白翼の王女様願望

流山晶

 俺達トレーナー間で囁かれる願望に『白翼の王女様』というのがある。万翼券を握りしめた某トレーナーは、高笑いしながら『俺の王女様が、穴翼だったのさ』と言った。そして、『過去の栄光にしがみついている奴は、見ていて悲しくなるよな』と付け加えて、俺達の翼舎を出て行った。つい先日の事である。今頃、郊外の一軒家、愛の巣で、大胸筋のマッサージにでも励んでいるのだろう。
 俺の方は、金持ちを相手に滑空の指導をしている。いわゆるレッスンプロだ。以前は、女子滑空のトレーナーだった。そこで、エリカ・ワインハウスを見出した。破天荒な飛翔はじゃじゃ馬と評されたが、風をつかむ才能には天賦のものがあった。俺達は順調に勝ち上がり、イオ中央競翼会W1レースで、前代未聞の五連覇を達成した。そして、彼女と正式に籍を入れようとした矢先に事故は起きた。

 今日は、久しぶりのカレイ火山である。沸き立つ溶岩湖のあちらこちらから上昇気流が立ち上っている。中級者用練習エリアだ。今日の生徒は男子滑空の翼士を目指している少年だ。中央競翼会に限らず、男子滑空はマイナーである。男子は大胸筋の発達と体重の軽さで女子にはかなわない。だから男子のトレーナーも二流と見なされることが多い。それでも俺は、レッスン料分の仕事はきちんとする。
 一時間程、生徒の上空でホバリングしながら、指導という唾を飛ばした。ホバリングは上級者の技法である。軽い女子でなければ出来ないが、幸か不幸か、俺は事故で両膝下を失ってから出来るようになった。もっとも、俺は圧縮空気スラスターで揚力を補助しているから、補助なしで出来てしまう優秀な女性翼士の足元にも及ばない。
 浮島で休憩していると、不意に腹を揺さぶる振動を感じた。濃い二酸化硫黄大気を伝わる低周波振動がその正体だった。辺りを見回すと、後方で溶岩湖の湖面が膨れ上がっていた。
「まずい。バースト、突発性バースト噴火かもしれない」
俺の呟きに、少年が首を傾げた。
「マグマ中に融点の高い岩塊ができて、地下の火道が糞詰まりを起こすことがある。そうなるとやばい。連鎖的に固化が起き、できた岩塊群が、糞みたいに一斉に吹き上げられる。岩の最大速度は秒速一キロメートル!」
一発でも食らえばあの世行きだ。顔を青くした少年を安全な所、溶岩湖の先まで退避させなければならない。俺は、自分の背中の圧縮空気スラスターから銀色のタンクを抜き出して指示した。
「まず、上昇気流は期待するな。探す時間が惜しい。そのかわり俺のタンクを使え。こっちは、まだだいぶ残っている」
少年の不安そうな顔を無視して、タンクを少年のスラスター繋ぎこんだ。可愛い生徒は、俺が逃げられないのではないかと心配するが、
「大丈夫だ。俺は、レースクイーンのトレーナーだったんだぞ! スラスター無しでも逃げる技はある」
と半分嘘を言って納得させた。
「いいか自分の事だけ心配しろ。助走をつけて飛び上がり、スラスターを全開にするんだ。最高高度に達したら、滑空。わかったか? お前ならできる。だから、飛べ!」
 俺の喝に、少年は素直に頷き、助走をつけ、崖から飛び上がった。圧縮空気の推力を得て翼体は綺麗に上昇していく。やがて、最高点に達し、翼をさらに広げて滑空へと移っていった。無事に逃げられそうである。ほっと、安堵した瞬間に小石が翼の先をかすっていった。今や、無数の岩が噴き上げられている。一発でも当たれば致命的だ。
 予兆も無しに始まった突発性バースト噴火。あの事故時と同じ状況である。当時、俺達はW1レース連覇を目指して練習していた。そこでバーストに見舞われた。噴石がエリカのヘルメットをかすり、脳震盪を引き起こした。失速し、溶岩湖へまっしぐら。俺は、なんとかエリカを受け止めたものの、溶岩湖に着岩。あわや溶岩に飲み込まれるかという場面で、エリカを抱えて溶岩の上を走った。冗談みたいな話だ。
 結局、俺は両膝から下を切断。退院後、リハビリをして、トレーナーとして復活。責任を感じたエリカは引退し、今では火山観測網の飛行保守要員として、全土を飛び回っているらしい。らしいというのは、退院時に喧嘩別れをして、一度も顔を合せていないからだ。俺としては、負い目を感じずに、自由に飛んでほしかったのだが、エリカは退いた。まあ、五連覇という偉業を成し遂げたから、エリカがそれなりに満足したのは確かだろう。そう言いながらも、俺はちゃっかりトレーナー続けているから、俺は未練たらたらである。だが、それもここで終わりだ。スラスター無しでバーストから逃げられる道理はない。あの少年の才能がどこまで伸びるか確かめられないのが、唯一の心残りだな。

