陶芸家、坪ノ内の日常。

ミチミチル

 作務衣に白い口ひげを蓄えた壮齢の男が真剣な眼差しでろくろを見つめていた。皺の刻まれた顔が作り出す厳正なる表情は、まさに抜身の刀さながらにギラついていた。男はろくろのスイッチをおさんとす。
「坪ノ内先生お疲れ様です!」
 ひときわ大きな声が男の手を遮った。弟子であった。まだ若い男で、陶芸家の弟子だというのに壺も作らずもっぱら小奇麗なスーツを着て過ごしていた。その両手にはダンボールが抱えられていた。
「すみません、陶芸の邪魔でしたか」
「いや、構わんよ。むしろ助かったくらいだ」
 坪ノ内は、ろくろの前を退く。かつては世を代表する壺陶芸家として名を馳せた坪ノ内であったが、近年はいわゆるスランプ状態であった。頭のなかに、さっぱりとアイデアが浮かばぬ。
「坪ノ内先生。また鑑定の依頼がきています」
「またかね。今度は一体何だ?」
「皿です」
「だから私の専門は壺だと言っているだろう」
「しかし、このような依頼が山ほど来ておりますので」
「あの番組のせいか」
「あの番組のせいです」
 男は以前、視聴者が持ち込んだ依頼品を鑑定する番組に出たことがあった。スランプから脱するための刺激欲しさであった。しかし坪ノ内は調子に乗りやすい男であった。様々な依頼品を専門でもないのに鑑定しているうちに、世を代表する鑑定士などという肩書がひとり歩きした。
 弟子は封筒の山の中から一通取り出し、開いた。
「どうやら、遺品の皿を鑑定してほしいそうです」
「取っておいてあげたまえよ」
「そうはいっても依頼なので……もう古臭くて使えないとの苦情付きです」
「悲しすぎるだろう……却下だよ……」
 坪ノ内はため息をついた。
 弟子が次の封筒を読み上げる。
「えーと、『このねこはどれくらいのおかねがあればかえますか?』小学生からの手紙ですよ。便箋が可愛いですね」
「いったい私をどこで知ったのかね」
「渋い趣味ですね」
「将来が楽しみではある。却下だ」
 それから、弟子が読み上げる依頼を断り続ける坪ノ内であった。壺の鑑定依頼は一つとして来ぬ。坪ノ内は涙をのんだ。
 弟子が突然声を荒らげた。
「先生!」
「なんだね」
「とうとう来ました! ツボの依頼ですよ!」
 弟子は目を輝かせた。坪ノ内も目を輝かせた。
「読んでくれたまえ」
 坪ノ内は口ひげを撫でた。
「『坪ノ内先生へ。陶芸家というお仕事をされているとのことで、こうして文章にしたためてみた所存でございます。さて、陶芸家というお仕事は、さぞかし体をお使いになるのだろうと思いますが、私が監修した、誰でも簡単に疲労が取れるトレーニングの本〜だれトレ〜をお買い上げいただければ健康を手にするばかりかまた再び革命的な壺をお作りになることが』」
「弟子よ」
「はい」
「多分、違う」
「はい?」
 坪ノ内は弟子から封筒をひったくった。写真が同封されていた。本の写真だった。
「ツボ違い」
「ツボ違い。そんな」
「分かるだろう! 本の写真が入ってる時点でこれは違うツボかなぁって分かるだろう! ほらやっぱり表紙に『これであなたもツボマスター』って書いてる! 書いちゃってるよ!」
「ですが、これで先生も革命的な壺をお作りに」
「なってないよね。私そんな壺をお作りになってないよね。むしろ正統派として評価されてるからね。キミ本当に私の弟子かね?」
「はい。先週から」
「そんな最近だったか……番組も収録前じゃないか……」
「すみません」
 弟子が頭をさげた。坪ノ内はバツが悪くなった。
「まあ、構わんよ」
「ありがとうございます」
 弟子がまた手紙をあさった。
「先生!」
「なんだね」
「今度こそちゃんとした壺の依頼ですよ!」
「なに、本当か!」
 坪ノ内は皺だらけの顔をさらにしわくちゃにした。
「『坪ノ内さま。貴殿の壺を何度か拝見させていただく機会がございまして、このように筆を執った次第であります。ぜひとも私めの壺を鑑定して欲しいのです』」
「おお!」
 坪ノ内は歓喜に打ち震えた。ようやく己の望まんとする依頼が現れた。
「『こちらが私めが作った壺でございます。ぜひとも一度肉眼にてご覧いただきたいと存じますので、直接お送りすることも可能です。しかし、遺憾ながらも送料もろもろが発生してしまうので、明日までにこちらへ振り込んでください。振込口座番号はこちらです』」
「弟子よ」
「やりましたね先生! これで鑑定の仕事ができます! まだありますよ『買い取っていただけた暁には、更に高額な壺も用意してございます。ぜひお待ちしております』これは行くしかないでしょう!」
「弟子よ」
「はい」
「違う。これ違う」
「は?」
「詐欺」
「そんなまさか!」
 弟子は手紙と坪ノ内の顔を交互に見比べた。坪ノ内が手紙をひったくる。印刷された文字が並んでいた。「坪ノ内」という部分だけフォントが違っていた。坪ノ内はパソコンのことはてんで分からぬ。しかしこの手紙があからさまな手抜きであることだけは分かる。坪ノ内は世を代表する鑑定士であった。
「全然気づきませんでした」
「気づくだろうに! 罫線からはみ出して印刷してあれば、なんだこれちょっと雑だなぁ、くらいは気づくだろうに!」
「いえ、私はパソコンには疎くて」
 弟子もまたパソコンのことはてんで分からぬ男であった。
「どうやって仕事の連絡取ってるの」
「すべて電話と手紙でなんとか」
「古風だね」
「ありがとうございます」
 坪ノ内は頭を抱えた。
「あ、これが最後の一通です」
「もう期待はせんよ」
「すごいですよ! あの大先生です!」
「なに! 北山先生かね! それとも東明寺先生か!」
「いえ、東村先生です!」
 坪ノ内は眉根を潜めた。てんで聞き覚えがない。しかし弟子の顔はまるで仏に相まみえたかのように輝いている。
「ご存知ないと! 無名のアイドルを一夜にして大スターにした方ですよ! 坪ノ内先生にもアイドルのプロデュースをして欲しいそうです! これは受けるべきですよ!」
「……ええい、もう、なんでもいい!」
 坪ノ内はありとあらゆる依頼をうけた。世を代表する鑑定士であった。
 前代未聞の陶芸家がプロデュースした次世代アイドル「TGK48」はとてつもない人気を勝ち取り、スターへの道をまたたくまに駆けあがった。
 坪ノ内は陶芸の仕事に戻った。弟子は東村先生のもとで技術を学ぶのだと言い残して消えた。信ずるべき物は己の中にこそ存在するのだと深く思い知った坪ノ内であった。

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