現実では……
升の上の黒達磨
俺の小指から火が出た。
仕事から家に帰ってきて、煙草を吸おうとした時だ。
でもそれだけだった。
これ幸いと、煙草に火をつけようとするもつかない。ティッシュペーパーや、女装の時に使うコットン、コスチュームを作って余った布地にゴムとかプラスチックなども試してみたがダメだった。
しかも熱さはなく、水でも消えず、油でも燃え盛らない。
中二くせー、と思いつつ調べていくが、わかったことは両小指から火が出て、無味無臭。
その頃になると徒労感と眠気に襲われ、俺は無駄だと思いつつも自分の部屋にカメラを仕掛けた。
それから一ヶ月、まだ俺の小指から火が出る。
仕掛けたカメラの画面には寝返りもイビキもせず、ニヤニヤしながら眠る俺の気持ち悪い姿がずっと録画され続けていた。もうこれはやめようと思う。
(さて、どうしようか?)
マスゴミに売り込もうかと考える。が、ゴミはゴミだ。当てにならない。
超能力とか研究してる大学に行ってみるかと考える。が、最終的にはゴミに行き着く。
いっそ海外の研究機関を訪ねるかと考える。が、海外に行く金はもったいない。申請も面倒で、やはりゴミに行き着きそうだ。
(どうしようもねぇな)
これが漫画やラノベなら、必ず先駆者がいて事情を聞けるだろう。
異世界召喚物には勇者の伝説が付き物なようにな。
その手の主人公って奴らは受身な情報弱者で大概『衝撃の事実』ってのを聞く。しかも、都合がいい時に都合のいい情報が聞けて、都合のいい覚醒して、都合のいい推察が当ったたり、都合のいい作戦が都合よく完遂されたりする。
まあ全部とは言わないけどな。
って言う話を俺は友達の前でし終わった。
ジャズが流れるバーの中、一際静かになったテーブルで隣に座るポニーテールでムッチリしたスタイルの女が言う。
「え? 結局、何の話?」
赤縁の眼鏡をかけ、白いブラウスと黒いタイトスカートに身を包めば、立派にエロい女教師になれる逸材だ。
「漫画の話では?」
前に座る濡烏色の髪を腰まで伸ばした女が後を追う。和服なんか着て、琴が前にあればお嬢様になれる……というか、この女は和服よく着るし、琴弾けるし、それなりのお嬢様だ。
「いや、こいつの能力の話だろ?」
斜向かいからベリーショートの中性的な顔の女が、俺の顔を指差す。パーカーにデニムという色気のない格好だ。本人はそんなの全くほしがらないが。
「とにかく、現実には先駆者なんて都合よくいないって話だよ」
俺は一年前、自身に起きた話を打ち切った。
今でも両小指から火が出るが、正直もうどうでもいい。ここで話してしまったのは、きっと酔いが回ったせいだろう。
ふと、少し離れたテーブルからこちらを窺う男五人組に気づく。その視線は俺の存在を無視し、俺の周りの三人に注がれている。
不意に思う。端から見れば、両手と前に花のように見えるだろうか?
