思うツボ

ヤマダ

 馬鹿馬鹿しい話をひとつ。さて皆さん、人間の寿命ってどこから来てるかご存知ですか?地獄にある命の灯の蝋燭の長さで決まるだとか産まれた時から決まっているとか言いますが、実はその通りなんですよ。いや、もちろん命の灯があるなんてアタシだっていいません。実はね、心の臓が打つ回数ってのは生まれた時から決まってるんですよ。ネズミだって象だって、哺乳類ならどんな形でも同じで平均して大体20億回程度だそうで。驚きでしょう?
 ならどうして寿命の長さが違うのか。これは体の大きさに関係してまいります。心臓ってのは体中の細胞に酸素や栄養を送り込んだり、逆に不要になった二酸化炭素なんかを外に出すために血液を循環させるポンプの役割をしています。なんで、体の小さいものは急いで血を回さなければならないんで脈も速く寿命も短い。逆に大きな生き物は血を巡らすのもゆっくりで間に合うから長生きなんですね。

 よく小心者のことを蚤の心臓なんていいますがね、ある所にまさにその蚤の心臓を体現したような男がおりまして。滅法気弱で甲斐性無しの優男なんだが、ただこの旦那、とんだ博打狂いでね。度胸をつけさせようと仲間に誘われ足を踏み入れた賭場で一度大当たりして以来ずぶずぶと賭け事に嵌り、今じゃ賭場に入り浸り。勝った時分にはいいが、負けると先々の不安なんかを忘れるために浴びるように酒を飲んで暴れる始末。
 この男の女房というのが近所でも評判の髪結いで、女房の稼ぎをくすねては博打三昧の夫に賭けを止めろとも言わず愛想を尽くさない大層できた人だったそうで。
「お前さんの腕なら一人でも十分に食えるだろ?あんな賭け狂いのろくでなしなんて捨てちまえばいいじゃないか」
 髪を結いに行く先々でこう言われましても、女房殿はにこりと笑って首を振るばかり。あの人も本当は根の優しい人だから、なんて庇うもんだからありゃ嫁の鑑だなんて評判は鰻登りだったわけで。
 そんなある日、女房が一人きりで賭場を訪ねてきた。
「こりゃ珍しい客だ。アンタんとこの甲斐性無しならまだ来ちゃいねえぜ」
「いえね、今日は壺振りの兄さんに頼みがあって来たんですよ」
「俺に頼みたぁ不思議な話もあるもんだ。まあそちらの旦那にゃ世話んなってるし、ちょいと話しておくれな」
「ありがとうございます。兄さんも知っての通り、うちの旦那は大の博打好きでね。勝った時はいいんですが、負けて帰ってきた日にゃあ飲んで暴れて物は壊すはアタシのことは殴るはと、とんと始末に負えない」
「そりゃ女房の稼いだ金をくすねて遊んでんだ。勝って儲けた時にゃ大きい顔も出来るだろうが、負けたと知れて責められるのが怖くて素面じゃいれねえんだろうな」
「アタシが怒るはずなんてないのにねぇ。困った人だよ」
「いやぁ、たまげた。アンタほどの出来た女房はそうそういねぇ。うちのカカァに爪の垢煎じてやりてぇくれぇだ」
「それでね、兄さん。ここ最近、うちの人って負け続きでしょう?」
「そうさねえ。来るたんびに青い顔して震えながら丁半やってるんで、いっその事、賭けなんて辞めちまえばいいのにと思うがそう簡単に止められねぇのが博打でさぁなあ」
「ここんとこ酒の量も増えて、いっそう暴れるようになっちまってね。アタシもこのままだと殺されちまうかもしれないんですよ」
「そりゃ大変だ。で、俺に頼みってなぁ一体何なんだい?」
「兄さんの腕を見込んで、どうかうちの旦那を勝たせてやって欲しいんですよ」
 ここで壺振りもぴんときた。「思う壺」という言葉がありますが、あれは二つのサイコロを壺と呼ばれる小さなザルに入れて床に振り置き、上を向いた面の目の和を当てる丁半博打から来てるそうで。勝負の結果を握る壺振りが、熟練にもなると自分の思い通りに目を出せるようになる、それが由来だそうなんですよ。
 壺振りは女房の願いを二つ返事で引き受けた。人助けというよりも、自分の壺振りとしての技量を評価してくれた女房の期待に応えたいというのが大きかったんでしょうな。

