ひとつもはっきりしないということの許されざる優しさと柔らかさ

坂の下に突き刺さる骸

少しくらいなら酔いながらの方が
良いものが書けるのだろうか
創造的問題解決能力やらなんやらが上がるからとか
本当のところはよくわからないけれど
少し眠いようなマヒした感覚でいることは
創造的な気持ちであることを助けてくれるのかもしれない
何かが浮かんでくるのを待っていたような気がするが
寒いというそればかりが頭の中を埋め尽くしていくので
やはり眠い
果たして助けは来るのだろうか
果たして助けを待っていただろうか
来ても来なくても別に構わないような気持ちもあるし
来てくれないとやっぱり寂しいような気持ちもあるが
そもそも来てくれなんて頼んでいないので
やっぱり来てはくれないんだろうなとそう踏んでいる

そんなに険しくもない山の中の
そんなに深くもない林の中の
そんなに大きくもない池のほとりで
ぷくぷくと湧き出ては水面で弾けて消える泡を
ただじっと眺めているのでは
やっぱり何かが浮かんでくるのを待っているんじゃないか
というような気になっても仕方ないのかもしれない
なんだか釣り糸も巻きつけたままの竿を担いで
のぞきこむように泡の出どころを見つめているのは
テンガロンハットを被って
正銘のボロを纏いし赤毛のおいちゃんで
寒さに歯向かうように燃え立った木の葉のせいか
季節は秋口くらいのように思われる
ほら赤とんぼ
そうでなければ楓の葉が舞いながら落ちてきて
弾ける泡へ被さるように着水するもんだから
もうその弾けっぷりがどんなのだかもわからなくなって
あぁやっぱりどんなに色いろが萌え騒いだって
寒いな秋口だなとそう思うわけだ

そうなるともうなんだか泡のことなんて
どうでも良いような気がしてきてしまって
おいちゃんはため息
ふいの捨て鉢な気分に
ため息ですよ本当に

例えていうなら
さようならを言いたくなければ出会わなければ良い
というような与太で酒を酌み交わしたくなったときに
そんな肴でも大まじめな顔をして
あるいはなんだいそりゃあと笑い飛ばして
付き合ってくれる誰かが
都合の良い時だけそばに居て欲しいなとか
都合が悪くなったらさようならして欲しいなとか
それに似たようなそうでもないような気持ちで
池のほとりにしゃがみ続けているんだけれど
その姿は決して何かを待っている訳ではないと
必死でこらえているようであったりもする
飽きたよと投げすてる誰かを
もっとじょうねつをもたないとだめだよ!
と強く諌めて
そうか自分の中にも何かを待つ心が残っていたんだなんて
そんな風に気づくためのきっかけを
いやだんじて本当に待ってはいないのだと
奥の歯で噛みしめて自らへ言い含めているようでもある

山の向こうへ行ったらどうなんですか?
と勧めてきたのは誰あろう一匹の蛙であった
蛙と書いてカワズと読むのだと言わんばかりの
なんとも横柄な問いには一切気がついた風でもなく
おいちゃんは使い古されたテンガロンハットのつばを
人指し指でついとなぞって先っちょを押し上げる
無造作が自慢の伸び放題の長髪と同じ
赤茶けた髭に覆われた口元が動いた様にも見えたが
ただ風にそよいだだけなのかもしれない
ほら赤とんぼあるいは紅葉

あなたには飛び込んでみようなんて気は無いんだから
と蛙は昂ぶりを抑えるように振り仰いで確かめる
麓の森からすぐに連なる浜辺を越えて広がる海を

約束の期限を

見渡す限りのそれがでもやっぱり有限なんだよね
とでも言うように端から水煙を立てて
削り取られて落ちていく
なんなら剥がれ落ちていくと言っても良い

どこへ

知らなくても良い大海から目を逸らすと蛙は
おいちゃんと一緒になって池の底を見つめる
池の底からゆらゆらと昇ってくる泡を見つめる
水面(みなも)にたゆたい
あるいは映えて燃え盛る紅葉に隠れて
繰り返し弾けては消える泡の行方を
まるでそれだけが世界の真実であるかのような
真面目ぶった顔をして
まるでそれだけが愛すべき理のすべてであるかのような
ひどくおくゆかしげなまなざしで

愚の骨頂とはまさにこのこと
実に滑稽だ

ゆうに世界の浸食は無限の大海を呑み尽くして
浜辺を削ぎ落としにかかっている
山の端からは何をおいてもまっ先に落ちていった太陽の
あの残光が失われゆく海原に上がる残霧で膨れ上がり
あまりにも地獄を思わせる濃度で夕を焼き
真っ赤に燃えているというのに

水面をじっと見つめ続けるおいちゃんの姿は
どこかから聞こえるだれかの呼ぶ声に
耳を澄ましているようにも見えなくはない
夕日の落ちていく音など聞いてはいけないし
潮風に撫でつけられてなかば砂丘と化した浜辺の砂が
その端からやっぱり有限なんだぜ
ただお前がちっぽけなだけさとでも言わんばかり
塊に叩き割られて掻き落とされ
無慈悲に砕け散る間際の悲鳴など聞きたくもない
そんな最中に泡の弾ける音などまず聞こえるはずはない
だからそんなのはただの思い違いでそれどころか
うっかり呼ぶ声がしたなどと喜びいさんで立ち上がり
駆け出したり飛び込んだり追いかけたりしないことこそが
ことにこの寂しい戦いの最前線ですらある

なにとなにとの

そんなわかりきったこととそうではないことの堺でさえ
曖昧にしてしまうのが
一番最初に逃げた卑怯者の残光で
今はきっとただの地獄の一端に過ぎないその眩さは
光を通して知覚するものの
せかいのかたちをあいまいにして
こころのかげをうやむやにして
やっぱり残酷な本当をざわざわと思い出させる

黄昏の中の彼は誰

本当につまらないんだよね?と言い残して
とうとう最後の蛙の飛び込んだ水の音はしかし
沈みはじめたせかいの音にかき消されたに等しい
同じように岩に染み入る蝉の声など絶えて久しい

もうすぐここは終わる

さようなら
もっとじょうねつをもたないとだめだよ

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