あの五人組からは、俺は無視されてるから、んなこと思われちゃいないが。
この三人とは高校からの付き合いだが、誰かといい感じになったことなどない。
現実にはそんな話が結構存在しているが、俺とこの三人に限っては完全にない。絶対にありえない。
「所でよ」
と俺はポニーテールに向かって言った。
「なによ?」
「最近、彼女とはどうよ。オウオウしてっか?」
「あー、最近倦怠期なのよねぇ。こう燃え上がらないって言うかさぁ……」
「なんか服貸すか、それとも作ってやっか?」
「んー、遠慮しとく」
ポニーテールは男性経験のない生粋のレズだ。腐ってもおらず、男という時点で恋愛対象でも性的対象でもない。
そこで俺は話の矛先をベリーショートに向ける。
「お前は彼氏とトツトツしてんの?」
「オレんとこは熱々だぜ? 未だに挿れるたびにかわいい声で鳴くのがたまんねーよぉ」
あけすけに語るこいつは男性経験があるようでない。
いわゆる性同一性障害で心が男な訳だが……ショタコンだ。
加えてドSであり、どちらかというとタチ。特殊な器具を用いて掘りたてるのが好きで、ご褒美に掘らせるのも好き、というこの中でも郡を抜く変態だ。
俺は割と童顔だが、こいつのストライクゾーン入ってはいない。入りたくもない。
そこへ残った変態から声がかかる。
「そういう下品な話はよしてくださらない? お酒がまずくなりますわ」
その濡烏色に、俺は言う。
「そういや、この前の見合いはどうだったよ?」
「私的にはいい人でしたが、でも綾香を許せるほどではなかったですわね」
綾香、という名前はこいつの名前だが、まるで別人のような言い方だ。実際、別人のようなもんだ。
こいつは倒錯的なナルシストだ。「私」は意思を、「綾香」は肉体を指している。
俺は学生時代、こいつが一人教室で手鏡を見つめながら『綾香、何てあなたは美しいの』とか『綾香の美に勝るものなんているはずがないわ』とか『綾香は誰かの好きになんて絶対させない』とか『大丈夫、綾香は私が守ってあげる』とか延々と呟いてるのを見たことがある。
ぶっちゃけ引いたが、よくゲシュタルト崩壊を起こさんもんだと今では感心している。
もちろん男性経験などあるはずもなく、ついでに言えば「私」を「綾香」で慰めたこともないらしい。
よってこの三人と、女装好きの俺がどうこうなることはない。
現実ではなんで起きないんだ、と不満に思うこともある。しかし、現実ではなくてよかった、と安心することも多々ある。
俺は戯れに、小指から火を出しながらそう思った。
っていう話を会社の後輩にした。
「先輩、それ夢ですか?」
「あったりーん☆」
仕事から家に帰ってきて、煙草を吸おうとした時だ。
でもそれだけだった。
これ幸いと、煙草に火をつけようとするもつかない。ティッシュペーパーや、女装の時に使うコットン、コスチュームを作って余った布地にゴムとかプラスチックなども試してみたがダメだった。
しかも熱さはなく、水でも消えず、油でも燃え盛らない。
中二くせー、と思いつつ調べていくが、わかったことは両小指から火が出て、無味無臭。
その頃になると徒労感と眠気に襲われ、俺は無駄だと思いつつも自分の部屋にカメラを仕掛けた。
それから一ヶ月、まだ俺の小指から火が出る。
仕掛けたカメラの画面には寝返りもイビキもせず、ニヤニヤしながら眠る俺の気持ち悪い姿がずっと録画され続けていた。もうこれはやめようと思う。
(さて、どうしようか?)
