女子高生の日常

 勉強机の上、小さく切り取られた窓を彩るパステルピンクのカーテン越しに、朝日が優しく私を目覚めさせた。 珍しく目覚まし時計が鳴る前に起きちゃったみたい。
 まだぼんやりとした意識のまま、私は部屋の中を見渡す。 羽根の生えた水色くまさんや、ヨーロッパのどこかの国のお土産に貰った、異国情緒溢れるカエルの置物。 去年のクリスマスにどうしても欲しくておねだりした、若草色のワンピース。
 どれもお気に入りのはずなのに、日常にとけ込んでしまうとどうしてこうも色褪せて見えるのだろうか。
 つまんない。 心の中でつぶやいてみる。
「つまんない」
 今度は声にだしてみた。 もっとも、消え入りそうで自信なさげな声であったけど。
 でも声を出したおかげか、少し頭がはっきりしてきたみたい。 私は寝返りを打つように後ろに向きをかえると、枕元の目覚まし時計に目を落とした。
「うそ。 時間過ぎてるじゃない」
 ふとんを跳ね上げ、大慌てで着替えながら、いつの間に目覚まし止めちゃったんだろうとか、もしかして壊れて鳴らなかったのかなとか、もうユリちゃんなんで起こしてくれないのよとかぐるぐるぐるぐる。 そんな今更考えてもしょうがないことで頭ん中いっぱいにしながら階段を駆け下りる私。
 リビングの扉を勢い良く開け、開口一番、「ユリちゃん起こしてくれたっていいじゃない」
「あらサヤちゃん、おはよう。 起こしに行ったんだけどね、サヤちゃんたらもうちょっとーとか言って」
 クスクスといたずらっぽく笑うユリちゃんは元々の童顔の目尻が下がって更に子供っぽい。 とてもお母さんなんてイメージじゃないから、私だけじゃなくて、私の親友のスミレちゃんからもユリちゃんって呼ばれている。
 なんか寝坊の腹いせで、たくさん文句言ってやろうと思っていた私は、ユリちゃんのほんわかな対応に力が抜けちゃったよ。
「ああ、もういい。 いってきます」
「あらサヤちゃん、ちゃんと朝ごはん食べて行かなきゃだめよ」
 こっちは大慌てだっていうのに、ユリちゃんのおっとりも時と場所を選んでもらいたいものだ。
「もう、急いでるのに。 パンを一枚ちょうだい、走りながら食べるから」
ユリちゃんからひったくるようにトーストを受けとって走り去る私の背中に、「ちゃんとよく噛んで食べるんだぞ」と、なんだかズレたコメントはシンイチロウさんだ。
 シンイチロウさんは私のおとう……ああ、そんなこと言ってる場合じゃない、急がなきゃバスに乗り遅れちゃう。
 玄関を飛び出て右に折れ、その先のT字路を左に走り抜ける。 運動苦手な私にしてはなかなか鋭い走りだと思ったのもつかの間、あーん、カバン跳ねまくって走り辛い。 パンも食べ辛いし。
 飲み物なしに無理やりパンを一ちぎり飲み込むと、喉につっかえて呼吸困難。 うえーん、最悪の朝だ。
 私は少しむせながら、さっきベッドのうえでつぶやいた自分の言葉を思い出す。 (つまんない) なんでそんな風に感じるのだろう。 ユリちゃんもシンイチロウさんも大好きだし、スミレちゃんと恋バナなんかで盛り上がってると、時間が経つのを忘れちゃうくらい楽しい。
 家にも学校にも大きな不満なんてものは見当たらない。
 なのに、何かが物足りないんだよな。
 この時私は不覚にも物思いに耽って前を見ていなかった。 いや、突然のことだったから、どちらにせよ回避できなかったと思う。
 バス停に向かう最後の四つ角を右に曲がろうとした瞬間、目の前になにか飛び出してきた。 避け……無理……。
 次の瞬間には私、空を見上げてた。 そこへなんの奇跡か、空飛ぶトーストが私の顔にぽと。 地面に落ちなかったのは良かったけれど、運が良いんだか悪いんだか。
「いってー。 ってあれ、サヤじゃん」
 この声、それに見覚えのある毬栗頭。
「ほんと勘弁しろよ。 どうせ考え事でもしながら走ってたんだろ。 俺急いでるから先いくぞ」
「ちょっとあんたが……」ってもういないし。

「ほんと最悪だったんだから。 コウタのやつまじむかつくし。 ってスミレちゃんちゃんと聞いてる?」
 お昼休みにお弁当を食べながら、今朝のやるせなさを親友と共感しあう。 私ってば女子高生してるなあ。
「あはは、ちゃんと聞いてるってば」
 スミレちゃんはタコさんウインナーをフォークでざっくりと串刺しにしながら、「ところで」とフォークを持ってないほうの人差し指をたてた。
「平凡な日常に不満だらけの女子高生。 パンを咥えて早朝ダッシュ。 曲がり角で男の子と激突。 あんたフラグ立ちまくりじゃない。 もうコウタと付き合っちゃいなよ」
「って、ばばば、なにバカなこといってるのよ。 あんなガサツで毬栗頭で、おまけにあいつ相撲部よ。 なにが悲しくて……」
 私は一瞬宙を仰いで、「あー、ぶつかったのが吉岡くんだったらなー」
「はいはい、妄想は自由だからね。 そういえばその彼から伝言頼まれてたんだった。 放課後よっちゃんの前で待ってるってさ」
「え、吉岡くんから?」
「まさか、愛しのコウタ様からよ」
 今日はもうあいつの顔なんか見たくないのに。 ちなみによっちゃんとは学校の前にある売店さんである。
 だいたいコウタのやつ、いったいなんの話があるって言うのよ。 朝の続きがしたいなら望むところよ。
 私は静かに闘志を燃やし、よっちゃんの前で仁王立ちして待った。
 乾いた空気が北から南へ吹き抜ける。 決闘には良い日だわ。
 校門から夕日をバックに毬栗頭のシルエットが近づいてきて、私の前で立ち止まった。
「なによ、やるっていうの」
 ファイティングポーズをとってやる気満々の私。 その肩を空かすに充分なコウタの一言。
「ごめん」
 え、なになに、私のイメージするコウタからは、絶対でる筈のない言葉に状況が読めないんですけど。
「俺も慌ててたからさ、あの時なんで謝らなかったんだろうって、今日一日ずっと後悔してたんだ」
 拳を握りしめたまま惚けている私に、コウタはそれだけ言うと背を向けた。
「俺、部活戻るよ」
 え、なになに、一方的過ぎるんですけど。
 キョン
 毬栗頭を見送る私の胸が……
 キョン
 スミレちゃんこれって……
 キョン

動物園から逃げ出して野生化した鹿っぽいやつがキョンと鳴いた


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