へたれ転職記〜やさぐれ編〜

 幾つもの職場を転戦し、履歴書の職歴欄に全てを書ききれず幾つかを省略するようになったころ、少年は立派な男へと成長していた。
 一九九四年の師走、おれは怒声飛び交う築地市場にいた。 大型トラックがウイングを開き、市場特有の爪の長いフォークリフトが、今しがた着いた荷物を置くスペースを確保するのに躍起になっている傍らを、ターレットトラックという、エンジンと駆動輪を円筒に収め、それに荷台を付けただけという冗談のような乗り物で隙間を縫うように疾走していたのだ。
 築地場内に信号はない。 そのうえ先を争って積み上げられた荷物は車道にはみ出し、所狭しと多種多様な乗り物や手押し車などが停車していたり、思い思いのスピードで、自分勝手なコースで動きまわっていたりする。
 外部から来た人間なら歩くのでさえ難儀するレベルのカオスぶりなのである。 実際混沌に足を踏み入れたばかりに、クラクション攻撃に晒され、身動きが取れなくなっている一般人を何どもみかけた。
 とはいえ、そんな場違いな物見遊山客を気にかけているほど、おれは暇でもないしお人好しでもない。 ここは、この築地という市場は、まさしく戦場なのだから。
 とりわけてこの年末の混乱っぷりは壮絶を極める。 平常運転時の三倍はあろうかという荷物の山は、時に荷崩れを起こして死者を出すほどだ。 うそ、それは言いすぎた。
 しかし岸壁をカーリングのストーンのように滑りくる冷凍マグロに直撃されたら骨折もやむなしだからきをつけろ。
 おっと、おれとしたことが話がそれちまった。
 そう、年末の築地市場はカオスだって話だったな。 その辺を掘り下げる前におれの職場へのスタンスってやつを聞いてもらいたい。 職場へのスタンスってやつを聞いてもらいたいんだ。
 大事なことなので二回言いました。

 〜追憶〜
 幼少の頃から理屈っぽかったおれは、世の大人達に反感しか持っていなかったように思う。 しかし事あるごとに反発はしてみるものの、持論を相手に伝える語彙力もなく、いつしか分かり合えない人種なのだと壁を作っていた。
 〜追憶終わり〜

 壁を作ることによって一つのスタンスが生まれる。 争っても面倒なだけだから、自分がちょっと我慢して先を譲るという消極的対人スタンスだ。
 だがここ築地でその戦法はうまくなかったのである。
 なにしろ先に述べたような混沌の坩堝であるからして、消極的な人間は遥か後方へと押しやられるのだ。
 それまで、譲ったら次は譲ってもらえる世界しか知らなかったおれは戦慄したといっていい。
 テレレレッテッテッテー
 銀は厚かましさを手に入れた。
 厚かましさという武器を手に入れたおれは無双しまくった。 当時トラック持ち帰りで、深夜零時に出勤だったのだが、毎日のように重役出勤なのである。
 詳しく説明しよう。
 日付が変わる頃に出勤してきた社畜どもは、日本各地から集まってきた荷物を、こんどは東京及び隣接する県の地方市場に振り分ける。 振り分けたものをトラックで運ぶまでがワンセットで、一日の前半はその仕事がメインになる。 集まった荷物の量によって、それが何セットかくりかえされる。 後半は小売店が買ったものを店舗に届けるのが仕事で、前半と後半の間に隙間があるので、(おそらく競りなんかやってる時間)少し仮眠がとれる。 しかし数は少ないのだが、その仮眠をとる時間に、不幸にももう一本走らなければならない者もいる。
 全ての配達が終わったら会社に戻って日報云々……

 さて、ここでおれの一日の流れを見てみよう。
 先ずは皆が出勤しているであろう時間に起床。 怠そうに身支度を整えると、仕事行きたくない病になんとか抗いながらトラックに乗り込む。 エンジンをかけると案の定無線機からおれの名を呼ぶ声が聴こえてくる。 暫く無視し続けたのち、あまりにしつこいので無線に出てやることにする。 
 前半の仕事、二便目が始まったあたりで、「ういーっす」とかいいながら出勤。 ひと段落して仮眠の時間かと思いきや、運悪く仕事を振られると不平不満の嵐。 やっと戻ってきて、まだ三十分くらい眠れると高いびきをかき始めたところを起こされてキレまくる。
 そして最後の配達が自宅寄りという理由で直帰。 そして次の日も重役出勤というエンドレス。
 さてここで年末の話に戻そう。
 年末の市場の糞忙しっぷりは想像を絶する。 家に帰ってもいくらも寝る時間がないので、皆泊り込みで働いているのだ。
 しかし頑なに自宅に帰ろうとしていたおれはそう、泊まり込んだら遅刻できないじゃない。 まさに鬼畜の所業。 やさぐれ街道まっしぐらである。
 やがて年も明け、そんなファッキン自堕落な日常がこれからも続くと思われたある日、あの事件はおきたんだ。
 一九九五年三月二十日。 その日も前半の業務は終了し、とくに余計な仕事を振られることもなく、暖房でぬくぬくの車内にて惰眠を貪っていたんだ。 異変に気付いたのは眠りから覚め、最後の荷物を積み込んで、まさに出発しようとしたその時であった。
 初めはなんかいつもより混んでるなくらいの感じであったのが、全く動けなくなってしまった。 無線機から罵詈雑言が飛び交う。 異常であった。 通常ならばその時間帯は、トラックが出て行く一方で空いてくるはずなのだが、一時間かけて車一台分も進まない。 隣に見える魚河岸の看板は一時間経っても魚河岸の看板のままだ。 くそったれのファッキン政府が、不衛生極まりない築地市場を封鎖しようとでもしているのか。
 そのイライラを反映するかのごとく、無線機から仲間の悪態がとめどなく流れ続ける。
 数時間後なんとか場外へ出て、一般道を走り出して暫く行くと、いままでが嘘のように順調に流れだした。
 配達先は何軒かある。 その先々で不穏な情報が乱れ飛ぶ。 テロだのデモだの爆弾だの。 断片をつなぎ合わせても一向に全容が見えてこない。
 当時はインターネットなんてものが普及していなかったから、一旦テレビから離れると正確な情報とはまったくの無縁だった。 人づての情報には多分に主観が混じってまるで使い物にならなかった。
 おれが事の顛末を知ったのは、仕事が終わり帰宅してからのことだ。
 地下鉄サリン事件。 築地本願寺駅前は封鎖され、現場の混乱は録画映像で見ても背筋に冷たいものを感じた。
 もしなにかのタイミングがズレていたら。 あの時間に地下鉄に乗っていた可能性はないだろうが、なにかしらの偶然が重なって、あの凄惨な現場に居合わせていたとしたら。
 などと考える筈もなく、それからも自堕落な生活は続いた。
 そろそろ飽きてきたから、次の仕事探そうかななどと思ってさえいたのであった。


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