雨待ちし森、角宿す姫

ヤマダ

 木漏れ日が葉を透かし、森中にエメラルドの輝きを落とす。枝葉から覗く空も青く澄んでいる。なのに、どうしてだろうか。雲一つない空からはしとしとと雨が降り注ぐ。
「天気雨って可笑しな天気ですよね」
「雲が山を越える時に消えてしまうのよ。それで、残された雨だけが風に乗って降り注ぐの」
 雨に濡れぬようにとフードを被った旅人が二人、ハシリガラスを連れ雨の森を行く。巨鳥の手綱を引くのは、褐色の肌に黄金の瞳を持つ女性。左目を口に見立てて彫られた赤い唇が目を惹く。もう一人は年頃の娘だ。物珍しそうに周囲を見渡している。降り出した雨が強まらないうちにと歩みを早める二人だったが、娘が突然声を上げた。
「雲医者様、あれは一体」
 娘の見つめる先には不思議な光景が広がっていた。木々が避けるようにぽっかりと開けた場所がある。その地面を埋める朽ちた果実のような丸い物が、雨を待ちわびた様に身を覆う皮を花弁の如く広げ開花していくのだ。
「あら、なんて珍しい」
 雲医者と呼ばれた女性は、土色の花々へと向かうと中の一つを手に取り娘に見せる。花の上にはてっぺんに穴の開いた、紙風船のような物が乗っている。
「これは、アメマチダケ。貴重なキノコの一種よ」
「あ、こっちに竜の子供まで」
 見ると、背中にコウモリに似た翼を持つトカゲがいるではないか。額からシカのようなツノを生やし、羽ばたく姿はまるで雨を呼ぶ舞いに見える。
 あれは、と雲医者が話し出そうとした時だった。ばしゃばしゃと激しく水を跳ね散らす音が近づいてくる。
「貴様ら、神聖な森で何をしている」
 ウマに乗った男が二人へ鋭く叫ぶ。兵士に見える。後からもう一人やって来て、先の男に耳打ちをする。
「隊長殿。もしやこの刺青の女、雲医者では」
 雲医者と呼ばれる流浪の旅医者たちは、総じて目立つ場所に刺青を入れている。男は雲医者たちを値踏みするように見下ろす。怯える娘を守るように前に出る雲医者は、決して視線を外さない。
「仰る通り、私は雲医者。旅の途中なの。踏み入れては行けない土地であったなら謝るわ」
 男は尚も睨みを利かせていたが、不機嫌そうに鼻を鳴らし視線を外す。
「着いて来い。貴様らに用がある」
 無論、断らせはせんぞ。低く威嚇するように呟いてから男はウマを進める。不安そうな娘に、大丈夫、と雲医者は小声で囁く。

 森を抜けると、石造りの立派な城があった。雨もいつの間にか止み、濡れた城壁が白く輝いている。雲医者たちは、まるで連行される罪人のように兵士に城内を連れられ、一際大きくて立派な扉の奥へと通された。部屋の中は豪華な装飾品で溢れており、真正面の玉座には威厳のある服装に似合わずやつれた男が腰かけていた。
「国王陛下、竜の地への侵入者を連れて参りました。何でも、雲医者だと申しております」
 雲医者に横暴に振舞っていた男が跪く。彼の言葉に、玉座の男はよろよろと、まるで縋るように雲医者の前へとやって来る。その顔に浮かんだ憔悴は気の毒なほどだ。
「そなたが、天候さえも治療するという噂の医者か?」
「ええ。そうですわ、陛下。医者というほど大層なものではありませんが、よろしければ私にお困りごとを教えて下さいませんか?」
 お役に立てるかも知れません、と言う雲医者の手を、この城の主は強く握る。
「そなたが医者でも魔女でもこの際どうでもいい。どうか、私の娘を助けてくれ」

