へたれ転職記 〜謎解き編〜

「カクチョーイン?」
「そう、そもそも君は初手から考え違いをしていたのさ。君が三時間も玄関先で捕まってたっていうその新聞の販売員、本当に森元専売所の人間であったのか否か。俺は違うと睨んでいるんだがね」
「それがカクチョーイン?」
「それが拡張員さ」
「でも……」
「でもも糸瓜もないさ、俺の頭の中ではすでに謎は解明されている。話を続けても?」
「そうね、続けてちょうだい」
「Danke schÖn! それじゃあまず状況を整理してみよう。君は夕食の支度をしようと台所に立った。そのタイミングでインターホンが鳴ったのだね」
「ええそうよ、ようやく重い腰を上げて玉ねぎと格闘しようとしてたところの出鼻を挫かれたからイラっとしたわ」
「そして玄関に出てみたらジーパンにヨレヨレのシャツを着た、白髪混じりの壮年の男が立っていたと。なぜインターホンを使わずに、いきなりドアを開けた」
「使ったわよインターホン。でもなんか要領を得ないし、新聞屋さんだってことはなんとなくわかるんだけど、私イライラしちゃって。料理を中断された鬱憤もあって、一言文句でも言ってやろうかって」
「それで玄関を開けてしまったと。それで? 話し始めて相手の要件はすぐにわかった?」
「それがまったく。んー、ちょっと違うわね、新聞屋さんの、ほら、よく見るじゃない。契約の時に使う伝票みたいなやつと、あとボールペンを持ってたから、新聞の勧誘だってことはすぐにピンときたわ。なのに天気の話とか、いつもどうもとか、隣近所にもお世話になってるとかどうとか、一向に目的を言わないのよ。もう私、この忙しい時間になによって、腹たってきちゃって、新聞取って下さいって言った瞬間に断ってやろうと手ぐすね引いてたのね」
「だけど言わない」
「そう。ほんと頭来ちゃう。しかもなんだかへらへらにやけちゃってさ。こっちは迷惑オーラ出しまくって睨みつけてるってのに全然へっちゃらなんだもん」
「それが拡張員の特徴なんだよ。しかしそこまで特徴が顕著だということは、君が会った拡張員はかなりの手練れのようだ。ちなみに彼らにもいろいろなタイプがいるんだが、君が出会ったのは典型的なぬらりひょんタイプだな。他に子泣き爺タイプなんかが有名だ。で、そこまでイライラしているのに、なぜ話を打ち切ってしまわなかったのかね」
「それは……」
「したくても出来なかった。そうだろう」
「そうなのよ。結構ですって言うだけなのに、まったくそのタイミングがつかめなくて」
「ぬらりひょんは知ってるか?」
「は?」
「いや、妖怪の」
「さあ……」
「妖怪の総大将らしいんだが、しかしやっていることがしょぼくてね。年末の忙しい最中を狙って勝手に家に上がり込むんだよ。そして勝手に飲み食いして去っていく。きっと家人の知り合いなのだろうと、だれも咎めたりしないんだ。一息ついた折に話し合うと誰も知らないっていうね」
「なんだかせこい妖怪ですね」
「そう、せこい妖怪なんだ。そして拡張員も、ぬらりひょんさながらのテクニックで断る隙を与えない。実にせこいやつらさ」
「それでその拡張員っていったいなんなんですか? ちゃんと森元新聞店から来ましたって言ってたようにおもうけど」
「だろうね。新聞の専売所っていうのは、放っておくと購読者がどんどん減っていくんだよ。従業員も頑張って営業するんだけど、営業のプロではないからね。配達や集金の合間に回るだけじゃ思うように購読数を伸ばせない。そこで店は、定期的に外部からプロの営業マンを雇うのさ」
「それが拡張員?」
「それが拡張員だ」
「でも正式に依頼されてるなら、やっぱりお店の意思で動いてると思っていいんじゃないの?」
「理屈はね。だがあいつらはそんな生易しいもんじゃない。まず出自がはっきりしないやつがほとんどだ。拡張員は『団』っていうグループに所属しているが、都合が悪くなればすぐにいなくなるし、そうなった時、定住地を持たないが故に探し当てるのは困難だ。だから後を濁しまくって去っていくなんてお茶の子さいさいさ」
「でも契約とらないとその人たちもお金にならないのでしょ。そのぬらりひょんタイプっていうの? いつまでものらりくらり話してたって、新聞取ってって言わなきゃ始まらないじゃない」
「それは新聞の契約の仕方に鍵があるのさ。君は新聞の契約をするとき、その場で現金を払うかい?」
「払わないわ。確か判子押すだけ……住所と名前くらいは書いたかしら」
「それだよ」
「?」
「君の話では、男は終始ニコニコしていた。そしてお世話になってるだとか近所がどうとか。男は君が断るなんて微塵も思っていない……という雰囲気を全力で作っていたといえる。そこで笑顔のまま契約書を差し出されたら、君は判子くらいならって捺印してしまうのではないか」
「まさか、そんなことは……」
「三時間玄関先で聞きたくもない話を聞かされても冷静に断れる。君はそう言い切れるのか」
「……それは」
「……もしかして君は玄関ドアの脇にセールスお断りのシールを貼ってないか?」
「は、貼ってるわよ。私セールスマンって大嫌いなのよ」
「それだな」
「どれよ」
「断る自信があるやつってのはそんなもの貼らない。そんなシールを貼ってる人間は押しに弱いってことを、奴らは知ってるのさ。それに拡張員に限らず、自分はセールスマンですって名乗るセールスマンは皆無といえる」
「そんなこと言われても……」
「例えば君の友達がダ◯キンの営業をやってたとして、その友達がうちの商品使ってって言ってきたとき、君は玄関脇のシールを指差して突っぱねるかね?」
「そんなことはしないけど、あのおじさんは友達じゃないわ」
「君がどう思うかは、実は重要じゃないんだ。また例え話で恐縮だが、何年か前にそのおじさんから君が新聞を取ってたとして、事実かそうじゃないかも重要ではないのだが……、君は忘れているかもしれないが、次もまたそのおじさんと契約をするって約束を取り交わしてたとしたら?」
「そんな約束してないわ」
「仮に約束をしていたとしたら、君の中でそのおじさんは、友達のダス◯ン営業と同じようにセールスマンお断りの例外に位置付けられはしまいか」
「それはそうだけど、そんな約束はしてないわ」
「実際の約束は問題じゃない。勘違いだろうと捏造だろうと、その拡張員がインターホンを押す言い訳にはなる。そして、そこに君の言い分は介在不能だ」
「そんな勝手な……あ、そういえば知り合いが、やっぱり新聞の営ぎょ……拡張員に、きっぱり諦めてもらおうと『私引っ越すんです』って言ったら、余計にしつこく食い下がられたって」
「テンプラだ」
「え、なに? テンプラ?」
「さっきも言ったが、拡張員はいつでも姿をくらますことができる。お客には、どうせ引っ越すなら迷惑はかからないとかなんとか言って判子だけ押してもらい、店に戻って現金にする。店が確認の電話をした時には拡張員は雲隠れしてるって寸法さ。それを空の伝票をあげるって意味でテンプラって言うんだ」
「それって詐欺じゃない」
「そうさ、立派な犯罪者だよ」
「それにしても貴方、随分拡張員に詳しいのね。貴方も実は拡張員なんじゃないの?」
「はははははははは(笑)バレてしまったら仕方ない。三ヶ月分でいいんで判子下さい」
「警察呼ぶわよ」       了

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