女子高生と宇宙戦争

「光あれ!」
 鉄腕(てつうで)はパソコンのスリープを解除した。朝方に寝落ちした時のままの画面は、西陽を反射して、目を細めてはみるものの文字まではとても読めたものではない。
 鉄腕は遮光カーテンを引き、光と闇とを分けた。再び画面に視線を戻すと、なんとか文字が読めるようになりそれで良しとした。
 妻と子は(いろいろあって)里帰りしていて、現在家には鉄腕ひとりだ。「独りで大丈夫?」別れ際に妻に言われた一言。ずいぶんなめられたもんである。こう見えて鉄腕の女子力はけっこう高めだ。
 とはいえ、自分だけの食事のため台所に立つのも億劫で、昨夜は買い置きのカップ麺で手早く腹を満たしつつ、ネッツサーフィンさながらの情報戦略に余念を残したまま寝落ちしていたというのが目下の懸念かと問われれば、あながちそうでないとは言い切れないロンリーガイだった。
 夜となり、朝となった。
 第一日目である。
 翌日鉄腕は思った。そうだ風呂を沸かそうと。
 妻と子は来週まで帰って来ない。
 本来ならば今頃はハワイの白い砂浜で、家族水入らずきゃっきゃうふふしている予定であった。そのため会社には一週間の休暇願いを出してあったのだが、どうやら一週間カップ麺とネッツサーフィンの日々かと鉄腕の頭を不穏な予感が過ったが、まさかまさかとかぶりをふりつつ、ざんぶとバスタブに飛び込んだ。
 いい湯だった。
 湯気立ち昇る湯面より鼻から上だけをだして、鉄腕は昨夜見たインターネッツ情報に思いを巡らせる。ふんふんと鼻唄までまじって、存外にひとりを満喫しているようだ。
 その時ものごっつ閃いた。昨夜(も)寝落ちする前にみたスレが脳裏に蘇ったのだ。
『女子高生倶楽部が宇宙戦争始めちゃったよ♡ 只今戦闘員募集中なのだ♡♡』
 女子高生が宇宙戦争とはどういうことだろうと鉄腕は思った。スレにはご丁寧に女子高生倶楽部の所在地も書いてあった。どうやら東京の鶯谷に本拠地があるらしい。
 暇と体力を持て余していた鉄腕は、レーザー光線飛び交うアステロイドベルトを、女子高生と駆け巡る様を想像してほくそ笑んだ。気分は海賊ギルドに追われる賞金首、スペース……。
 あぶない。風呂場で寝落ちるところであった。
 その日はちゃんと布団で就寝した。明日に備えるためだ。
 夜となり、朝となった。
 第二日目である。
 翌日鉄腕は目をさますと、運動着に着替え近所の公園に向かった。宇宙戦争ともなれば、この身につけた武道が何かの役に立つかもしれない。しかし公園に到着して鉄腕は愕然とした。昨夜のうちに降ったのであろう雨により、公園は海と化していた。所々小高い部分だけが島となり、まるで原初の地球を見るようだと特に思ったりもせず、『チッ』とひとつ舌を打った。
 やる気を削がれた鉄腕は家に帰って寝た。
 夜となり、朝となった。
 第三日目である。
「宇宙戦争には共に戦う仲間が必要だ」
 鉄腕は思いついてしまった。思いついてしまったら言葉にして発しなければ気が済まない性質(たち)だ。
 早速ウチュイッターのフォロワの中から人選を試みる鉄腕。誰でも良いと言うわけではない。共に戦う仲間は厳選に厳選を重ねて然るべきで、だがそのための時間はたっぷりとあった。なにしろ今週いっぱいは休みなのだ。休みなのだ。鉄腕は『休み』の部分を二度脳内再生してニヤリと笑った。
 先ずは宇宙戦艦内を快適空間にするため観葉植物などが必要だ。「宇宙戦争に癒しを求めていいかな?」「いいとも!」といいつつHN『花屋さん』をリストに入れた。
 この男ノリノリである。
