劇場型犯罪捜査

小林某

 年代物だがきれいにみがかれた軽自動車が山道を登っていく。運転手は、目元をマスクで覆い、頭に白いシルクハット、白いスーツに黒いマントを着用した三十がらみの男。
「現場は洋館安曇野、被害にあったのはここの主人の箪笥貯金だ。容疑者は妻と息子、それから使用人ね。実はこれ息子が犯人なんです。今は相続税がべらぼうだから、税金をすっぱ抜いたわけ。そういう報告がきているんです。えへんえへん、ここがキモですな。今や犯罪は長期的にかなりの精度で予測可能で、予め人を潜入させて見張っておくんです。政府がアンテナを張り巡らせているから、探偵は余裕を持って現場に向かい、送られてきたシナリオに沿って事件を解決する」
「あのう、解決済みの事件現場で私は何をすれば?」助手席の女が訊ねると、探偵はダッシュボードに手をやって「カメラだ」とレンズを向けた。前髪を眠そうな目の少し上あたりにそろえてニット帽をかぶり、うなじのあたりから短めのツインテールがつんとのびている。
「新入りを紹介したい!」小声になって「きみ、履歴書にはざっと目を通したけど、自己紹介を頼むよ。なるたけかわいらしくね」
「え、はい。サトミです。十七歳で、高校生。身長一四七センチ、体重ヒミツ。特技は変装。と……足が速い?」と微妙な笑顔を浮かべてピースをした。「うわあはずかしい」
「恥ずかしいのはこっちだ。あのね、照れが受けるのは最初のうちだけだからね。それと変装なんてイメージで適当を言ったらダメ。まあスポーツはけっこう。だが」胸元にレンズを向けて「これは走るとき邪魔にならんのかね」彼女は慣れているのか「サラシで巻けばまっ平らです」とサラリと答えた。
「ここは照れるんだよ! それとピースは両手でやるのが基本だ。さ、まず口をだらしなく半開きにして。軽く舌を出す。目だけ上を向いてえ、失神寸前の感じ……顔は動かすな! はいダブルピース。ぎこちないな。やらせっぽい。あとで参考資料を渡すから熟読しておきたまえ」
「実際やらせじゃないですか。なんですか、これ?」
「演出だよ、日頃の御愛顧に感謝してちょっとしたサービスさ。探偵というのは資料を棒読みするだけの役立たずで、政府の補助金を受けて赤字仕事をやっていて、きみみたいに一般人から助手を選ぶということに関しても、マスコミはロビー活動を疑っているんだ。憶測だよ。これは推理バイアスを避けるために探偵法が改正されたからだ。現場にも調査用のカメラが設置してあって事件が解決したら一部公開しているけどね、画素数が少ないし規定が厳しいんだ。だからこうやって自主的に撮影した動画を配信するわけ。世論に訴えるんだよ。このマスクもマントも、それから君みたいな巨乳ちゃんも、そのためのエンターテインメントなんです。きみの仕事は色々あるが、目玉は入浴シーンだ。バスタオル着用でなんとか許可を取ってみるから、谷間の限界に挑戦してほしい。ほら、現場はもうすぐそこだ。風呂は桧だぞ」
 きついS字カーブの向こう、木々の隙間から洋館安曇野が見えた。勢いよくアクセルを踏み込むと、そこにちょうど人影が飛び出してきた。探偵はマスクを眼鏡のようにクイッと上げ、仰向けに倒れている黒いスーツを着た中肉中背の男を認めた。
「かなり飛びましたけど……これもシナリオ通り?」
「ここはアドリブだ。まあ生死は落下で決まる、下は土だから大丈夫だろう。さっそくお仕事、そいつをトランクにでも積んでしまってくれ。ここには救急車は入ってこられないからな」

