グラヴィティ チェイサー

「これが六千ミルロ前に起こった重力干渉を視覚化したものです」
 観測手は手早く光学パネルを操作し、立体座標上に惑星ヴィーロンの重力波形を出現させた。波形は時間の経過とともに常態ではありえない形へと変化して行く。
「こんな質量が集中しているエリアにワームプットゥしてくるとは自殺行為だな。これではエルンスト級であっても無事では済むまい」
「それがどうやらワームプットゥではないようで」観測手は座標を時間軸表示に切り替えると、二つのポイントを指し示した。
「ここと、あとここをご覧ください。ワームプットゥ直前の兆候が見られませんし、そもそも干渉後に存在するはずの質量が確認できないのです」
「なるほど」報告を受けていた男は少し考え込み、次いで言った。「エルシド様に報告する。お前は観測を続けろ」
「ヴェアー」

 惑星ヴィーロンは肥沃な土地を多く持つ、農作物に適した星だった。自生する植物のみで充分に満たされていた先住民のヴィロイド達は、それゆえ文明を発展させる機会に恵まれず、星系連合の宇宙開拓時代に、抗う術なく植民地化されてしまう。以降大量に開拓民が流れ込み、多種多様な民族がそれぞれの農地を拡充していった。ヴィロイドは衣食住を提供される代わりに農地管理を任され、それまで以上に繁栄していったのは皮肉としか言いようがない。
 ラーズは遠くに爆発音を聞いて付近を探索していた。幼い頃に身寄りを失ったラーズは、ヴィロイドの一家に育てられた。故に彼らの言語を理解し、昨年十二の歳になったのを機に独立して翻訳業で生計を立てていた。この日もとある星の使節団の通訳をした帰り道だった。
「運が良かったなあんた」
 言いながら見上げた先には木の枝から人がぶら下がっている。パラシュートが絡まっているのだ。
「ご挨拶だな。これはどちらかと言えばアンラックと言うんだよ」
 金髪碧眼のヒューマーだった。性別は男。
「だが見つけてくれたのが君で良かった。ヴィロイドに見つかりはしないかと気が気じゃなかったんだよ」
「ヴィロイドはそんな野蛮な奴らじゃないよ。ちょっとまってな」
 言うとラーズは右手の人差し指で数回空を切った。すると不思議な事が起こった。男の体はパラシュートごと上へと浮かび上がり、樹上数メルテでぴたりと止まると、木を避けてゆっくりと地表に着地した。途端に男の顔が険しくなる。
「お前が……」
 ラーズの顔をじっと見つめる青い瞳に焦燥が滲む。
「いいか、落ち着いて聞くんだ。君の名は?」
「ラ、ラーズです」
「そうかラーズ、よく聞くんだ。俺はピート。今の力は今後決して使うな。いいな、絶対使うんじゃない。そして俺が今から言う所に行け」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。いきなりそんな事……」
 ラーズが全部言い終わる前にピートは言葉を遮った。
「時間がない。俺も後でそこへ行く。説明はその時だ」
 言うと紙片に何かを書き留め、ラーズの胸ポケットにねじ込んだ。次いでパラシュートを脱ぎ去ると、北に広がるトウモロコシ畑へその身を隠すように走り去って行く。ラーズはただそれを見守ることしかできなかった。どれほど時間が経ったのか。突如上空に轟音とともに閃光が瞬き、宙空に軍用チェイサーが数機現れ、ピートが消えた方角に飛び去って行った。
 指示された場所に、遂にピートは現れることは無かった……。
 それから七年の月日が流れ去った。
 奥歯でカチリとカプセルを噛み砕くと、ヴィーロン産のスピリッツで流し込みながら、ラーズは気だるそうに首を回した。
「ベラーム常服なんて良い習慣とは言えないわね」
 ミキはワーロット星人特有のオレンジ色の瞳ををパチクリとしながら、ラーズを諌めた。
「うるさいな。ドクターに処方されたんだよ」メインスクリーンに映る広大な漆黒空間を茫漠と眺めながら、ラーズは気もそぞろに応えた。
「嘘ばっかり。相方がラリって危険な思いをするのはこっちなんだからね。ほら仕事よ」
 サブスクリーンに滑るようにテキストが流れてラーズの目の前で止まった。欠伸を噛み殺しながらスクリーンを眺めるラーズの目の色が変わった。
「おい、ウィンダス王国の仕事は受けないと何度……」
 ラーズの言葉をひらひらと明細書を振って制するとミキは言った。
「仕事を選べるのは大手の潤ってる運び屋だけなの」
 ラーズはやれやれと首を振った。
 指定の星域にワームプットゥした高速艇ザウザーは、その黒い流線型の船体をゆっくりと回頭し眼前に広がるウィンダス王国艦隊の旗艦へと進路をとった。程なく牽引光線に捕捉される。ラーズは口笛を一つ吹くと、「エルンスト級なんて初めて見たぜ」と感嘆した。
 ザウザーの操作を相手に任せると、腕を後ろで組み、ゆっくりと艦隊の編成を眺める。
 艦内に移ると長い通路を案内され、艦後部にある一室に通された。白を基調とした清潔な室内はザウザーの艦内とは比べるべくもなく快適な空間であった。
 ラーズとミキを待っていたのは硬い外殻に覆われた甲殻人である。甲殻人は各星系に存在するが、おそらくオランド星系のアーラシア星人だろうとラーズは睨んだ。
「早速だが」
 アーラシア星人は精神波と音波を併用して話始めた。
「お前たちには人探しをしてもらう」
 高圧的な物言いにも引っかかったが、なによりアーラシア星人の依頼にラーズは耳を疑った。
「寝ボケるなよおっさん。俺は運び屋だぜ。人探しなんて……」
 アーラシア星人はラーズの言葉を最後まで聞かずに背を向け、空間モニタに資料を映し出した。モニタに立体投影されたのは、ラーズの知っている人物だった。
「ヒューマーだ。名はピート、欠損角を自在に操る危険人物だよ。こいつをここに連れてくるんだ」
 ラーズは身震いした。もちろん一も二もなく依頼を受けた。ザウザーに戻ると「生きてたんだ」と一言つぶやいた。
「ミキ、行き先はヴィーロンだ」言うと同時に核融合炉を臨界まで駆動させ、遥か故郷を目指す。
「ところで欠損角ってなんだ?」
 ミキは半ば呆れながら、稀に次元を超えて欠損角を自在に操れる者がいること。つまりは重力を任意の場所に発生させる事が出来るのだと簡単に説明した。
 七年前、遂にピートから語り聞くこと叶わなかった事実はそれかとラーズは察した。
 そして未だピートが追われているその理由も、おそらくは自分の所為であろう事も。
 ザウザーの流線型の船体が滑らかに宇宙空間を進む遥か後方、エルンスト級戦艦から飛び立ったステルス機体がラーズ達の追跡を開始した。
 辛うじてバランスを保っていた星系連合の関係が、特異点を超えて崩落へと向かい始めたのはまさにこの瞬間だったのかもしれない。
 晴朗な宇宙空間が暗黒の帳に覆われようとしていた。      To Be Continued……

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