 国王に連れられたのは、清楚で気品ある美しい部屋だった。ベッドの脇に控えていた侍女たちを人払いすると、雲医者と娘、それから兵隊長だけになった。そして、国王はベッドに横たわる愛娘の上半身を起き上がらせる。
 雲医者の後ろで、娘は思わず息を飲んだ。白い肌の美しい姫君の目はぼんやりと霞がかり、何より額の両端には森で見た竜の如く短く柔らかそうなツノが生えているのだ。
「ほんの数日前からだ。徐々にツノも大きくなっておる。恐らく、竜に魅入られてしまったのだろう」
 話を聞けば、雲医者たちが立ち入ったあの場所は、古くから伝わる竜が生まれる神聖な地なのだそうだ。姫君は、立ち入ることを許されないその場所で倒れているのが見つかり、それから熱に浮かされたように意識がないのだ。
 竜に奪われんと姫の肩を力強く抱くが、彼女は何の反応も示さず虚空を見つめるばかりである。その様子を見た雲医者はしばし考えを巡らせた後、はっきりと国王に告げる。
「陛下、私に任せて下さいませんか。必ず病を治します」
「適当な事を言うな!!もし姫様の身に何かあれば」
吠えかかる兵隊長を国王は諌める。
「よい。名のある医者どもですら一様に匙を投げたのだ。ここは雲医者殿に望みを賭けるしかあるまい」

「雲医者様、本当に姫様を救えるのでしょうか」
 兵隊長に監視されながら、娘は雲医者の薬作りを手伝っていた。薬瓶の液体を混ぜ、各地で集めた薬草を鉢で擦り合わせていく手際の良さは、医者というより魔女のように思えた。
「大丈夫よ。あなたがこれを見つけてくれたお陰でね」
 そっと取り出したのは、森で採ったアメマチダケだった。逆さにしたキノコを振ると、キノコのてっぺんに空いた穴から虹色に輝く粉末が零れ落ち、薬をぱっと輝かせる。
「姫様、お薬をどうぞ」
 誰もが見守る中、雲医者は出来上がった煌めく液体を姫の口へと注ぎ込む。こくこくと薬を受け入れると、今まで霞がかっていた瞳にすうっと光が宿る。
「お父様、私は、一体」
 姫は一言そう発した後、父の腕に倒れ込む。一瞬緊張が走ったが、姫は寝息を立てておりその寝顔は安らかである。
 仕上げを、と雲医者は先ほど飲ませた薬をツノの生え際に塗り込む。すると、額に跡も残さずぽろりと抜け落ちた。
「しばらくは姫様もお眠りになりますが、薬を飲み続ければ回復されますわ」
「そなたには、なんと感謝をすれば良いか」
国王は娘を抱いたまま涙を流し、兵隊長も雲医者へと深く頭を下げていた。

「雲医者様、なぜ再び森へと向かうのですか?あの場所は竜に魅入られる危険な地なのでは」
 城を後にした雲医者は、再び振り出した天気雨の中を禁忌の地へと向かっていた。
「それに、何故、姫様に生えていた角などを」
 薬に対して幾らでも代金を支払うという国王の申し出に、雲医者が欲したの姫のツノだったのだ。命が助かったのは良かったものの、娘には謎が浮かぶばかりだ。もやもやとした気分のまま雲医者に付いて行くと、
 目の前に広がっていたのは、虹の中で舞い踊る竜の姿だった。雨粒が当たるたびにアメマチダケは虹色の粉を吹き、ツノの生えた竜は優雅に飛び回る。日差しの中に降る雨により、そこは竜のために用意された演舞場のようだった。
「アメマチダケは、普段は地に生えるけれど、より遠くで繁殖するために生き物に寄生するの。雨が近づくと外側の皮を開き、雨を使って胞子を飛ばすのよ」
 つまり、姫に生えたツノはキノコだったのだ。
「根付く前で良かったわ。寄生したアメマチダケは脳に結びつき生き物の意思を奪い、体中を菌でいっぱいにして宿主を死に至らしめる。でも、輝く胞子に寄ってくる羽虫を食べて、この小さな竜は生きることが出来る」
「そんな危険な物だと知り、何故伝えなかったのですか」
 思わず声をあげる娘に、雲医者は悲しそうに目を伏る。
「人間に害をもたらす可能性が知られると同時に、このキノコは見つかり次第焼き払われたわ。きっと、もうほとんど残ってはいないでしょうね」
 言い伝えは、この景色を守るためにあったのかも知れないわ。虹の中で続く舞いは、永遠に続くように

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