 ノリノリついでに食事も済ませてしまおうと、昨日公園の帰りに買ってきたもやしをさっと炒める。なかなかの鍋捌きで、鉄腕の女子力の高さを如実に物語っていた。
 カップ麺も、もやし炒めが乗っかると途端に豪華に見えるから不思議だ。そう自分に言い聞かせつつ、胃の腑に納めた。
 なんかちょっと作業した感と腹が満たされた感に、満足感が楽観を招き、如何ともし難い虚無感に果敢に抗うも、弛緩した四肢は……。
 夜となり、朝となった。
 第四日目である。
 宇宙はきっと寂しいところにに違いない。鉄腕はまた思った。
 どんなに草花で飾ろうとも、女子高生と会話が噛み合わなかったら間持ちしないのではなかろうか。フォロワリストを精査していた鉄腕は、カーソルを動かす人差し指をピタリと止めた。
 鰐と雉がいるじゃないか。彼桃太郎も、確か鰐と雉をお供に鬼と戦ったはずだ。いや、食蟻獣と鳩であったか? まあどちらでもいいさ。昔観たマイアミなんとかってドラマで、主人公がヨットで鰐を飼っているのに憧れていた鉄腕は、一も二もなくリストにそれらを加えた。
 植物が青々と繁り、鰐が蠢き、雉が舞う。だいぶ賑やかになってきたではないか。
 鉄腕は満足してお誘いDMを送った。
 鰐と雉がやんわりと、花屋が激しい文面で御断りメールを送ってきたのは、鉄腕が送信ボタンを押してから三分後のことであった。
「あちし負けない。だって男の子だもん」
 実際鉄腕は負けなかった。鉄腕には戦友とも呼べる仲間がいたためだ。
 夜となり、朝となった。
 第五日目である。
 地獄の蓋が開いたか。魍魎が地に溢れ、すわ人類滅亡かと思われた正にその時、鉄腕と共に立つ三人の勇者があった。
 あの戦いからはや二ヶ月程が経っている。みな元気だろうか。
「宇宙に行くには、やはりあいつらがいないとな」
 結論から言えば『あいつら』は来なかった。
 水町は締め切り前を理由に、丁重に断ってきた。それはまだいい。鉄腕も締め切りに追われる辛さはわかっているつもりだ。
 問題はあとの二人だ。
 池Pは、あれなんつーの? KMR? よく分からんけど調査がどうとか言っていた。KMRと宇宙戦争だったら間違いなく宇宙戦争だろう。男のロマンだろう。まったく池Pは分かってないな。
 Gにいたっては「めんどくさ」の一言だった。きやつは万死に値する。
「結局のところ誰も俺についてこれなかったか」
 鉄腕は独り言ちて、出陣前のバーボンを呷った。熱い塊が喉を焼き、高揚感に打ち震える鉄腕。いざ鶯谷へ。
 けばけばしくライトアップされた入り口は、如何にも屈強な戦士の巣窟という佇まいで、鉄腕の気に入った。
 水町のDMに書いてあった、『それ本当に宇宙戦争なんですか?』という冷静な突っ込み……一文が少し気になったが、強く頭を振って忘却の彼方へと屠り去った。
 見上げると『女子高生倶楽部』の文字。どうやらここで間違いないようだ。
 武者震いをぶるんとひとつ。鉄腕は宇宙へと飛び立った。
 夜となり、朝となった。
 第六日目である。
 そして七日目、すべてを出し尽くした鉄腕はその日を休息の日と定め、ひねもすのたりのたりと過ごしたのであった。

                  了

感想を投稿する
ログインする※ログインしなくてもコメントできます!
コメントするときにログインしていると、マイページから自分が付けたコメントの一覧を閲覧することができます。

名前は省略可。省略した場合は「匿名希望」になります。

感想の投稿には利用規約への同意が必要です。