裏。

濱村帆津美

 ジャガイモの皮を剥いているときでした。
(裏。)
 包丁の刃が当たっているのは表側で、クルクルと皮を剥いていくと裏側が見えます。でもそれは裏側が表側になったから見えるのであって、裏側は永遠に見えません。目が手のひらにでもついていなければ。
 でも気になる。無性に。どうして見えないのかしら。
 私はそれから小一時間ほどジャガイモと格闘しました。気がつくとジャガイモの桂剥きが山のようにできていて、包丁の扱いは随分うまくなったと思います。翌日には腕が筋肉痛に見舞われましたが。あ、ジャガイモはスープとサラダになりました。美味しかったです。……食べ切るのに三日かかりましたけど。
 ともかくその日以来です。物の裏が気になりだしたのは。中でも靴の裏が気になって気になって、歩いているときにどうにかして見られないものかと、前屈みになったり後ろをふり返ったりして何度もころびました。こんな調子ではどこへ行くにも骨が折れるので――ええ、洒落でなく――やがて他人の靴裏を見て歩くようになりました。
 そんなある日、テレビを見ていると「キュビスムの夜明け」という展覧会のCMが流れました。
(裏。)
 衝撃でした。絵画とはまるで魔法なのですね。私は会期中のその展覧会に何度も足を運びました。絵画に無知な私には言葉でうまく説明できませんけれども、本当に素晴らしいのです! あの不安定なバランス。それは正面? 右? 左? それとも、裏?
 私の感動は、いつまでも醒めることがありませんでした。ところがとうとうやってきた最終日、名残惜しさで胸が一杯の私に、運命の出会いが訪れたのです。
 閉館間近になり、展示スペースを抜けて出口までの通路を進んでいた私は、いつもの癖で前を行く人の足下を見て歩こうとしました。でも最終日でしたから人出が多くて、充分な距離がとれません。前を歩く人のひざの裏を見おろすかっこうです。
(裏。)
 ストーンウォッシュのデニムが、規則正しく右、左と進みます。歩幅が大きく、ゆったりとした歩き方でした。一歩ごとに硬くごわついた布が吸いこまれるように折れ曲がっては押しもどされる、そのくり返し。右、左、右、左……停止。右、左、右、左右左右左停止。右左右左右左…………あ! ころんでしまいました。
 幸い私は最近ころび慣れていたので、上手にころべました。でも勢いがついていましたから、無傷というわけにはまいりません。特に手のひらとひざの表、いえひざ小僧がズキズキします。それにさっきのひざの裏を見失ってしまったショックもあって、私はしばらくの間、通りがかる靴裏を文字どおり地べたに這いつくばって眺めていました。そうしたら頭のほうから声をかけられました。若い男の人が手を差しのべています。
 そこはまだ美術館のある公園の中だったので、少し離れた所にベンチがありました。その男の人はそこまで付き添ってくれたうえに、傷口を洗うための水まで買って来てくださいました。というのも打身とすり傷にとどまらず左足首を捻ってしまった私は、まともに歩けなかったのです。
 そうして一通りの処置をして私がお礼を云うと、その男の人はためらいがちにこう切り出しました。
「僕に何かご用だったんですか」
 その人は背が高くて、ベンチに座る私の目線には、すでに目に焼きついたストーンウォッシュのデニム生地がありました。あ……ひざ裏の……。
「ひざうら?」
 慌てて口もとをおさえまても今さらです。もうその後はパニックで、何も言えなくなりました。誤魔化せそうな上手い嘘は思いつかないし、正直に話せば不審者の烙印を捺されるでしょう。警察に突き出されるかもしれません。……私にもそのくらいの常識はあるのです。ところがその男の人はパッと顔を輝かせました。
「ああ、ひざの裏のことですね。人のひざ裏って吸いこまれますよね! あなたも好きなんですか」
 え、は、はい、スキです。ひざ裏の良さはついさっき気づいたのですが。今までは靴裏が特に。ええ、靴の裏。靴を選ぶとき、靴裏のデザインは何をおいても、ええ。
「靴の裏は機能美ですよね。しかも足の裏というセクシーな部位を保護していて……すみません、初対面の女性にこんな話」
 彼こそまさに運命の人だと思いました。私はそう信じたし、彼も同様の気持ちだったと後に語ってくれました。私達はこの瞬間からひかれ合い、すぐに愛し合うようになりました。
 私が靴にこだわるように、彼は服にこだわりました。服の裏に。裏返した服の縫製や、布の遊びの部分、折り返しなどを彼はしっかりチェックするのです。それらが美しくない服は決して購入しませんでした。表側よりも自分の体に向いている裏を、なぜ人は気にしないのだろう。そう首を傾げるのです。そんな彼が好きでした。本当です。本当に、彼を愛していました。
「ジャガイモの裏? ジャガイモに裏も表もないだろう」
 出会って半年後には、私達は一緒に暮らしていました。あの日は休日で、私は昼食を作るためにキッチンに立って、ジャガイモの皮を剥いていました。
(裏。)
 そうだ、ジャガイモからだったのだわ。
 思い出すとなつかしくて、私は彼に話しました。でも返って来たのは、思いもよらない冷たい言葉だったのです。
 それがきっかけだったのよ。そのことがなければキュビスムに興味を持つことも、あの美術館に行くこともなかった。そしたらあなたに出会うこともなかったわ。
「そうなんだ。でもね、ジャガイモに裏なんてないよ」
 そんな、だって、セザンヌだってリンゴを描いたわ。
「確かにセザンヌは多視点を統合して二次元に表現したよ。けどキュビスムは徹底的な客観性の産物であると同時に形而上的であって、突き詰めれば物体を現象化してしまう……ああそうか、君は思考そのものが主観的に過ぎるんだね」
 主観的? そ、それは、そうかも……だけど、それがいけないの? ええそうよ、我見る、ゆえに裏ありよ。シュレディンガーの裏よ、何が悪いの? どうして、そんなふうに……どうして……やめて!
 あれは、嘲笑でした。彼は私を憐れんだのです。それでも包丁を持っていなければ、あんなことには、ならなかった。きっと、なりませんでした。
 私はしばらくぼう然としていました。それからたくさん泣きました。窓から夕陽がさしこむ頃になって、ようやく彼をこのままにしておけないと立ち上がり、でも立ち上がったときは、具体的にどうするか決めてはいませんでした。ただ無意識に、床に放り出したままの包丁を調理台に置こうとしました。
(裏。)
 そこにはまな板とジャガイモが三つ。皮を剥かれたジャガイモと、まだ剥かれていないジャガイモです。シンクには長くて薄っぺらの皮が――茶色と、実から削がれて黄ばんだ白の数本が、とぐろ巻くようにはりついています。
(皮の、裏。)
 私は、ふり返っていました。
(彼の、裏。)

 そして今、私は病院にいます。この境遇については、多少不服ではあります。なぜなら私は犯罪者の自覚はあっても、病人の自覚はありません。ですがどんな裁きも受ける覚悟だったので、おとなしく「治療」を受けています。問題は、ありません。今のところ。……いえ、実は気がかりが一つあります。ある男性スタッフの目が気になるのです。
(裏。)
 私を見つめるその目が、とても、とても、気になるのです。

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