懸想文売り

樹莉亜

 その町には、奇妙な生き物と、一寸変わった人々が住むという。誰ともなく、そこは妖町〈あやかしまち〉と呼ばれていた。

 その日、傘屋を訪れたのは、飾り職人の末吉という男だった。丁度その場にいた浪人の又三郎と共に、傘屋の主のおみうは、末吉の話を聞くことになった。彼は傘を買いに来た訳ではなかったのだ。
 末吉は何から話したものかと迷っている様子で、こう切り出した。
「ここんとこ、懸想文売りてのが流行りでしてね」
「懸想文売りて言やぁ、上方の神社なんぞで、縁起ものの文を売ってるやつかい」
 又三郎が口を挟む。末吉はそうではないと首を振った。
 その懸想文売りは、いわゆる恋文の代筆を請け負うものらしいのだが、これが少々変わっている。先ず頼みを聞くのは男に限られる。渡す相手も女に限る。代筆はするが、渡す際は必ず自ら渡し、人に頼んではいけない。そして、文は渡したその場で読んでもらうこと。また、相手に渡すまで決して中を読んでもいけない。ーーと、諸々条件が付くという。然してこれらの約束事を守ると、不思議と縁が結ばれるというのだ。これがどうも本当らしいと、評判を呼んでいるのだが、困ったのは女の方だ。
 末吉が世話になっている小間物屋には、おゆきという一人娘がいる。年の頃は十五で、界隈でも評判の器量良し。大店の跡取り娘ともなれば、婿取り、縁組の話が止め処ないほどだ。このおゆきに、件の懸想文を持って来た者がいた。八兵衛という優男であった。おゆきが外出した折りに道で呼び止め、文を渡したのだが、御付きの女中が取り上げて代わりに読んでしまった。忽ち、女中は八兵衛に夢中になり、八兵衛の思惑は頓挫した。だが、事はこれでは終わらない。この一件以来、おゆきに懸想文を渡そうとする男が数多現れ、この場で読めと迫ってくるようになったのだ。もしも、八兵衛の文をおゆきが直に読んでいたらと考えた輩は、一人二人ではなかったらしい。とうとう、おゆきは外に出るのも怖がるようになり、家に閉じ籠ってしまった。流石に心配した両親は、出入りの職人で昔から馴染みの末吉に相談してきたという訳だ。
「そいつぁ困った話だ。けど、なんだって傘屋に訪ねて来たんだ?」
 又三郎の言葉に、末吉はちらりと店の方を見て、唾を飲み込む。
「こちらのご主人が作った傘は妖付きだとか。傘に描いた蛇の目が動くとか、傘に名を入れて貰うとどこにあっても手元に飛んで帰ってくるんだとか、聞いたもんで、もしや懸想文のからくりも、わかるんじゃぁねぇかと、思いましてね」
 傘屋と又三郎は互いに顔を見合わせた。

 末吉はこの話を聞いた時、先ず懸想文売りを訪ねた。おゆきに宛てる文の代筆を引き受けないでくれと、頼みに行ったのだ。然し文売りは、己は代筆するだけで、その後誰が誰に文を渡すかなど預かり知らぬところであると、突っぱねた。それ以来、何度足を運んでも、商売の邪魔と追い返される。仕方なしに、今度は文を持って来る男どもに、文を渡すなと言って回るが、これも上手くはいかない。どうしたものかと思案に暮れたところで、傘屋の噂を聞き付け、訪ねて来たという次第であった。だが、傘屋は特にまじないをする訳でも妖を遣う訳でもなく、ただ真面目に傘を作っているだけで、どうしてそれが動いたり喋ったりするようになるのか、自身もとんと見当がつかないという。
 そもそも、文売りの書く文には何かまじないがかかっているのか。兎に角一度、おゆきに話を聞いてみようと、これは又三郎が言い出した。
 末吉の案内で、傘屋と又三郎はおゆきのいる小間物屋を訪ねた。客ではないので奥の座敷で話を聞く。おゆきの両親は困り果てたという顔をしていた。件の文売りが書いた書状は、全ておゆきが見る前に取り上げて仕舞ってあると言う。
「そいつを見せて貰えるかい?」
 又三郎が気安く言うと、皆及び腰になった。
「なに、そのまじないは女にしか効かないんだろう。俺が読む分には障りない筈だ」
 そう言われると、そのような気がして主人は文の入った箱を又三郎に渡した。すぐに開いて文面に目を通すと、彼はその紙の匂いを嗅いでみた。
「なんぞいい匂いがするな。甘い、花のような」
 そこへ、女中に連れられておゆきがやって来た。末吉の顔を見るなり、傍に寄って泣き出す始末である。よほど気持ちが疲れているのが、傍目にもわかる。
「すこし話を聞かせて貰えるかい?」
 傘屋が優しく声を掛けると、おゆきは素直に頷いた。歳も近い娘同士とあって、気を許したようだ。おゆきの話は、末吉から聞いていたものと殆ど同じだった。
「おゆきさんは、一度も文の中身は見てないんだね?」
 傘屋の言葉に、おゆきは首を横に振る。やはり気になって、何通か箱から出してみたという。
「読んじまったのかい」
 父親の厳しい声に、おゆきはまた涙を零した。
「読んでもなんともなかったかい? 一人でこっそり読んだのか?」
 又三郎の問いに、娘は黙って頷いた。又三郎は箱から何通か取り出して、其々匂いを確かめてみる。それから、傘屋に何か囁くと、娘同士で少し話でもすれば、おゆきの気も紛れるのではないかと言って、二人を部屋から下がらせた。
「読んでもなんともないとは、どういうことなんで?」
 末吉も主人夫婦も、首を傾げている。又三郎はそれには答えず、にやりと笑った。

