首が飛んだと教えられたこと

一兎

 死にたいと口にされる方よりも、生きたいと口にされる方のほうが悲惨な境遇にあると私は思います、と彼女が言っていたことを思い出しながら、彼は彼女が死にたいと言ったことに対し、甘えるなと言った。
 そして、彼と彼女にとって最後の戦いが始まったのである。
 
 おはようと挨拶をすると彼は彼の父に頬を打たれた。この家では、おはようは殴ってくださいと同じ意味である。彼は父に殴ってくださいと言った。彼の父は彼にすまないと言い、お前はもう家を出て行け。お前を見ていると滅ぼしたくなるからと続けた。彼が14歳の春である。
 家をあとにした彼には取り掛かるべき明確な目標があった。それは仲間を見つけることである。彼は一人では何もできないが、仲間を見つければ、少なくとも自分一人よりは救われる気がしたのだ。
 彼は10年の後に1万の人間を率いることとなる。

 彼女は複雑な方法で自殺未遂をしたあと、監禁された部屋での生活を強いられることになった。彼女はこの国の象徴として、この国を統べる将来を与えられていた。だから、この部屋で強制的に更正させられるのだ。
 更正した彼女はこの国の未来を考え、隣国を滅ぼすことを決めた。彼女には戦争の経験がなく、戦争の悲惨さを知らない。だから、彼女は簡単に戦争を選択することができた。

「はじめはどうしていいか全く分からなかった。家を追い出され父を恨む気持ちはあったが、その気持ちはたくさんの人と出会う中でいかにくだらないか理解することができた。だから、今は仲間たちと共により大きな敵と戦うことを決めたんだ」
 彼の国は、戦争に敗れた。彼は民兵として戦った後、敗残の流れ者を経て、傭兵となった。幾多の戦場を踏み、現在はこの国の正規軍で雇用される身である。

「はじめはどうしていいか全く分からなかった。私に自由はなく自分の意思で生きることも、死ぬことも許されない。私は私でしかないのに、私のために働く人々は私のことを私として扱ってくれない。だから、今は私に、私の国に期待されることをしようと決めたんだ」 
 彼女は領土を求めた。亡き父の遺志を継ぎ、戦争により幾多の国を滅ぼすことを選択した。

 彼と彼女は出会った。歳月と共に繰り返される戦争で人々は疲弊していた。この国の経済は植民地の労働力・自然資源の搾取により賄われている。しかし、国が大きくなるにつれ、統制が取れなくなるのは必然であり、利権争いが起きた。戦争は国を広げたが、豊かにはしなかった。
「死にたいと口にされる方よりも、生きたいと口にされる方のほうが悲惨な境遇にあると私は思います」
 人々の生活は逼塞していた。彼は将校として、彼女は女王として人々を救うことを考えた。考え方は違えど、いつ・誰と戦い、いかに勝利するか。二人に共通しているのは暴力しか手段を知らないことであった。

 彼はいつも戦場にいた。そこには仲間がいるから、彼は寂しくなかった。戦場は彼にとって生計を立てるための職場であり、研鑽を積む学校である。
 彼は幸せであった。彼は人を殺すことに幸せを感じているのではない。仲間と共に目標を達成してきたこと、仲間に頼られる自分に成長したことを自信に、その経験を誇りに思っていた。
「与えられたのはこの体であって、この体をどのように使うかは僕自身が決めている。体は鍛えれば強くなる。鍛え足りなければ命を落とす。だからモチベーションを保つことはそう難しいことではない。酒を飲みながら語り合うのもいいけど、それが毎日ならきっとそれは苦痛だ。戦う前は戦いたくないと思う、それに慣れるのが怖いんだ」
 彼はもう少年ではないが、少年のようであった。

 彼女はどこにもいなかった。そこにいるのは彼女であるが、彼女ではなかった。そこは彼女にとって彼女を喪失する場所であり、彼女はここで生まれ育った。
 彼女は空っぽであった。彼女自身がもともとそうだったのではない。ここではイエスか、はいと答えるのが仕事である。
「与えられたのはこの体であって、この体をどのように使うかは私自身が決めている。私の体は私の自由に動く。だけど、それを活用する必要はあまりない。私が体を動かすよりも、私より体を動かせる誰かが取り組むほうが効率的だし、私が学んだことよりも、私より学んだ誰かが考えたことの方が正しい。だから、私はここにいればいい。そう教えられている」
 彼女はもう少女ではないが、少女のようであった。

 軍隊に個性は不要だ。卓越した才能があったとしても白兵戦では数の暴力に破壊されるだろう。各人が期待された通りに期待されたことをする。それができなければできないだけ、余計に命が失われる。
 貧困に背中を押され、戦うことでのみ生きることが許される。にじむのは汗か血か、それは自分のものか他人のものか。個は個を失い、集団もしくは一つの塊であった。
 国家統治において、暴力は重要な権限である。あなた方が暴力を避ければ、暴力を一方的に受けることになる。だから、国は暴力装置を用意する必要があり、平和・公平・平等はその存在の下、有限的に実現する。暴力装置のない国は国ではない。
 国であれ、地方であれ、宗教であれ、法人であれ、名前が付けば集団となり、集団は法を持ち、統治者の意思を伝播する主体である。そして、あらゆる集団は差別がしたいだけだ。名前と名前を競い合わせ、差別することで優位を感じたいだけだ。だから、各人は各人の所属する集団で意識付けされた大義の下、自身を自身とするために、自身なりの正義と立場を持ち、それぞれが正しいと思うように振舞う。

 幾ばく幾夜の星霜と、連戦連夜の死線を越えて、掴むのは星か土か。地を這い、血を吐き、ただ確実に終わりがあることだけを希望として進む。昼夜の境目なく朦朧とした、払いきれない霧のような感覚と、見えずとも確かにそこにある重力に感情を殺すことを余儀なくされる。資源を奪い、文化を破壊し、経済を支配する、この国の名前の旗を立て。

 彼はなぜ自分が生きているのか、そして、なぜ異国民同士は争い続けなければならないのか理解できなかった。人々のために、人々を代表して死をも厭わず戦い続けることを望まれている。彼は逡巡していた。彼は彼の多くの仲間を失った。

 この一連の戦争は後世に女王戦争として伝えられている。この戦争は革命により終止符を打つ。この国の暴力が、より強大な暴力に屈したことにより拡大した植民地を奪われ、内乱により王族の血は絶えるという顛末である。戦争に勝ち続けている限りは成り立つはずであったこの国の経済はは、戦争に敗れたことで破綻し、国は潰えたのである。

 彼女は、なぜ自分が殺されなければならないのか、そして、なぜ自国民同士で殺し合いをしなければならないのか理解できなかった。人々のために、私は私としてではなく、人々の意思で国の象徴として死ぬことを望まれている。彼女の士気は失せていた。

 彼女は彼女の国を失いつつある。彼女は言った。死にたいと。彼はそれに対し言った。甘えるなと。

「この世界は理不尽なことに各々の存在のために戦い続けるしかないんだ」
 彼らには彼らの居場所が必要なのだ。春の陽気の下、今日も軍靴の音は絶えない。 

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