魔導書

ガミ

黒い本が落ちている。
周りに落とし主らしき人影は無い。
拾ってみる。
表紙には「魔導書」と書かれている。
裏返してみる。
値段は書かれていない。
背表紙にも出版社名は書かれていない。
元に戻して表紙の方から開いてみる。
最初のページに使い方が書いてあった。
「望みを書き込めば、必ずやそれは叶うだろう」
次から数ページが破られている。
その先のページは真っ白だ。
パラパラとめくってみる。
全ページ真っ白だ。
最後のページがまた破られていた。
「何のいたずらだよ」
鼻で笑った。
でも、そうだな。
喉、渇いたな。
鞄を探ってペンを見つけた。
書いた。
「水が欲しい」
大したこと無い望みにしてしまうあたりビビりだ。
「アホらし」
「さてあなたは」
また鼻で笑おうとしたところ、背後から声がした。
「ひっ!」
驚いて振り返ると全身黒ずくめの男が立っていた。
見た目で身じろいだ。気持ち悪いくらいきちっとしている服装から、バックにヤバそうな連中がいる感が出まくってる。
「対価として時間を払われますか?それとも魂を払われますか?」
「は?」
「これは失礼」
男は白い手袋で黒い山高帽をおさえて見せた。ひどくコケにされた気分だ。
「私はその本を監視する者です」
山高帽から手を離す。
目元はサングラスで隠れているため表情は伺えなかった。
「本に書かれた望みを叶えるためにあなたに助言をする用意があります。時間か魂、どちらかを対価としてお支払いいただく前提でそれに応じた助言をさせていただきます」
魔導書に従う悪魔テキなアレとかか?…怪しすぎる。
「ん?助言…って、自分で叶えるの?」
「いかにもさように」
男は芝居じみた動作でおじぎを繰り出した。
「時間や魂払うっつったって、グタイテキにどうすれば良いワケ?」
「具体的には私が提示する行動を取っていただければ結構です」
…ワケがわからん。
「理解出来ないという顔をされておられますが、いえいえ。至極単純な話でございます。私が提示する行動には時間がかかるか、もしくは邪悪さを伴う。ただそれだけの話でございますよ。体に異常が起こる訳ではございませんし、余程の大望をお望みでなければ命に関わるような事もございません」
いつの間に距離を詰めたのか、目と鼻の先にサングラスが迫っていた。
「ご理解いただくには実際にお試しいただくのが最良かと」
ヤバい。関わりあいになりたくないけど、ヘタに動くと何をされるかわからないヤバさだ。適当に望みを叶えてはぐらかそう。
「じ、時間を払うとしたらどの位必要なの?」
「現在の文明水準で喉を潤す程度の水をご所望なら、5分でございます」
「じゃあ時間を払う」
男は住宅の角を指し示した。
「左へ折れて3分ほど歩いた先の山田様宅玄関前でコップ一杯の水をご依頼ください。山田様はご在宅の上、大変親切な方ですのでまず断られることはありません」
「…それだけ?」
「いかにもさように」
…面白くない。
そう、思ってしまった。
「ちなみに魂を払うとどうなるの?」
男は今度は道端の小学生を指し示した。
「あなたの鞄の中のカッターを使用し、あの者の頸動脈を切り裂いてください。迅速に新鮮な水分補充が可能です」
「要らねぇよ!」
なんだそのエキセントリックな水分補給!恐いわ!…いやいやいや。出来るけど確かに。どう考えてもおかしいだろそんなの!!
「『でも、そうだな』と思われておりますね?」
ぎくりとして顔を上げると男は口の端で不気味に笑っていた。
「さよう。緊急の事態であれば『そのような方法も取れる』という事にあなたは気づかれました。えぇ、私は出来ない事は申し上げません。それに…」
いつの間に忍び寄ったのか耳元で笑ったままの口が囁いた。
「何故私が、山田様の事やあなたの鞄の中身を知っていたか説明できますか?」
男の声にぞっとしたのは、ただ気持ち悪かったからではない。
「さてあなたは?」

「タイプD-8940、任務を完了し、帰還いたしました」
「ご苦労。蓄積データを」
「了解」
黒ずくめの男は白衣を羽織った少年に破り取られたページを手渡す。
「昔の人は素晴らしい法則に気付いたよね。えー…と、なんだっけ」
長すぎる袖を丸みのある顎に充てて考える素振り。
「あぁそうか。じ…」
「『充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない』」
「今せっかく思い出したのに!!」
「申し訳ありません。坊ちゃまの行動は大変定型的でいらっしゃいますので」
「ワンパターンだって言いたいんだろ!?」
少年の口元に苦笑いが浮かんだ。
「しかしながら、坊ちゃまが件の法則をもって言わんとするところはわかりかねますが」
気を取り直したように答える少年。
「まぁ、つまりだな。言うなれば僕のやっていることも魔法の一種だってことさ。人々の願いを叶えるとびきり素敵なやつだと言えるね」
「犯罪ではございますが」
釘を刺すような口調をおどけた様子で受け流す少年。
「管理局の無能も邪魔くさい法律を作ってくれたものさ」
「昨今の法整備において過去の事象への干渉制御は急務。管理局員の皆様は勤勉であると言えます」
「ふん。『過去の誰も殺してない』し、『個人の利益を目的として過去を改変』してない。法に触れる事はしてないだろ」
モニター上のグラフを指さす。
「変動事象による影響範囲もせいぜい地区単位。バタフライエフェクトも収束傾向を示してるし悪影響より好影響の方が数値が大きいじゃん。おっけーおっけー」
「坊ちゃまの方針には意思無く是非無く道理無く従わざるを得ないしくみの私といたしましては、こう申し上げるしか無いのが誠に不本意ではございますが『いかにもさようでございます』」
「まるで従う気が無い人の台詞だよね!?」
「いかにもそのようではございますが、私は人ではありません」
「全く…慇懃無礼が形を取ったような男だよ君は」
「私ごときがそのような…私はただの無礼な機械にございます」
「…もしかしなくても全く敬意を払う気が無いよね?何その謙遜してへりくだってみましたみたいな流れ」
「繰り返し警告しますが坊ちゃま」
「な、なんだよ」
「火遊びは程々になされてください」
何言ってんのさ。と少年はせせら笑う。
「僕はただ、『経年劣化しない特殊紙に落書きして過去に送ってるだけ』だよ。言ってみれば瓶詰の手紙を海へ流すようなもんさ。子供らしいかわいい思いつきだろ?」
「同時に、過去起こり得たあらゆる事象情報を保持する監視者を派遣し、歴史への干渉を制御していらっしゃいます」
「だってそうする事を義務付けているのが法律じゃないか」
少年の瞳は無邪気に似た狂気で輝いていた。
「人が欲望を叶えるためにどれだけ魂を堕落させるかって、面白い自由研究だと思わない?」
軽く息を吐いた黒ずくめの男に、少年はまた苦笑いで答えた。
「まぁ、君にはわからないだろうけれど」
「いえ、そうではなく」
「?」
「また埋めるのかと思うと億劫で」
「え?何を?」
「いえいえ。お気になさらず」
言いながら男が後ろ手に握り潰した紙切れにはこう書かれていた。
「魂を払ってはならない」

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