タオル織士と皮肉屋の相棒

タオルケット=シー

 三日もたつのに、雲狩りはまだ戻らない。ルームは、地下にしつらえられた部屋のなかを歩き回りながら、毛づくろいをしているシャムネコのシャトルに話しかけた。
「もしかして、雷に打たれてやしないかな」
 シャトルはべっと毛玉を吐きだした。
「知らないわよ。それよりも、あなたは自分のことを心配なさい。これで大した雲が届かなかったら、わたしたち、いよいよ困ったことになるのよ」
 シャトルのいうことはもっともだった。ルームはまっさおになって、よろめくと、あやうく雲織り機の内側に手をついてしまいそうになった。ルームはさらに血の気を失った。繊細な雲織り機まで壊してしまったら、取り返しがつかない。
 織士としてまだかけ出しのルームに、タオル制作の注文が舞いこむことはない。だから、借金をしてでも雲を仕入れて、どんどんタオルをつくって、コンテストに出さなければいけなかった。それなのに、これまで依頼した雲狩りはことごとく、ちぎれ雲やはね雲しか拾ってこない二流のやつらだった。今度依頼した雲狩りもごろつきだったら、ルームにはもう次を依頼する金がなかったのだ。
「いい、ルーム。あなたにタオル織りの才能がないとはいわない。でも、人を見る目がないっていうのは断言できるわ。いったいどうして、あんな、うさんくささしかない男に、最後のお金を渡したの?」
 いい返せなくて、ルームは雲織り機にすえつけてある椅子に腰を下ろした。背すじを丸めて、シャトルの問いただすような視線をさけながら、たて糸をもう一度点検した。はり具合も、結び目の場所も、なにひとつ設計と狂ったところはない。もちろん、この三日間、何回見たか分からなくなるほど確認したのだから、当然だった。
 シャトルは牙をにゅっとむき出すと、尻尾を立てて座りなおした。現実逃避に雲織り機の具合をたしかめるルームのことは好きではなかった。
「ルーム」
「分かっているよ。あの雲狩りはたしかに酒びたりだったさ。それでも、ちゃんと万年筆だって持っていたし、必ずいい雲を狩ってくるって約束してくれたじゃないか」
「だから、なに? わたしだって、ネギを美味しく食べてやるって約束できるのよ。約束するだけならね」
 シャトルはしなやかにルームのひざに跳び上がると、じっと彼の目を見た。
「あの雲狩りに依頼するのを、止められなかったわたしにも非があるわ。町に出た時、もっとあなたにくっついていればよかった」
「シャトルがいたところで、ぼくは彼に雲を頼んだ」
 ルームが目をそらしながらいうので、シャトルは爪を立てた。
「いったい、あの男のなにに賭けたっていうの、あなたは! あんな男を信じるくらいなら、この三日のわたしのエサをお金にかえてでも、国家雲調達師を雇うべきだったわ。最後のお金だったのよ、最後の。これで雲が手に入らなかったら、わたしだけじゃなくて、あなたまで飢え死になのよ!」
「調達師に頼るわけにはいかない! 織士として身を立てる前に、兄さんがぼくを見つけてしまう。それに」
「死ぬよりはましでしょう」
 シャトルが口をはさむと、ルームはシャトルの耳のうしろをわざと引っかくようになでた。
「きみとタオルが織れなくなるなら、ぼくにとっては死より残酷だよ」
 シャトルは首を振って逃げると、部屋のすみに丸くなった。ルームはため息をついて、爪にはさまった毛をこそげた。
「彼にも相棒がいたんだ」
 ルームがこぼした。シャトルのしっぽがぴくりと動いた。
「シャトルは最後しか同席しなかったから、見てないだろうけど。片目のつぶれたハヤブサが、飲んだくれて机に突っ伏した彼を守るように、ずっと右肩にとまっていた。こけた胸を隠しもしないで、堂々としていた。ぼくと目が合うと、いったんだ。『織士のひよっこ、俺たちに金をくれ。雲を狩ってやる』って」
 シャトルが目を細めてルームを見た。
「ハヤブサが? しゃべった?」