 探偵はドアを蹴破り、勢いよくぐるぐると前転しながら洋館に飛び込んで叫んだ。
「さあパーティのはじまりだ! チッチッチ、どいつもこいつもシケたツラしやがって」
 実際現場の雰囲気はまるで通夜のようで、茫然自失の息子、さめざめと泣く泣く妻、うなだれていた主人がけげんそうに探偵に声をかける。「忘れ物ですかな?」
「今しがたチェックインしたところですがね。それとぼくは小学生のころから忘れ物をしたことがないのが自慢なんですよ」
「よくわかりませんが……おや、着替えました?」
「これ一張羅ですよ! 世界に一着のオーダーメイド。帰りにクリーニングに寄っていかなきゃ」とスーツをなでまわしうっとりしていると、サトミが文句を言いながら入ってきた。「びっくりするくらい手伝ってくれないんですね!」
「きみは古くさい男女観に縛られているよ。ぼくが頭脳を使うんだから、きみがもっぱら力を使うのが効率的じゃないか。スポーツがお得意なんだろ」
「おっぱいが邪魔なんです!」
「おや、そちらも探偵さん……」
「悪くないセリフだが今はサラシでも巻いとけ。こいつはバイトです。でもご安心ください。ぼくは由緒正しい探偵の家系、血統書をお見せしましょうか」
 主人は探偵を無視して「探偵さんどうなさったんです、しっかりしてください」とサトミの肩をぐいぐい引っ張った。「ちょっとお客さんお触りはご遠慮願いますよ!」と探偵が止めに入ると、背負っていた男がごろりと転がった。

「……使用人の小林が犯人だ。ぼくは偽シナリオを読まされていたのさ。マスクをかぶりぼくになりすまして事件解決、政府のエージェントは変装上手」
「どうしてもっと早いうちに逃げだしてしまわなかったんでしょうね」
「人数が合わなくなくなるからさ。こいつはくるくる変装して二人を演じていたんだ、大した役者だよ。で、頃合いを見て入れ替わるはずのぼくに撥ねられたってわけ。さぞや本望だろうね」
 なおも毒づきながら車を出そうとする探偵に、よれよれだが洒落た仕立てのチャコールグレーのスーツを着た、猫背の男が近づいてきた。前髪が鼻先にかかるほど長いが、それでも整った顔立ちをしていることはわかる。
「やあ都村(つむら)警部補。再開を喜びたいところだが、あいにくぼくはスーツにアイロンがけをしないやつと前髪が長すぎるやつが大嫌いでね」
「きみにファッションのことをとやかく言われたくないね。それと俺は警部だよ」
 助手席から会釈するサトミを見て、都村は「当たりを引いたねえ」と言うと煙草に火をつけた。
「ここに来たのはほかでもない、きみを迎えにきたんだ。犬みたいな仕事なんかやめて帝都に戻ってこいよ。こっちに来ればそのかわいこちゃんを正式に採用できるぞ」
「この娘は使いものにならないよ、露出が少ないから。それにぼくはこの仕事が性に合ってるのさ」
 都村は頭をぼりぼりやりながら言った。「かつての天才少年が、どうしてこうなっちまったのかねえ」
「大ヒットした映画の続編を観て1のほうがおもしろかったなんて言うやつがいるだろう。回帰効果ってやつだ。天才少年は平均的な大人に、初代が大物なら二代目はぼんくらに。それはそうと」と腕を組む探偵「山場がなかったな」
「なりすまし犯を偶然轢くなんて滅多にないことだろう」
「轢いてない、撥ねたんだ。それ以外に何もしていないからどうもきまりが悪い」
「戻って来れば無理に盛り上げる必要はないんだぜ」
「きみが丸刈りにでもしたら考えるよ。ねえサトミちゃん。なんかないかなあ、なんかこう……はでなやつ」
「はでなやつ……うーん。じゃあ履歴書を取り出して、ちゃんと読んでみてください」
「読んだのに。サトミ……里見サエキ? 名字が名前で名前が名字みたいだ。おやおやぼくとしたことが見逃していたよ。一番目につくところが一番気づきづらい、ポーだね」
 サトミが「ぽー?」と手刀をひたいに当てると、探偵は「そういうことじゃない」と履歴書を投げ捨てた。
「あーっ、個人情報ですよ!」
「今どき履歴書程度の情報に価値なんかないんだよ。もうこのままなし崩しでいい、蕎麦食って帰ろうや。じゃあな都村くん、つまらない仕込みはこれっきりにしてくれよ」
 そういって名探偵は夕闇に消えていった。履歴書は風にひるがえり、都村の顔を覆った。舌うちをしてひきはがすと、前髪に隠れていた三白眼がギラリと光った。
「なるほど里見サエキ……これならあいつを、神宮寺ツカサを呼び戻せるかもしれない。ふふふ……ふはははは……!」
 探偵は気づかなかったが、性別の欄には男女両方に丸がついていた。

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