勇者未遂〜虹色妖精と不滅の魔王〜

鰐屋雛菊

 石畳のゆく先が立ちのぼる陽炎の彼方に消える。その陽ざしに熱せられたがごとく、少年の声も高くなる。旅人が好む防塵マントを肩にはね上げて、世慣れぬがゆえの怖いもの知らずさなればこそ、大股に歩く足どりはしなやかだった。顔立ちは地味である。没個性である。彼と初対面の十人中十人が、翌日にはその顔を忘れているだろう。
「だいたい千年後の子孫なんて赤の他人だよ。いや、それ以前に、ぼくが子孫だっていう確かな証拠がない」
 と、少年の左肩から、きらきらと何かが飛び立った。虹色の残像を引いて自在に空を飛ぶその生き物の、やはり五色のつやを帯びた白銀の髪が少年の鼻先をくすぐる。
「本ッ当に往生際が悪いのね、勇者様のくせに」
「勇者なんて呼ぶな」
「どうして? いいじゃない『勇者様』。ニンゲンの男の子ってこういうの好きなんでしょ」
「ぼくは好きじゃないね。ぼくという個人と個性を無視して、十把一絡げにしないでくれ」
「やだー根拠のないボクハトクベツナンダ発言来たー」
 少年は手のひらサイズの美少女へ、それは違うと人差し指を突きつけた。
「僕はむしろ平凡であることを主張してるんだ。勇者とか英雄って成しとげた偉業への尊称だろ。僕は生まれて十五年この方、とうさんかあさんの手伝いをして弟妹達の面倒をみて来ただけさ。勇者なんて呼ばれる筋合いないよ」
 彼は魔王を封じた伝説の勇者の子孫らしいが、その証拠はなく濡れ衣もとい人違いを主張した。ところが世に名高き風と百花の王たる妖精王に指名されてしまったのだ。
「でもお兄様がおっしゃるには、あなたの潜在的英雄力は常人の数十倍で、素質じゅうぶんだそうよ。それに――」
 潜在的英雄力? 何せ妖精王とはあちらの世界の御方であるからして、理屈も常識も違うのだろう。またかの王も一方的に無理難題を押しつけたりはしなかった。あらたな英雄が使命を全うするためには助力を惜しまぬと誓い、その証しとしてたった一人の妹姫を遣わしたのだ。
「――もう着いちゃった。ほら、あの森で聖剣クーゲルシュライヴァーが主を待っているわ」
 小高い丘から刷きおろされる白い小径が、若やいだ陽光のもと黒々とうずくまる森へと吸いこまれてゆく。早い話、封じた魔王の復活は誰かが阻止せねばならない。少年はその白羽の矢をよけ損ねたのである。

 太々しい幹が蹶然と天を目指し負けじと生い茂る下生えは鬱然としている。そんな森も外から見るよりずっと明るい。点々と降りそそぐ木漏れ日はそれこそ妖精の足跡だ。
「というわけで、勇者ゆかりの伝説の武具は各種族の王が保管してたんだけど、ニンゲンって寿命は短いし戦争好きだしで、聖剣を預かった王家が滅んじゃってねえ」
「……なんか、気が滅入るから説明はもういいや。とにかくその聖剣を手に入れればいいんだろ」
「そうはさせなくってよ」
 二人の行く手に忽然と現れ出でたる影は黒いベールで全身をおおい、半ば森の暗がりに溶け込んでいる。
「なあ、あれって敵なのか」
「きっと美魔女姉妹のどっちかだわ。気をつけて勇者。あいつらは男を魅了して、下僕にしてしまうのよ」
「えーでも美魔女はちょっと……そりゃ年上も悪くないけど、さすがに守備範囲外だなあ」
「はあ? 守備範囲? 何の話しよ!」
「だから美魔女だろ。だいじょぶだいじょぶ」
「ふん。愚か者め、ひれ伏すがいいわ!」
 言いざま美魔女姉妹のどっちかはベールを高々と放り投げた。中から現れたのは緑の瞳がくりくりと、揺れる薄桃色のツインテールも愛らしい推定年齢十四才の美少女であった。予想に反して少年とはちょうど良いお年頃だ!
「ずっきゅーん!」
「ちょっ、あんた口ほどにもないわね!」
「あーはっは! さあ、ひざまずいて靴をお舐め!」
 一度ときめいたが最後、少年は意思のない木偶人形と化した。妖精が懸命に髪を引っぱるも止められるわけがない。ところが何と、美魔女姉妹のどっちかが投げすてたベールがうまい具合に落ちて来て、少年の頭にかぶさった。
 はっと我に返る。しかしふたたびツインテール美少女を見てしまえば元の木阿弥だろう、だって超好みなのだ。
 瞬時にそう判断した少年は布をかぶったまま銅の剣を引き抜いて打ちかかった。しかし逆にガツンと一撃食らい、ちらつく星が薄れるとともに世界は暗転した。

