「白の王国」に旅立つ前に

白石琥珀

「白の王国」では、白色が神聖で高貴なものであると考えられている。国民は皆、強い日射しにもへこたれることなく美白に努め、白い肌を維持している。
 首都ドヤディーナは赤道付近に位置し、日の出、日の入りの時刻は一年を通じてほぼ一定だ。早朝は過ごしやすく、出歩くのにも適している。気温の高い昼間に歩く際には服装選びや飲料の確保に留意したい。余談だが、この国において太陽はドヤイラと呼ばれていて、これを日本語に直訳すると「白き神」となる。赤道はドヤイラ・モン、つまり「白き神の旅路」である。
 食事にも白い食材が好んで用いられる。主食はパン、米、うどんなど。おかずとしては白身魚やイカが人気である。漁業が盛んで、タコの漁獲量も多いが、国民が食すことはほとんどなく、専ら輸出用に水揚げされる。他に、ヨーグルト、ソフトクリーム、チーズなどの乳製品は絶品。この国を訪れたなら一度は賞味したいところだ。
 国民性は穏やかで、治安は世界的にも高水準にあると言える。ごく一部に過激な人種差別主義者がいるが、全体の〇・〇一%にも満たない。ほとんどの国民が「黒人や黄色人種の人々がいることで自分たちの白さがより一層際立つ」と考えているため、外国人の入国はむしろ熱烈に歓迎されている。
 日本との関係は極めて良好で、活発な貿易や文化交流が行われている。王国は日本から白米、うどん、豆腐、白物家電、お父さん犬グッズなどを輸入しており、多くの国民が賞味し、愛用している。
 日本の漫画やアニメも人気で、特にガンダムのブームはいまだに終わる気配を見せない。プラモデルが発売されると即日完売し、「白いモビルスーツが勝つわ」という作中の台詞が流行語になった。
 また、少数ではあるがNHK紅白歌合戦の愛好家も存在する。彼らは白組が勝つと機嫌がよくなる。二〇一三年は白組が勝利を飾ったが、白組から「紅蓮の弓矢」が披露された際には微妙な空気が流れた。
 ドヤディーナは北海道札幌市、新潟県上越市などと姉妹都市関係にある。王国内で雪が降ることはほぼありえないため、多くの国民が雪景色に強い憧れを抱くようだ。同様の理由で、カナダ、ロシア、スウェーデンなどとの親交も深い。
 王国民への土産物を持参する場合は、上述の要素を鑑み、白米、ガンダムのプラモデル、雪景色の絵葉書などが望ましい。何となれば白米の絵葉書や雪景色のプラモデルでも喜ばれる。うどんや豆腐も人気だが、賞味期限や運搬方法に注意が必要だ。札幌銘菓の「白い恋人」という手もなくはないが、「言うほど白くない」「思ってたより茶色い」という王国民の戸惑いの声にも耳を傾けたい。
 逆に、王国内で購入する土産物としては、食品ではホワイトチョコなどの菓子類が最も有名だが、他に砂糖、塩、白ワインも好評だ。これらのものを買う場合には、瓶の運搬のための緩衝材も忘れずに用意すること。食品以外では日焼け止め用の各種化粧品が充実している他、宝飾品や文房具が定番となっている。
 余談だが、この国の文房具には興味深い歴史がある。文字を書くときは白い紙に黒のインクで記すのが世界的にスタンダードで、王国も例外ではなかったが、一八世紀に思想家サルサン・ドヤドヤが「黒い紙に白いインクで記すべきだ」と提唱し始めた。これは白き神ドヤイラが世界の闇を照らす様を象徴する構図であり、一定数の国民の支持を得た。彼らは既製品の紙やインクを放棄し、手製の文房具を使うようになった。
 困難は多く、特に黒い紙をこしらえるのに苦戦した記録が残っている。最初は白い紙を手作業で黒く染めていたが、文字を記したときにインクが滲んで、白と黒が混ざってしまうという失敗があった。金も手間もかかるため人々の負担は大きく、この段階で一度挫折しかかった。
 しかし、サルサンが持ち前の演説力を発揮し、大資本家ニグマン・ドヤカーオを説き伏せたことで状況が一変した。潤沢な資金で工場が新設され、白いインクと黒い紙が大量に供給されるようになった。品質は安定しており、しかも従来の製品とほぼ同じ価格で販売された。この動きに国民の耳目が集まり、使用者が著しく増加した。一時、国民の半数近くがサルサン派となり、もはや少数派と呼べない規模になった。
 王国内の文房具市場を塗り替えるかに見えた一大ムーブメントは、しかし予想外の形で衰退を迎えた。多くの家庭にサルサン派の製品が行き渡った頃に、幼児が黒い紙を誤飲する事故が続発したのだ。たいていの幼児はすぐに吐き出したが、飲み込んで喉に詰まらせてしまう例もあった。あわや窒息死というところ、何とか死者は出ずに済んだが、この現象を機に「黒い紙は呪われている」という俗説が幅を利かせた。国民は黒い紙を敬遠し、再び白い紙を使うようになった。
 誤飲事故の真因は後世の学者たちの研究対象となり、今では呪いなどではなかったことが判明している。国民は白米を好むため、海苔を常備している家庭も多くあった。幼児は黒い紙を海苔と思い込んで口に入れてしまったのだ。
 この名残で、一部の土産店には黒いメモ帳やノートも置かれている。表紙には大きく「カッ・タカ・タッバー(食べちゃダメよ?)」と記されており、王国民には珍しいブラックユーモアが見てとれる。
 とはいえ、王国に来たからには白色の土産物を購入するのが無難だし、観光名所も白を基調とするものがほとんどだ。
 まずは何はさておき、首都ドヤディーナの中心に位置する王宮を見ておきたい。一般人の立ち入りは禁じられているため遠方から眺めるしかないが、それでも迫力は十分である。総大理石の建築として世界最大級の規模を誇る。
 次に王宮から少し離れて市街地の景観を楽しむ。どの方角でもハズレはないが、西方の丘陵地帯にびっしりと密集して築かれた街並みは、下から見上げると壮観である。また、南方の海岸に向かえば、石灰石の家々と、砂浜と海のコントラストを堪能できる。漁港近くの食堂で海産物に舌鼓を打つのもよい。
 北東部には博物館通りがあり、王国の文化に触れるにはもってこいだ。特にソノー・コススキ博物館は、規模は小さいながら貴重な展示物を多く所蔵している。
 コススキは王国の美容技術の発展に深く関わった伝説的人物だが、謎が非常に多い。王国出身者ではなく、異国から王国を訪れた女性であることはわかっているが、その後、王国内で修行を積んで開眼したとも言われているし、逆に、入国早々に王国の技術者たちを教え導いたとも言われていて、定説がないのが現状だ。
 しかし、偉人という評価にはいずれの立場からも異論はない。コススキが技巧を凝らして生み出した何百種類もの「白」を間近で見れば、王国の奥深さをより一層感じられることだろう。
 なお、掲げられている肖像画は、日本の美容研究家、故鈴木その子氏によく似ているように見受けられるが、関係性は明らかになっておらず、今後の研究が待望される。
 ドヤディーナを巡り終えた後は、特にすることがなくなる。首都以外の国土はすべて不毛の砂漠地帯で、観光客が見るべきものはあまりない。

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