能書き先輩と小生意気な私

七人

「あ、雪……」
 市立図書館、二階の自習室。私と先輩以外誰もいないその中で、ぼんやり外を見ていたら、白い粒が窓に張り付いて水滴に変わっていった。
 少しすると舞い落ちる雪が、その数を徐々に増やしていく。
「初雪ですね?」
 目の前にいる先輩に話しかける。
 先輩はノートに走らせているペンを止め、窓の外を見た。
「うむ、確かに雪だ。今日は冷えたからなぁ」
 腕を組んで、うんうん頷く。
 黒髪のショーカットで、同年代の女性の中では小柄な先輩がするといまいち決まらない仕草だ。ませた女の子が大人ぶっているようにも見えるが、言動が偉そうなおじさんのそれなので改めて見ると違和感がすごい。
 その点に関して、私はあまり気にしないことにしていた。先輩の性質は、高校三年間で嫌と言うほど理解させられたから。
「しかし、君。初雪というのはどうだろう?」
 先輩は顔の前で持っていたペンをクルリと回すと、その先を私に向けた。
「物で人を指さないでください」
「まぁ、聞きたまえよ」
 ペン先を下ろすと、先輩はニヤリと笑う。
 こういう時のこの人はめんどくさい。
「君は先ほど初雪ですね、と聞いたな?」
「まぁ、はい」
「しかし、同意を求められても困る」
 先輩は腕を組みなおして、少しタメを作る。
「なぜなら私は先週土日、寝台特急に乗って青森に行っていたのだよ。向こうでは既に雪が降り積もっていてね。君には悪いが、私はもう初雪ヴァージンを卒業済みだ」
「変な言い方しないでください。それよりなんで青森へ?」
「ふふ、いわゆる自分探しという奴さ」
 遠くにある何かを見つめる先輩に、
「観光してたんですね」
 と私は断言する。
「なるほど、わかられているな私は……。少しはミステリアスな女になりたいものだ」
「勘弁してください。それで、旅費とかはどうしたんです? 寝台特急ってかなり高かったような……」
 乗ったことないから詳しくはわからないけど、往復で数万は下らなかった気がする。
 それに対し先輩は「何を言っているのだろうね、この子は?」みたいな顔で言う。
「もちろん自費に決まってるだろう? 君が思っているより経済的な女なのだよ、私は」
「経済的な女は、学生の身分でふらっと青森まで行きませんよね?」
「いい女は自分への投資に糸目はつけないのだよ。君の様に日々をのほほんと暮らしている女にも、いつかわかる時がくるさ」
 また先輩は遠くの何かを見つめ始めた。私は軽い頭痛を自覚しながら、
「もういいです……」
 とため息を吐く。
「それはそうと、話がだいぶ逸れてしまったな」
「戻すんですか?」
「そもそも『初雪』がなんなのか、君はわかるかい?」
 軽く無視されたが、一応考えてみる。
「……字の如く『初めての雪』じゃないんですか?」
「では、その始まりはどこなのだろうね?」
 言われて、私は頭を捻る。
相変わらずなにが言いたいんだろう、この人……。
 先輩はそんな私を見てニヤリと笑い、ペンをクルリと回す。
「君から見て、今年の冬初めてというなら確かに今だろう。
 しかし一年の暦で言えば、始まりはやはり元旦と言わざるを得ない。そういう意味なら私たちは一月にも雪を見ている。
 だが、社会的に始まりとは四月を指す。そういえば、今年は珍しく四月にも雪が降ったね? これは初雪と言わないのかい?
 もっと言えば、雪の降らない地方の人が初めて雪を見た。これも初雪だね。正当な意味での、初雪ヴァージンさ。
 このように『初雪』というのは、なんて曖昧でいい加減な言葉なのだろうね」
 なんか最後のほうにいらない表現が出てきたけど、確かに言われてみれば……と考えさせられる。
 けれど、
「結局、それって一人一人の主観なんじゃないですか? 先輩の言うように色んな初雪がありますけど、その人が『初雪』と思えばそれが初雪なんですよ」
 少なくても私はそう思います、と最後に付け足して先輩の様子をうかがう。
 先輩は嬉しそうにうんうんと頷き、言う。
「だから言ったのだよ。同意を求められても困る、とね」
 勝ち誇った、すごくいい笑顔だった。
 私は机に突っ伏したくなる衝動をこらえ、なんとかため息だけに留める。
 先輩は初めて読書部で出会った時から何も変わってない。ディベートとかするといつも軽い頭痛と脱力感に襲われる。
 ふと窓の外を見ると、いつのまにか雪は止んでいた。
「先輩、能書きはいいから勉強してください」
「話を振ってきたのは君だろう?」
「勉強を教えてくれって頼んできたのは先輩ですよ」
「ぐう」
「なんなんですか?」
「反論できないから、せめてぐうの音を言ってみたまでだよ」
 そう言ってなぜか自慢気に胸を張る先輩に、私はガックリと肩を落とす。
「もう、ちゃんとしてくださいよ。また卒業できなかったら『先輩』って呼んであげませからね」
「あぁ、それに関しては心配いらんよ。君の愛らしい声で『先輩』と呼んでもらいたいからダブったのだしね」
 一瞬、私の時間だけが止まった気がした。
 先輩を見れば、話は終わったと言わんばかりにペンをノートの上で走らせている。
「…………それ本当ですか?」
「もちろん。去年はハナから卒業する気などなかったよ」
 将来に大きな傷を残す所業を、顔も上げず先輩はあまりにも平然と言った。
「な、なんでそんなことしたんですかっ!?」
 私は机を叩き、身を乗り出して叫んだ。ここが図書館であることなど、かまっていられなかった。
 それに対し先輩は、こちらを見上げてにこりと笑う。
「小生意気な後輩というのは、いくら愛でても飽きないものなのだよ」
「だ、だからって! そんなの電話をかけるなり色々やり方はあるじゃないですか!」
「君は受験生に毎日会って、毎日電話をかけるのかね? それは非常識という物だろう」
「先輩のしていることの方が非常識です!」
「ほう、ストーカーが非常識でないとは驚いた」
 目を丸くする先輩に、私はもう何も言って無駄だと悟った。
 椅子に座り、そっぽを向くように外を見る。雪がしんしんと降り続けて、乾いたアスファルトを白く染め上げていく。
「……先輩がそこまでする私の価値ってなんですか?」
 外を見たまま尋ねた。どうせ煙に巻かれるだろうと思いつつ。
「人がどれだけ優れていようが、いくらお金を持っていようが、どれだけの地位と名誉を得ようが……手に入れられるかわからないものかな」
 さらりと答えらえて顔が、急に熱くなる。
 ガラスの越しに覗き見た先輩の顔は、本当にうれしそうで……私と同じ色に染まっていた。

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