おれは戦士

藤山犬吾

 頬をぴたぴた叩かれて、目をさます。朝……まだ夜のほうがよほど近いような、あわい光に照らされて、ムラオサがひどく急いだ様子で、おれを起こす。夢に片足をつっこんだ、曖昧な頭痛を、無理やりひき抜いて、詰問してやる。
「どういうつもりかね。こんなに早く起こされたんじゃ、昨日は大臣にすっかりつき合わされちゃって、あのウワバミと飲んで、ただで済むはずがないじゃないか」
 それでも「早めに起こして欲しいと、昨晩ご主人さまがおっしゃいました」などとあくまで事務的な調子。気に入らない。確かにそんなことを頼んだ覚えもなくはないが、少しは斟酌してほしい。いくら無機物だって無神経すぎるよ。
 瓶の水をやたらと飲んで、酔いの膜をこそげとる。腹がチャプチャプなるばかりで、かえって気持ち悪くなった。
「いいよ、もう起きたから、今日の予定を言いなよ」
 非難のつもりか、わざわざ切っ先をおれの首筋近くにむけて、メモを繰りはじめる。
「炎の洞窟で〈羽無し〉退治、夜から大臣と会食です」
「腐ってやがる。ところで早起きの理由はなんだった」
「早朝は弱火だからです」
「低血圧かい、あのでかいのが」
「確かな筋からの情報です」
「へえ」と身支度をしながら、急激にこみ上げてきた苛立ちに、ついお定まりの小言を添えてしまう。「お前はいいよ、砥石にかけてやればそれで満足なんだもの。人間は食わなければいけない。こんなやくざな商売でも、やらなきゃ食っていけない。そうして、お前らを、養っていかなきゃいけない。砥石だって、近頃は物価が上がって……」息継ぎのたび唇が麻痺する。癇癪由来の内因性神経毒。
「そのくせ身体をはるのはこっちなんだ。振り回されていればそれでいい単純労働者がなにが魔剣だい、笑わせるんじゃないよ。どのツラさげて」
 壁に立てかけておいたミカガミが、やにわに話に割り込んできた。
「身体をはるというのは、まさにぼくのことですよ。身をていして主人を守る、それが盾というものの、身上なんですからね」
「そういう話をしているんじゃないだろ、頭のかたいやつめ。おれは戦士として、家長として、責任というものをだね、生意気ぬかすんじゃないよ」
「何が生意気なものですか。ぼくたちは、ぼくたちで、意思というものをもっているんですからね。そっちがその気なら……」
「ストライキでもやるかい。やりなよ、やってみなさいよ」
 漬け物石なみの重い沈黙に、ふいに賑やかな隙間風。外で子どもたちが遊んでいるらしい。場を生ぬるい妥協が支配しかけたころ、ケルメス兄妹が踵を打ち鳴らした。
「お前は道具屋で買われたって聞いたぜ」
「なに、なんだと! 表にでるか!」
「行きたきゃ、勝手に行きな。お前の代わりなんてどこでも買えるんだ。さ、さ、ご主人、わたしたちは快適な空の旅で、どこへなりと連れて行ってさしあげますからね……」
 助け船を出すものはなく、便所に行っている間に、置き手紙をして、ミカガミはそれっきり姿を消してしまった。ちょっぴり言いすぎたのかなと、真綿でくるんだ後悔の圧迫感。だが、なに、すぐ戻ってくるさ。そしたら、磨き粉くらい奮発してやって……

