へたれ転職記 〜鎮魂歌編〜

 おれは自らの責任において(そんなものがまだ残っていたことに驚きだが)語らねばならない。
 これは社会を構成するための必要悪であるのか。
 滅せられなければならない、しかし人類の存在意義を問われる根源悪であるのか。
 おれはその答えを、たとえ一端であったとしてもその解を、読者諸兄に問おうと思う。
 その行為は一年を通じて行われるようなことではない。
 四月の中頃、数日間に集中しての『作業』である。
 さて、本題に入る前に二千十四年のある事件を思い出していただきたい。
 その年は重大事件が続いたから、もしかしたら記憶の奥の方に小さく畳んで捨て置かれているかもしれない。
 しれないがなんとか引っ張り出して、これこの場に開陳していただきたい。
 それは『ベネッセ顧客情報流出事件』である。
 センセーショナルであったから、憶えている諸兄も多いことと思う。
 さてこの顧客情報を、企業がどれほど欲しているのか?
 今回の『へた転』を読めば理解の足しにはなるのではなかろうか。
 そしてパーソナル情報の管理を、今以上にしっかりしなければと心掛けることだろう。
 社会には善人ばかりではないのだから。

 教材の営業会社にとって、営業範囲内にある学童の情報は、必要という生易しいものではなく、無ければ会社が成り立たないというレベルのものである。
 しかしながら、毎年、二千十四年のように良質なデータが大量に出回るわけではなく、その大半はコピーにコピーを重ねた劣化資料である。
 まずはその粗悪な名簿を業者から買うところから年度が始まるのだ。
 ここまで読んだだけでも、ベネッセから流出した情報は、さぞや高値で取り引きされたのであろうことが察せられるというものである。
 閑話休題(それはさておき)話を戻そう。
 業者から仕入れた名簿は、先ほども書いたように、かなり劣悪なものである。
 それでも買わねばならない理由も先に書いた。
 どう劣悪であるかというと、まず三分の一ほどが読めないくらいに文字が潰れている。
 それを幾度となく修正したためなのか、間違った情報が紛れている。
 つまりはそのままではまるで使い物にならない代物なのだ。
 ではどうするか?
 ここで先ほどの『四月の数日間』が登場する。
 営業社員が掻き集められ、この日ばかりは商品を売らずに電話をかけまくるのである。
「◯◯急便ですが〜」で始まる定型文を、全員が一斉に喋り始める光景は、まさに異様であり、子を持つ親が見たら卒倒するのではなかろうかと容易に推察される。
 今でこそ、連絡網などというものが廃止の流れであるが、おれがその会社に所属していた当時には、まだまだクラスの連絡の要であった。
 子供を学校に通わせた経験のある者は、その学校から注意喚起された覚えがあるのではなかろうか? 宅配業者を名乗る電話に気をつけるようにと。
 配達先の住所を紛失してしまった。◯◯小学校一年◯組の誰か宛であることは分かっている。
 わかる範囲で構わないから、同じクラスの生徒の連絡先を教えてもらいたい。
 概ねそんな内容のことを言われる。
 ここで読者諸兄は、そんな怪しい電話にまともな対応をするものがいるのか、いやいるわけがないだろう。
 そう思うのではなかろうか。
 学校側からも厳重に注意せれていることだし、本来であればその通りであるのだが、数撃てば中にはまともに受け応えしてしまう輩も出てくるのである。
 普通に考えたら、絶対にひっかかるはずのないオレオレ詐欺の被害者が、未だに減らないどころか、むしろ増え続けている事実を考えれば想像しやすいであろう。
 「人は悪意ではなく善意によって通報者になるのだ」とは某映画の台詞であるが、まさに人の善意につけ込む悪魔の諸行である。
 さて、ここで補完された顧客情報は一年間大事に保管され、事あるごとに営業の対象とされるのである。
 賢明な諸兄は騙されることはないであろうが、他人の流した(善意故に)情報によって、危機に晒されるかもしれないということにも留意しなければならないだろう。

 ところで余談ではあるが、この手の悪徳業者が、必ずしも百パーセントの悪徳というわけではないという部分にも触れておきたい。
 電話でアポイントをとるにせよ、飛び込みにせよ、直接顧客のもとに行って商品を売るスタイルをとる会社には、大きく分けて二つの種類がある。
 ひとつは正真正銘、騙して高利を貪る詐欺会社である。
 これは当然断罪されるべき対象だ。
 いまひとつは類似商品と、その性能において格段に勝ってはいるものの、テレビCMや、店頭の販促などでは差異が伝わりにくい商品を扱っている会社である。
 大手との宣伝合戦では部が悪いが、ちゃんと説明すれば明らかに良いものであると分かってもらえる。
 少なくとも社員はそう信じている。信じさせるだけの説得力を持った商品が売りの会社だ。
 さてそんな商品を売り込むためには何が必要か?
 それはそれぞれの顧客に柔軟に対応できる、生きた人間の言葉である。
 そのためそういった会社は広告宣伝費を一切かけず、代わりに営業社員の歩合にのせるだ。
 当然売れれば給料が格段に跳ね上がる社員は、かなり強引な売り込み方をすることとなる。
 決して褒められた行為ではない。
 犯罪といっても過言ではない手段も、かなりの頻度で使ってくるだろう。
 しかしその良し悪しを見分ける目を持つ消費者であるならば、店頭には決して列ばない、大手にはそのしがらみによって作ることのできない商品を手にできるかもしれない。
 インターネットが一般に普及してから二十年ほど経った現代。
 さらに複雑且つ巧妙な販促活動に、ただ知らなかったでは済まされない、消費者の意識向上が急務なのではないだろうか。




            了

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