 翌日早く、又三郎は懸想文売りに会いに行った。文売りは神社の境内で、水干姿に烏帽子を被り、顔を布でおおった姿で立っていた。布の隙間から見える目は獣のように鋭い。
「一筆頼みたいんだが、いいかい?」
 金子〈きんす〉を渡すと、文売りは快く頷いた。
「お相手の方はお知り合いかな?」
 なぜそんなことを訊くのかと問えば、それが決まりだと返された。続けて相手の名を言えという。
「ああ、確かおみっちゃんて呼ばれてるな」
「おみつか。そなたの名は」
「又三郎だ」と、答える。
 文売りが足元に置いた箱から紙を取り出すのを見て、又三郎は一寸見せてくれと頼んだ。訝しむ文売りから素早く取り上げ、匂いを嗅いでみる。
 礼を言って紙を返すと、文売りは慣れた様子で文を書きつけ、丁寧に折って又三郎に渡し、諸々の条件を並べて必ず守るようにと言い含めた。
 又三郎は再び礼を言って、神社を後にした。

 懸想文のからくりが分かったと、又三郎が小間物屋を訪ねたのは、その日の昼過ぎであった。奥の座敷に通されると既に主人親娘が待ち構えていた。
「文のまじないが解けるので?」
「解けると言おうか、そもそも大したまじないじゃない」 
 要は匂いだと、又三郎が言う。懸想文売りの持っていた紙には匂いが無かったが、字を書いた後の文には例の甘い匂いがしたのだと、彼は懐から文を取り出す。既に一度開いた跡があった。自身で読んだのだ。
 恐らくこの匂いは、墨に含まれているものだろう。書いて直ぐ紙に包んで閉じ込めた匂いは、文を開いた途端に広がり読む者の気持ちを昂らせる。しかも、どうやら女にしか通じない薬効であるらしい。文の渡し方に諸々条件を付けたのは、全てこの匂いの効果を確かにする為だったのだ。
 又三郎の話に、店の主人は首を傾げる。
「では、おゆきが文を読んでも平気だったのはどういう訳です」
「おゆきさんは、一人でこっそり読んだと言ってましたね。目の前に誰も居なけりゃ、惚れようもありません」
 自ら渡し、必ずその場で読んで貰えというのは、そういう訳なのだ。
「つまり、誰も居ないところで文を開けば、まじないも効かないという訳ですか」
 主人親娘もそれならば一安心と、胸を撫で下ろす。匂いの効果は最初の一度きりのようだし、文を読む前に一旦開いて風にでも当てれば大事ないだろう。又三郎の話に、おゆきも納得したようで、笑みを見せた。

 本当は、おゆきの縁組が纏まるのが一番なのだ。
 事の次第を話しに傘屋に寄った又三郎は、そんなことを言いながら茶を啜った。
「おゆきさん、末吉さんが好きなんだよ」
 傘屋は手にした湯呑みを弄びながら低く呟く。昨日、おゆきと二人きりになった際に世間話のついでに聞き出すよう、又三郎に言われていたのだ。
「末吉も満更でもねぇだろう。おゆきさんの為に方々回ったところをみりゃあ」
 されど、と二人とも口には出さずに茶を啜る。
 されど、大店の跡取り娘と、出入りの職人では身分が違う。婿入りとなれば商売の彼是も覚えねばなるまい。おゆきも家や店を捨てる訳にもいくまい。
「上手くいかないもんだね」
 傘屋が溜め息を吐く。又三郎もそうだな、と頷いた。
「まぁ、こっちが口を挟むような話じゃ無いがな」
 開け放した店先に、溜め息のような風が一陣吹いた。





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