 その晩、いつものように女房の夫が賭場へやって来た。負けが続いてるせいか青い面下げて、肌に彫物を拵えた常連たちにびくびくしちゃって見てるこっちが気の毒になるくらいの怯えよう。それでも博打が止められないんだから、きっと病気みたいなもんなんでしょうな。
「おや旦那、今日は一段と顔色が悪いね」
「そりゃそうさ。ここんとこ負け続きで酒でも飲まねぇとやってられねぇよ」
 どうも既に一杯ひっかけて来たらしく怯えながらも乱暴な口を叩く。ハナっから負ける気でいるからでしょうね、女房に何か言われても分からねぇように酔っちまおうって何とも惨めったらしい男で。
「まあ聞いとくんな。今日のお前さんはいつもと違う。ツキが回ってきたのがオレにゃあ分かる」
「なんだい?貧乏神か死神にでも憑かれてるって?」
「違う違う。まあ、賭けが終わるころにゃあ意味が分かるさ」
 意味が分からず不思議そうに考え込む男に壺振りは意味深に笑いながらサイコロを転がす。するとどういう事だろう、今まで負けっぱなしだった男の言う目が悉く当たっちまうんですよ。
「ほら、俺の言った通り今日の旦那はツイてる」
「ああ、本当に怖えくれえだ」
 喜びに打ち震える男に隠れて壺振りはにやりと笑う。それもその筈、実はこれ壺振りが男の言う目に合せて目を出してるだけという話。残念ながら壺振りには「思う壺」の腕前は無いんで、壺の底に空けた覗き穴から目を見て、こっそり針金を使ってさいころを転がし男の言う通りに目を動かしてるって訳なんです。
 今までの負けが嘘かのように勝ち続ける男に、周りも興味が出てきて集まってくる。そして、ついに最後の勝負。誰も彼もが息を飲む中、鼓動をバクバクさせながら男が賭けの宣言をするとやはり男の読みは当たり、今までの負け分はおろか一晩で大金持ちになっちまった。
「言ったでしょう、旦那。今日はツイてるって。これで今まで迷惑かけてきた嫁さんに孝行でも」
 壺振りが声を掛けた時だった。満面の笑みを浮かべたまま男はばったりと後ろに倒れこんだ。
「そりゃこんだけ儲けりゃ嬉しいわな。しっかりしな。ほら、もう今日は終いなんだから」
 ところがどんなに揺すっても声を掛けてもぴくりともしない。面白いように勝てる興奮と酒で血の気が上がっていたのも相まって、蚤の心臓の早鐘はあっという間に打ち終わっちまったと言う訳です。
 これは一大事。壺振りは女房の元へ急ぐ急ぐ。なんたって、男が死んだのは自分のせいですからね。家の戸を開けるが早く、壺振りは叫んだ。
「大変だ。俺ぁアンタの旦那殺しちまった」
 普通なら驚いて仔細を尋ねるところだが、なんとこの女房は喜びに顔を綻ばせるときた。
「兄さん、そりゃ本当かい!?」
 まるで旦那が死ぬのを知っていたような口ぶりで叫んだあと、旦那と同じように後ろに倒れこんでそのままぽっくり逝っちまった。

 実はこの女房、とっくの昔に賭け狂いの旦那に愛想を尽かしておりまして、別れるんじゃ体裁が悪いってんで死ぬのを首を長くして待っていた。勝った負けたの緊張が続けば心臓の早鐘もすぐに尽きることを知っていた女房は、旦那が博打をするのがだんだん楽しみになってきた。そんな時に思いついたのが、賭けにわざと勝たせて心の臓を止めさせることだった。そして企み通り旦那は死に、まさに「思う壺」とわけです。
 ただ一つ読み違えたのは、女房自身も賭け狂いになってたってことでして。今日死ぬか、明日死ぬかと毎日こっそり胸高鳴らせてるうちに、こっちの心臓も打ち数が早くなってきてたのに気付けなかったんですな。兎にも角にも嵌るツボには気をつけなけりゃいけねえってことです。
 それでは、お後がよろしいようで。


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