マスゴミに売り込もうかと考える。が、ゴミはゴミだ。当てにならない。
超能力とか研究してる大学に行ってみるかと考える。が、最終的にはゴミに行き着く。
いっそ海外の研究機関を訪ねるかと考える。が、海外に行く金はもったいない。申請も面倒で、やはりゴミに行き着きそうだ。
(どうしようもねぇな)
これが漫画やラノベなら、必ず先駆者がいて事情を聞けるだろう。
異世界召喚物には勇者の伝説が付き物なようにな。
その手の主人公って奴らは受身な情報弱者で大概『衝撃の事実』ってのを聞く。しかも、都合がいい時に都合のいい情報が聞けて、都合のいい覚醒して、都合のいい推察が当ったたり、都合のいい作戦が都合よく完遂されたりする。
まあ全部とは言わないけどな。
って言う話を俺は友達の前でし終わった。
ジャズが流れるバーの中、一際静かになったテーブルで隣に座るポニーテールでムッチリしたスタイルの女が言う。
「え? 結局、何の話?」
赤縁の眼鏡をかけ、白いブラウスと黒いタイトスカートに身を包めば、立派にエロい女教師になれる逸材だ。
「漫画の話では?」
前に座る濡烏色の髪を腰まで伸ばした女が後を追う。和服なんか着て、琴が前にあればお嬢様になれる……というか、この女は和服よく着るし、琴弾けるし、それなりのお嬢様だ。
「いや、こいつの能力の話だろ?」
斜向かいからベリーショートの中性的な顔の女が、俺の顔を指差す。パーカーにデニムという色気のない格好だ。本人はそんなの全くほしがらないが。
「とにかく、現実には先駆者なんて都合よくいないって話だよ」
俺は一年前、自身に起きた話を打ち切った。
今でも両小指から火が出るが、正直もうどうでもいい。ここで話してしまったのは、きっと酔いが回ったせいだろう。
ふと、少し離れたテーブルからこちらを窺う男五人組に気づく。その視線は俺の存在を無視し、俺の周りの三人に注がれている。
不意に思う。端から見れば、両手と前に花のように見えるだろうか?
あの五人組からは、俺は無視されてるから、んなこと思われちゃいないが。
この三人とは高校からの付き合いだが、誰かといい感じになったことなどない。
現実にはそんな話が結構存在しているが、俺とこの三人に限っては完全にない。絶対にありえない。
「所でよ」
と俺はポニーテールに向かって言った。
「なによ?」
「最近、彼女とはどうよ。オウオウしてっか?」
「あー、最近倦怠期なのよねぇ。こう燃え上がらないって言うかさぁ……」
「なんか服貸すか、それとも作ってやっか?」
「んー、遠慮しとく」
ポニーテールは男性経験のない生粋のレズだ。腐ってもおらず、男という時点で恋愛対象でも性的対象でもない。
そこで俺は話の矛先をベリーショートに向ける。
「お前は彼氏とトツトツしてんの?」
「オレんとこは熱々だぜ? 未だに挿れるたびにかわいい声で鳴くのがたまんねーよぉ」
あけすけに語るこいつは男性経験があるようでない。
いわゆる性同一性障害で心が男な訳だが……ショタコンだ。
加えてドSであり、どちらかというとタチ。特殊な器具を用いて掘りたてるのが好きで、ご褒美に掘らせるのも好き、というこの中でも郡を抜く変態だ。
俺は割と童顔だが、こいつのストライクゾーン入ってはいない。入りたくもない。
そこへ残った変態から声がかかる。
「そういう下品な話はよしてくださらない? お酒がまずくなりますわ」
その濡烏色に、俺は言う。
「そういや、この前の見合いはどうだったよ?」
「私的にはいい人でしたが、でも綾香を許せるほどではなかったですわね」
綾香、という名前はこいつの名前だが、まるで別人のような言い方だ。実際、別人のようなもんだ。
こいつは倒錯的なナルシストだ。「私」は意思を、「綾香」は肉体を指している。
俺は学生時代、こいつが一人教室で手鏡を見つめながら『綾香、何てあなたは美しいの』とか『綾香の美に勝るものなんているはずがないわ』とか『綾香は誰かの好きになんて絶対させない』とか『大丈夫、綾香は私が守ってあげる』とか延々と呟いてるのを見たことがある。
ぶっちゃけ引いたが、よくゲシュタルト崩壊を起こさんもんだと今では感心している。
もちろん男性経験などあるはずもなく、ついでに言えば「私」を「綾香」で慰めたこともないらしい。
よってこの三人と、女装好きの俺がどうこうなることはない。
現実ではなんで起きないんだ、と不満に思うこともある。しかし、現実ではなくてよかった、と安心することも多々ある。
俺は戯れに、小指から火を出しながらそう思った。
っていう話を会社の後輩にした。
「先輩、それ夢ですか?」
「あったりーん☆」
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