「ぼくも、なにかの聞き間違いだと思った。でも、そのあと彼が起きて『ライト!』ってうなった。それから、どんよりした目でぼくを見たんだ。『なにもかも失った雲狩りに用があるかい?』そうしたら、ハヤブサがくちばしを鳴らしたんだ。『俺を忘れるな』ってね」
 ルームは、爪から目を離すと、シャトルの視線を受けとめた。
「あのふたりは、ぼくらと同じだった」
 しばらくのあいだ、ルームとシャトルはおたがいを見つめた。シャトルはだまっていた。黒い耳がぴっと立った。そのあとに、ルームにも不規則な足音が聞こえた。ルームはいそいでドアに向かった。
 そこにいたのは、まぎれもなく三日前の雲狩りだった。空っぽの酒瓶を片手に、うろんな目つきでだらしなく壁に寄りかかっている。雲を入れた袋はどこにも見当たらない。ルームは絶句した。
「死んでみるのも悪くないと思ったんだがな」
 雲狩りは歯をこすり合わせるようにして笑った。そして、ルームに向かって手のひらを差し出した。
「後金をもらおうか」
 足下に来ていたシャトルが最大限の威嚇の声を上げた。ルームは声をあらげる元気もなくなって、へなへなとその場にくずおれた。くやし涙があふれたが、顔を隠すこともできなかった。
 その時、くちばしを打ち鳴らす音がして、雲狩りの右肩にハヤブサがとまった。黄色い縁取りのある瞳を、ルームに向ける。
「なにをしている、織士のひよっこ。受け取りに来い」
 ルームはなにがなんだか分からないまま、翼を広げるハヤブサを見つめた。ハヤブサは少し首をかしげたあと、シャトルに目をやった。雲狩りがまた耳ざわりに笑った。
「本物の雲を見たことがないガキのくせして、織士を気取っていたのか」
 ルームとシャトルは目を見合わせた。雲狩りは背を向けて、ハヤブサとともに表へ出る階段をのぼっていく。そのあとを、シャトルが用心深く追った。そして、外を見たとたん、シャトルは雲狩りの前であることも忘れて叫んだ。
「ルーム! はやく来て!」
 そこにあったのは、いつものごちゃごちゃとした町並みではなかった。家の門の十倍、二十倍、いや、百倍以上の高さまで、新鮮な雲が積み上がっていて、まっしろなふわふわ以外なにも目に入らない。それでいて、雲はしっかりと光を透きとおしている。見上げながら往来を歩く人々の影が見えるくらいだ。いつもなら、風でちぎれてしまうのがもったいなくて、さっさと雲を袋のなかに押しこめるルームも、この雲を入れる袋を用意できないことくらいすぐに分かった。
「ちぎれ雲を拾うのは二流、わた雲を捕まえるのは一流の雲狩りだ。だが、最高の雲狩りはこのとおり、かなとこ雲を狩るのさ」
 ハヤブサがくちばしを鳴らした。
「もちろん、最高の織士がなにを使ってタオルを織るべきか、知らなかったわけじゃあるまい」
「こ、これなら、タオルが何百枚だって織れる。大きなタオルケットや、ジャカード風のタオルだって」
 ルームの手がふるえた。おそるおそる雲にふれると、細かい泡がいっせいにはじけたような感触がした。弾力がまるきりなくて、そのくせ指をこそばゆく包みこむ。シャトルが試しに前足で雲を玉にしてみると、おどろくほど簡単に真球になった。ルームの口がぽかんとあきっぱなしになった。
「あなたはいったい。あんなふうにくすぶるような、どうして……こんな雲、王宮織士でもそうは扱えないはずです」
「いったろう。私はなにもかも失った雲狩りだ。こいつはいまだに、最高の雲狩りと呼んでくれたが」
 雲狩りがハヤブサの胸を指でなでながらいった。そして、シャトルに目を落として、口の端をほんの少しゆがませてからルームの肩を叩いた。
「おたがい、信じられている分は信じてやろうじゃないか」
 ルームは目をしばたたかせてシャトルを見た。シャトルはつんとそっぽを向いて、いまさらながら、ミャウとネコをかぶってみせた。

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