夢の国の日常

美月真雲

※ この作品は実在のアレとかコレとかとは一切関係ありません。

「師匠、ステージお疲れ様です! 今回も最高でした!」
「おう。当然だろ」
「次はシーなんで、こちらにお願いします!」
「言われんでも、わかってる。耳元で騒ぐな」
「し、失礼しました!」
 お付きの新人キャストは顔から汗を吹き出しながら、キツミーマウスを先導する。小走りで地下への階段を駆け下りていく。
 千葉県某所にある東京ニズデーランドとシーの地下には、さながら迷宮のように無数の隠し通路が張り巡らせてある。キツミーマウスを筆頭とするキャラクターたちは、この通路を利用することで、パークの各地に神出鬼没に出現することができるのだ。
 通路には特製の自動二輪が停めてある。初速で時速二百キロに達するモンスターマシン。当然、公道での使用は想定されていない。地下通路を駆け抜けるためだけにニズデー社が発注したものだ。このマシンのおかげで、パークの端から端まで行くのに二十秒もかからない。
 はずだったが。
「……おい、こりゃどういうことだ?」
「え? うわ! 誰だよ、こんなことしたの!」
 自動二輪は見る影もなく破壊されていた。タイヤやハンドルが醜い形に歪み、エンジンからは黒煙が立ち上っている。見るからに、走行できる状態ではない。
「すみません、師匠! すぐ代車を用意しますんで!」
 キャストは動揺から立ち直り、無線で本部に連絡した。
「こちら地下通路L15。二輪にマシントラブル発生。走行も修理も不能です。今からキツミーさんがS03に移動遊ばしますので、至急代車をお願いします!」
 数秒の沈黙の後、本部はとんでもない状況を伝えてきた。キャストは目を見開き、思わず問い返した。
「二輪が、全部故障してる……?」
 自動二輪はパーク全体で二十台ほどが稼働している。そのすべてが同時に壊れるなど、およそ偶然であり得ることではない。
「何者かが俺たちを妨害しているようだな」
 キツミーマウスは事態を冷静に受け止めていた。
「どうしましょう! シーのステージショーまであと五分しかありません!」
「走るしかあるまい。自分の足でな」
 言うや否や、キツミーは走り出した。キャストも慌ててついていく。
 目的地まで走るだけで五分以上を費やすだろう。さらに、衣装合わせの時間も考えると、ショーの開始に間に合うわけがない。キャストは状況を本部に伝え、ショーの延期を要請した。
「十分程度、時間をください! はい、何とかします!」
「おい、前見ろ」
 キツミーに命じられ、キャストは顔を上げた。
 前方には、おぞましい光景があった。
 白い猫と犬が一匹ずつ、通路に立ちふさがっている。野良猫や野良犬では絶対にあり得ない。その証拠に、どちらも二足歩行だった。腕、というか前足が煤で汚れているところを見ると、二輪を破壊した犯人はこの二匹のようだ。
 すさまじい闘気を放ち、キツミーたちに向けて憎悪の眼光を向けてきている。牙からは涎が滴り落ちる。
「ああっ! あれはまさか!」
「大阪のアイツらが殴り込みにきた、ってことらしい」
 キツミーは白い手袋につつまれた自分の指を曲げて、骨を鳴らしながら、笑みを浮かべて挑発する。
「まあ、十分もありゃ片づけられるだろ。ははっ」
 相対する猫と犬も前足を掲げて構え、戦闘態勢を作った。
 先手をとったのはキツミーだった。瞬速の拳が閃き、猫の顔面を襲う。猫は肉球で衝撃を受け止め、拳を絡め取る。その隙に犬がキツミーの腹に強烈な前蹴りを放った。キツミーは腹筋で受け止めるが、さすがに無傷とは言えない。咳込みながら後退し、呼吸を整える。