「しっかりして! だいじょうぶ、ねえってば!」
 やけに反響する声に、少年はうっすらと目を開ける。鼻先に虹色のつやを帯びた、白銀の綿菓子のようなものがとまっている。手のひらサイズの人型、背には透きとおった翅――妖精王の妹姫だ。思い出すと同時、激しい頭痛におそわれた。手にさわるぬるりとした感触は赤い。
「いてて。ぼく、気を失ってた?」
「ほんのちょっとね。よかったわ、気がついて」
 妖精姫が動くなと制してその小さな手を傷口にかざすと、痛みがうそのように引いてゆく。人心地ついた少年はぐるり辺りを見まわした。森の中にいたはずが地面、壁、天井と岩に囲まれている。どこかの洞窟らしい。奥には大ぶりの壺が一口、壁面を削り出して造った台座の上に鎮座していた。その手前に毛むくじゃらの干物が転がっている。
「……ま、まさかあれが、美魔女の正体か?」
「美魔女って、なに言ってるの。あれはただの猿……」
 妖精姫の顔色がさっと青ざめた。
「記憶が、もどった?」
「え……ええと、ここってどこかな」
「覚えてないの?」
「さっぱり」
「うそー、ばかー、信じられない! もとにもどれー!」
 いきなり少年の頭にのると、妖精姫は泣きながらぽかぽかと殴った。驚くなかれ、何とあれから一年が経っていた。その間に伝説の武具をすべて集め、ようやく今日二人は魔王を滅ぼすため封印の地へやって来たのだという。
「でも魔王って不滅なんじゃなかったっけ」
「だから記憶もどせって言ってるのよ」
 今現在こそ記憶が戻った状態なのだが、手のひらの上で水たまりができそうなほど泣いている姫を見ると何も言い返せない。この一年で彼は驚くべき成長を遂げた。剣の腕前は武闘大会で優勝するほど、初級レベルながら魔法もいくつか使える。そして何より様々な知識と経験を得て、とうとう不滅の魔王を覆滅する方法を見つけたのだった。
「……それって、どんな?」
「知らないわよ、ばか! 思い出してよう!」
 少年も泣きたくなった。しかしこれは事故だ。少年だって記憶を失いたくて失ったわけではないし、その記憶がこのタイミングで戻ったのも彼の意志ではない。そもそもの原因は美魔女姉妹のどっちかと聖剣の魔力で干物となった猿だ。
「あの猿、何でこんな所にいたんだ」
「どうでもいいわ、そんなの」
 妖精姫はもう美少女が台無しな泣きっぷりである。ずっと気丈にふるまって来たがもとはやはり姫君、本音はこんな生活まっぴらだった。ところがその泣き声以外は無音の封印の間に、ぴちゃんと水のはねる音があがった。姫の涙がしたたり落ちたにしては大きすぎる音だ。
 聖剣クーゲルシュライヴァーは生命エネルギーを全身に巡らせる回路を断つ。ゆえにその刃にかかった者は干物さながら干からびてしまう。不滅の魔王も聖剣の力で活動を停止させたうえ魔法によって封印されている。謂わばここは水濡厳禁の場所だった。恐怖にちぢみ上がる二人を嘲笑うように、今度はたっぷりとした水をかきまぜるような音、続いて不気味な声がした。
「うぃ~、ひっく。お、おぢょうさん、何を泣いてるのかな。このまおーめにはラヒてハラホレ~げへへべぼごぼ」
 聖なる壺の封印はすでに解かれていた。蓋は消失し大きな口がぽっかり開いている。のぞき込んでみると暗い液体が半ばまで満ちており、甘酸っぱい芳香を放つその深淵で酔いしれる黄金の蛇は、至極満足そうであった。

 その後お手柄の猿を讃えて祠が建てられた。供物にサルナシが絶えぬよう言い伝えられている。なお勇者未遂の少年は滋養強壮に高い効果のある薬酒「不滅魔王」を売り出して財を成したという。めでたしめでたし。

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