親子探偵と海底都市

D・J・コビー

【前回までのあらすじ】
 少年労働法の見なおしで年次有給休暇の最低日数が引きあげられたため、ジュニアは神宮寺とはなれ、友人たちと海へと旅行に出かけました。泳いで遊ぶのはもちろん、バナナボオトにのったり、美少年ぞろいですから地元の女子の話題をさらったり、旬の魚介に舌づつみをうったりして、ぼくたちの夏はこれからだ! と発奮(はっぷん)していたところが、これも探偵の宿命(さだめ)でありましょうか、事件のほうがかれをそっとしておいてはくれません。海からウンカのようにおしよせたタコが、平和な港町を荒らしまくったのです。みんな休暇できていますから、まるごしです。少年刑事のジローくんがあわやその毒吸ばんにかけられるところを救ったのは、ウーティス博士の助手をつとめるもの静かな少年、織田晴哉(おだせいや)くんでした。さらに手ぎわよく殲滅(せんめつ)したものですから、鮮度ばつぐんの状態で、一同たいへんおいしくいただくことができたのです。このようすはおたふく風邪で欠席している少年記者の岡田捨己(おかだすてお)くんに送られ、天下の帝都新聞にのる予定です。しかしそうしてスッカリ安心していたところに、ふたたびタコどもが殺到(さっとう)したのですからおどろきを禁じえません。すぐに対処できたものの、根本原因を断たねばいたちごっこです。調査の結果、この地方にはタコ壺漁というかわった漁法があることがわかりました。壺を海底にしずめると、習性によってタコが集まりますから、それをそっくり引きあげてしまうのです。ひとつ借りてジローくんが検分してみましたところ、結晶のような模様のついた壺で、とくしゅな電波がはっせられていることがわかりました。これがタコどもを狂わせていたに相違ありません。いちいち引っぱりあげたのではおっつきませんから、手っとり早く織田くんを現場に向かわせましたが、しゅびよくぜんぶ破壊したとの報告を最後に、通信がふっつりと切れてしまったのでした。

『織田くん捜索隊(そうさくたい)』
 水平線をキラキラさせながら、太陽がしずんでいきます。とってもすばらしい光景なのですが、大事な友達が欠けてしまっているのでおもしろくもありません。おきざりになった船で探しに行こうにも、小学生ですから船舶(せんぱく)免許をもっていません。大人に操舵(そうだ)をたのもうにも、みんな避難させてしまったので、町には猫の子一匹いません。ジュニアは、これはかんぜんにぼくの手落ちだと、なさけない顔で浜辺にうらぶれているのでした。
 いっぽう、手もちぶさたに、おしだまったまま、誰もいない港をテクついていたジローくんは、おりよく沖から戻る船を見つけました。事情を話してみますと、帰ったばかりのその船乗りは、船を出すことをこころよく引きうけてくれました。彼は名をスティーヴといい、よく日焼けして、細身ですがしなやかな筋肉をもった、健康的な海の男です。じまんの船も、小さいけれど、とても速くてじょうぶなのだそうです。
 船には救命胴衣(きゅうめいどうい)がなかったため、少年ふたりはうきわを腰にぶらさげることになりました。こうして見ると、やはりやんちゃな小学生です。かれらは顔を見合わせて、肩をすくめました。

 もうすっかり夜です。船のライトは心細く、遠くなった岬から、定期的に、灯台のうすい光が一条さしてくるほかは、たよりは月明かりだけで、まるで海ぼうずでもでてきそうなふぜいです。
 スティーヴの話では、ここいらでは以前から、ウミガメが網をやぶってまわったり、クジラがぬっと頭をだしてこちらをながめているようだったりと、へんてこなできごとが頻発(ひんぱつ)していたそうです。ジローくんは、そんな大きな壺ってあるものなのかしらん、などとふしぎがっていますが、われらが少年探偵は一味ちがいます。原因はほんとうに、壺でよかったのだろうか? と、自ら立てた仮説をうたがいだしたのです。りっぱな姿勢です。