 常人であるキャストが目で追えたのはそこまでだった。無数の突きと蹴りが飛び交い、軌道の残像しか見えない。閉塞した空間に、衝撃音が立て続けに反響する。時折、床や壁に血が飛び散ったが、誰の血なのかもわからない。しかし、数的不利もあってキツミーが劣勢のように見えた。
「応援を……! 応援を呼ばなきゃ……!」
 震える手で無線機を操作しようとしたが、取り落としてしまった。無線機は床を滑るように転がり、白い犬の足に踏み潰された。
「あああっ! 俺は、何で、こんな時に……!」
 絶望の叫びを上げた。
 白い犬はキツミーを猫に任せ、キャストのほうに注意を向けた。ゆっくりと歩み寄り、キャストの頭部を掴もうと前足を伸ばしてきた。キャストは慌てて後ずさろうとするが、腰が抜けて、尻餅をついてしまった。
 もう逃げられない。これまでか、と思ったが、
「よそ見してんじゃねーぞ、犬コロ」
 犬の後頭部にキツミーの飛び蹴りが入った。勢いが乗った会心の一撃。犬は両目を白黒に明滅させ、意識を手放し、膝から崩れ落ちた。
「し、師匠、危ない!」
 辛うじて助かったキャストは、キツミーの背後に迫る猫を指さした。猫は爪を立てて、キツミーの首筋を切り裂かんとしていた。
 キツミーは瞬時に反応した。向かってくる猫の前足に、振り向きざまに手刀を打ち、爪の軌道を逸らせる。がら空きになった顔面に、渾身のアッパーカットを叩き込んだ。猫は真上に吹き飛ばされ、通路の天井に顔面をめり込ませた。首から下が力なくぶら下がった。
「窮鼠猫を噛むって諺がある。ははっ、大阪の奴ら、刺客の人選を誤ったな」
「師匠、ありがとうございます! 俺、何の役にも立てなくて、その、申し訳……」
「何を言っている? 犬コロの隙を作ってくれたじゃないか。お手柄だったぞ」
 キツミーは親指を立てて笑ってみせたが、明らかに辛そうなのが見て取れた。ステージの直後にあれだけ激しく戦闘したのだ。膝をついて立ち上がれないのも無理はない。もう、走ることはおろか、目的地まで歩くことも難しいだろう。ショーはキツミー不在で行うしかない。
 キャストがそう思っていると、上で何かが動く気配があった。猫が目覚めたのか、と思ったが違った。違ったが、危険なことに変わりはなかった。
 天井が崩れてきたのだ。
 咄嗟に、押し出すようにしてキツミーを守り、自分は反動で後ろに跳んだ。
 間一髪のところで瓦礫が落ちてきた。
 当然、猫も一緒に落ちてきたが、地上にいた予定外のものも落下してきた。
 黒い、熊だった。これも二足歩行で、瓦礫を踏み砕いている。周囲を威圧するように、目は力強く見開かれていた。何故か片手にソフトクリームを握っている。
「新手の、刺客……!」
「いや安心しろ、こいつは俺のダチだ」
 警戒するキャストを、キツミーが落ち着かせた。
「うわ、キツミーだあ。アポなしだから、会えるとは思ってなかったよ。ラッキー!」
 熊は親しげに語りかけてきた。
「お前、熊本に帰ったんじゃなかったのか?」
「一昨日帰って、昨日ロケで千葉に来たよ。今日はオフだから遊んでたんだもん。で、何かお困りっぽい?」
「ああ、ちょっとシーまで行きたいんだが、移動手段を失ってしまってな」
「なるほど、任せるんだもん!」
 熊はキツミーの両足首を掴んだ。掴んで、振り回し始めた。ハンマー投げの要領で、水平に十回転ほど振り回して勢いをつけた後、放り投げた。
 キャストは、宙に舞うキツミーを呆然と見上げた。
 キツミーは流れ星になり、無事、ニズデーシーに着水した。

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