 炎の洞窟についた。さすがに早すぎたのか、まだ灯りもなく、中はひっそりとして肌寒い。なるべく凹凸のない岩盤を探して、腰かける。〈羽無し〉はいっこう現れない。曜日を間違えたかな? ふと暗がりに蝋燭の火。
「あんた、ここのドラゴンの知り合いかね」
 フードを頭にすっぽりかぶった、薄汚れた老婆である。
「知り合いといえば知り合いですが、といって、ティー・パーティーに招かれた賓客というわけでもなく……」
「仕事かい」
「さよう、ばけものを狩って生計を立てているのであります。しかし選りすぐりの乙女を数人侍らせているという話でしたが、ことばの意味とはじっさい儚いものですね」
「娘っ子ども、とっくに故郷(くに)に帰っちまったよ。わしはこの洞窟の、所有者さ」
「ア、なる程道理で。すると主はふて寝でもしてるのかな」
 これを聞いた老婆は、顔の皺という皺を見開いた、ものすごい形相で、「逃げちまった!」
「逃げた! わたしに恐れをなして?」
「借金だよ。踏み倒しだよ。財宝をたんまり買い込んで、若い娘を何人も雇って、ろくに働きもしない。見栄坊なんだよ」
「いやリヴァイアサンこそ悪ですよ。すなわち国ですな」
「保証人は両親になっているから、来てもらったんだけど、行方はわからないというのさ」
 物陰から二匹のドラゴンが現れた。父親はほっそりとしていかにも紳士然としているが、かなりの老齢らしく、眼は死んだ魚のように虚空をとらえて動かない。一方母親は若さと自信に満ち溢れ、色気すら漂っている。
「会社を起こすというので少しばかり出資してやったのですが、結果はこのありさま。これを機会にそろそろ家に戻して、家業を継がせるつもりですの」
「なるほど、話はついているのですか」
「いいえ、話なんて。でもわかっているはずね。何をやらせたってだめなの。いつだってこんなことになるのよ。優しい子なんだけれど、だらしないのね。目の届くところに置いてやるほうが、結局あの子の幸せなんだわ」
「彼まだ三百歳がとこでしょう。これからじゃないですか」
「ね、アナタ、この方に手伝っていただきましょうよ。報酬には一族に伝わる宝石の、そうね、二割くらい……」

 ここらは一帯荒れ地なので、上空から探すと、すぐにどら息子は見つかった。のろのろとつまづきながら歩いている。実はこのケルメスというのは、ドラゴンの羽を鍛えた靴なのである。おれが彼を〈羽無し〉にしたのだ。
 いちおう威嚇くらいはしてみせるものの、明らかに疲れきった表情で、こっちがみじめになってくる。黙って頷いてやると、状況を察したのか、泡をふいてわめきちらす。
「ぼくは一旗あげるまで帰らないと誓って、故郷を出たんだ! 帰ったところで継母がまた、親父が黙っているのをいいことにまた、夜毎ぼくにまた……ウ、ウ、なんてこと」
「見損なうなよ、おれは迷子の案内所なんかじゃない。おれは戦士だ。お前を見込んで、スカウトしにきたのだ」
「スカウトだって?」ハトが豆鉄砲をくったような顔。
「前金に宝石をもらったんだが、どうも二級品をつかまされたらしい。あのごうつくとの契約は破棄させてもらうよ。こっちは城の求人なんだけれどね、むき出しのガイコツだかのかなりの大物が、ツムール地方を荒らしまわっているというんだ。一人じゃ手におえそうもないから、強いやつと組みたいのさ。そしておれは適正な報酬をもらって、お前はその地で仕事を続ける。悪くないだろ」
「ツムールなんて北の果てじゃないか。僻地だよ」
「まさにフロンティア精神さ。あの地方の娘は器量好しだぜ。苦労を知ってるから気だてもいいし、がめつくない」
「しばらく、考えさせてくれないか……いきなりのことで混乱してしまって……」
「いいよ、いいよ、大きな決断だ、ゆっくり考えなよ。ただし、陽が落ちるまでだよ。人と会う約束があるんでね」
 あたりが暮れかけたころ、やっと決心がついたようで、
「わかった、話に乗ろう。ただ、ひどい空腹で、道すがら竜玉を質に入れてしまった。これは炎の力を強め、身分証代わりにもなるものだから、この旅にはどうしても必要だ。だけど引き取りに、少しばかり金が……な、わかるだろ?」
「水くさいじゃないか相棒、だったらこの宝石をたしにしなよ。じゃまた、明日ここらで落ちあおう」

 己の気さくさにすっかり満足し、歩いて帰ることにする。進む度ひそむ虫の音の夜、ムラオサが秘密めかして囁いた。
「ご主人さま、あんなやつ、信用してもいいのですか」
「いいはずがないだろ。あれっぽちの金、すぐに飲んじまうよ。よくないけど、いいじゃないか。お前にはそのうち、似合いの鞘を買ってやるからさ」
 なにかしら刀身がしっとりしてきた。しずくが一滴あまたの星を反射して、うつくしい。
「泣いているのかい」
「まさか! 無機物が泣いたりなんかするものですか。これは柄(え)に、砂ぼこりが入っただけですから……」

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