 風のない海は、表面張力(ひょうめんちょうりょく)で、石油のようにとろりとしています。そんなぶきみにおだやかな水面を、ぼうっと眺めていたジローくんは、おもしろそうなものを見つけました。緑色とも、黄色ともつかぬ、あざやかな光が、ぐるぐると動きまわっているようすです。発光器をもつ珍しい魚かもしれませんから、ジュニアも呼んでやりました。しかしそれを見たジュニアはいきなりふきだすのですから、ジローくんは向かっ腹です。
「すまん、すまん。きみは元気づけるつもりで、呼んでくれたのだろう。いい友をもてて、ぼくは幸せだな」
「ふん、そんなつもりは毛ほどもなかったがね。それよりきみは、なんだってばかみたいに笑ったりしたのだい」
 そういってジローくんは顔を赤らめました。ジュニアはといいますと、キリリとした顔つきに、すっかりもどっていました。こういう現金なところもまた、かれの魅力です。
「発光する魚の光は、もっと青みがかっているものだ。これはさだめし、蛍光塗料であろう」
 そのせつな水中から、黒いかたまりがしぶきとともにとび出してきました。
「やはり織田くんだ。きみがぶじで、ほんとうにうれしいよ。だからいまは、連絡をおこたったことは、不問にしておくからね」
 と両腕をさしだして待つジュニアの瞳には大粒の涙が浮かんでいるのに、向こうは微動(びどう)もしません。もう一度呼びかけますと、織田くんらしき影は空中に静止したまま、強れつなパンチをよこすものですから、もろにくらったジュニアは、くらい海へとまさかさまに落ちていきました。うきわから足だけがぽつねんと、Vの字につき立ったかっこうです。いかにもこっけいですが、これでは呼吸ができませんから、笑っているばあいではありません。
「公立探偵に危害を加えるなんて、国家反逆罪ものだぞ!」
 ジローくんはぷりぷり怒って、さけびました。しかしその返えにも、やはりパンチがとんできました。これは当たりこそしませんでしたが、ジローくんの頬に、赤いすじをつくりました。
「なんでえ今のどぎつい音は。大砲か、ああん、オラの大事な爆釣丸(ばくちょうまる)に、大砲うちやがったか」
 驚いたスティーヴが、甲板に出てきたのです。ジローくんは、ゆっくり空を指さしました。見ると満月の中に、ゆたかな髪をなびかせた流線型の人影が、ピタリはりついているではありませんか。逆光ですから、表情はわかりません。ただ少女のようにぱっちりとしつらえられた双眸(そうぼう)が、つめたい光を放っているばかりです。
「かわいい女の子がお空に浮いてやがらあ。飲みすぎたかな」
 ジローくんはライトを向け、警告(けいこく)しました。
「気をつけなさい! あいつには、女も、男もありません。さるお方によって作られた、心をもたぬ電人(ロボット)なのです」
「そっただことよりあの子、膝を怪我してるでねえか。かわいそうだな」
 などとスティーヴはのんきなものですが、たしかに膝には、傷をしたのか、かさぶたがびっしりおおっています。
「電人には自己修復機能がありますから、平気です。あれは修復剤が、結晶ようのかさぶたになっているのでしょう」
「なにいってけつかる、ぜんぜんかさぶたなんかではねえぞ。あれは生物の殻(から)だ。生物が傷口に、群生(ぐんせい)しとるだよ!」
 いっしゅんスティーヴの横顔が、都会的に洗練された、ダンディに見えました。方言が、うそくさいからでしょうか。ジローくんは、この横顔も、膝の結晶も、どこかで見たおぼえがありました。でも、ここまででした。彼もじんじょうの少年ではありませんが、ジュニアとくらべると、どうしてもかくが落ちますから、これ以上の推理はもともと期待うすです。ひっきょういまは天才少年を助けることが、最優先なのです。あゝ、こんなとき神宮寺又一郎がいてくれたなら、人魚のごときのし泳ぎで、またたく間に愛する息子を救いだしてくれたでしょうに! 不本意ながら、いまたよれるのはジローくんだけなのです。

 おそるべき大ピンチです。織田くんはどうしてしまったのか、膝の生物とはなんなのか、スティーヴはなに者なのか、まるで船盛りのような盛りのいい謎に、思わず垂涎(すいぜん)してしまいます。でも、枚数は非情です。ここでお別れするしかないのです。次号まではまだ間がありますから、あれこれと想像をふくらませていてくださいね。

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