベさんなんだ、ああ、バイクじゃないもんなぁと思ったのでした。

ゆるゆると、起承転結っぽいものはないけれど、ナント・カナールの毛並みのようにもふもふした柔らかいお話で癒されました。

 話としては、いい話やなぁ的な匂いを漂わせて終わるのですが、なんとなく消化不良のままといった心地になります。これは話内での出来事が淡々と消化されているように見えることと、読者であるこちらがさしてなにも起こらないで楽しめるというほどの雰囲気を感じとれなかったせいだと思います。作中に撒かれた小道具などは一応回収されて形をなしはするものの、小道具が多めな割には終わり方が地味なせいか、なんとなく終わり際に首を捻ってしまいました。絵として頭に浮かべてみるといいシーンに見えるんですけど、読んでみるとどこか乗れずいまいちに感じられてしまいました。

トヨタさんはどこか。

一度文明滅びましたよ感のある世界が哀愁を誘う。
「ひとりぼっちだから、ねこでいっぱいにするよ」
というナント・カナールの言葉も象徴的で、前の文明で生み出された実験体だろうかと想像させる。ナント・カナールという名前に名付け親の願いのようなものを感じた。
「虹の彼方に」がオルゴールで流れると懐かしい気持ちになるのは多分、その時代は終わったことを思い出すからだ。自分が年を取ったせいだとは思いたくない。

 お達者倶楽部三人さんの名前がいいです。特にコーベさんが。知っている人でないとなかなか出てこないですから。
 そう遠くない未来に世界がリセットしてミュータントも生まれたけど、おじさん達は世界がこうなる前から生きていたのでしょうか。
 優しい世界に見えるけれども実際はそうでないかもしれない。でも、ナントとおじさん達は楽しそうで心が和みました。

 何年ぶりの新作でしょう。待っててよかった! けもっ子のナント・カナールの愛らしさには、毎回溶けますね。とろけますね。
 文明の残骸が埋まるマタビーの森と永遠の子供、お達者発明倶楽部の老人達と破天荒な発明品、修理されたオルゴールが奏でるのは「虹の彼方に」。新しきものと古きものの出会いと交流の物語は、あくまでやさしく静かに、そしてとても大切な何かを語りかけてくるようです。

ふわふわの尻尾をもふもふしたい。ただもう、それだけ。

おっさんたちのこの哀愁漂うラスト、たまらん。壊れたオルゴール直して「虹の彼方に」流れ始めたら私だったら泣いちゃうかもしれない。
そこにナントカナールの柔らかい空気。もふりたい。全力でもふりたい。

コーベ セイコーさんに笑った。ヤマハさんがオルゴールを直すのいいですね。
ダット=サンとかニッ=サンにもご登場いただきたかった……

発明してねえ! 修理屋だ!!
まぁいいや(笑)。
話しの本質かどうか分からないところの裏にみえそうな固有名詞っぽいや何かをイメージさせられそうなところばかり気になってしまった。ま、そこがこの話の楽しいところかな? 大したことが起こってないし(失礼!)。
個人的には、私の虹の彼方にのイメージのせいで、話しの内容がものすごく引っ張られてしまったので、固有名詞の使いどころって怖いくて強いと思った作品でした。

仮面だけど!仮面じゃなかった!
知ってる人は知っているシリーズですね。知らない人はおぼえてね。
妖町の手の込んだ作りとは対照的なのんびり加減。
ほっと一息つけますね。

ナント・カナールとその周辺の出来事が、優しく、いささか淡々と語られています。マクワウリ、ヤマハ・ハツドーさんなど、いくつかの象徴的な要素が散りばめられており、点を結ぶようにしてそれらを繋ぎ合わせるという読み方も、方法としてはアリかと思います。ただ惜しむべきは、始まりから終わりまで、一応の纏まりはついているものの後半の文の速度が上がっていること、都合上不要とされた部分の、削られた後の傷跡のようなものが垣間見え、傷跡をこちらの方で修復しつつ読まなくてはならない箇所が、特に中盤にかけて広がっていることです(勝手な印象で申し訳ない)。それは苦闘の結果であり、このことを思うと、逆にこの小説が愛おしく感じられもしますが、僕自身あらぬ読みをしてしまうほうなので、他の方の印象は全く違うかもしれません。悪しからず。