「カケル。カケル・オオイワ、聞こえているの!」
インカムに怒声が入ってきた。何だか懐かしい怒気だ。
「なんだ、俺に用か? って、え、エリカじゃないか! どうしてここに!」
目の前に白翼の王女が降り立った。いや、王女ではない、曳航索に道具袋をぶら下げた飛行保守要員だ。
「どうせまた、他人をかばって、自分だけいい格好しようとしたのでしょう?」
「いや、そんなことはございません」
「あの生徒は無事に溶岩湖の向こうまで行ったわよ」
「そうか、それはよかった。では、君も退避してくれ。君なら自力で逃げられるだろう」
「もちろんよ。だけど、カケルは自力じゃ逃げられないわ。翼の自在変形ユニットは破損しているし、スラスターも渡しちゃったし。だから、私がカケルを連れて逃げるわ」
相変わらず、エリカは馬鹿だ。いくら優秀な翼士でも、もう一人を抱えて飛ぶことは不可能だ。そんな俺の懸念を無視して、エリカは準備を始めた。まず、俺の背中から翼ユニットをはぎ取った。それこそ追いはぎのように。次に、長いロープを俺の腰に結わえた。それこそ奴隷商人のように。そのロープで俺を引っ張り上げるのだろうけれど、どこからその力を生み出すのか見当もつかない。
「それじゃ、私は、曳航索を持って、上空で待機するから、衝撃に備えて頂戴。わかった?」
俺は首を横に振ったが、エリカは構わず飛び立った。上空でホバリングするエリカ。浮島にいる俺とは一本のロープで繋がっている。エリカは足元にネットをぶら下げている。一体何をするつもりなのか。
 真っ赤に燃えた噴石が一直線にエリカに向かう。危ないっ、と思わず手で目を覆い、指の隙間から覗く。ひょいとエリカは飛び上がり、ネットを噴石にひっかけた。噴石は、ネットとそれにつながった曳航索を引きずりながらすっ飛んでいった。曳航索は伸縮率が非常に高く、ゴム紐のようなものだ。延びきったゴム紐がエリカを引っ張り上げる。すぐに俺の体も上空へ引っ張られる。ものすごい力、ものすごい加速度だ。思わず小さな悲鳴を上げた。
「カケル、大丈夫? 高度千メートルに達したら、索を切るわよ!」
「りょ、了解! これって、逆バンジージャンプだな、いや、逆パチンコと言った方がいいかな」
噴石にエリカと俺が引っ張られているのだ。噴石をひっかけたエリカの動体視力もすごいが、伸縮性のある曳航索を使ったのがみそだ。その結果、衝撃が緩和され、俺達は骨折しない程度に安全に加速された。恐怖で窒息しそうだが。それにしても驚きだ。感性だけで飛んでいた翼士だったが、知性と経験を身につけ、いい女になった。正直言って、見直した。ついでに、大胸筋の上の膨らみも見直した。
「何か言った? 噴石を切り離したから、次はカケルを回収するわよ」
空中でエリカが近づいて来る。そして、俺を抱き取った。もちろん、俺が抱かれている。エリカが白翼の王女様で、俺は抱かれる一般男子だ。恥ずかしい。
「今更、恥ずかしがらないでよ。一度は紐だったんだから」
口が悪いのは昔と同じ。だが、優秀な翼士に紐(トレーナー)はつきものである。翼士あってのトレーナー、トレーナーあっての翼士。互いに切れない紐で繋がっている。
「もう一度、私の紐にならない?」
「ああ、望むところだ」
エリカは翼を滑空形態に変形させた。赤い大地を白翼の王女様が優雅に飛んで行く。見染めた俺を抱えて。

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