ふわっとね

うさ月にじゅ

「イヤなことがあった時は、にこにこするようにしてるんよ」
「ふーん」
コップの底の、氷の名残りを思いっきり吸い込んで。
耳の後ろがきゅうんと寒い。
そういえば、いつも笑ってるなと、はた気づく。
「じゃあ、自分と会ってる時はずっとイヤな時やったん?」
「え?ちゃうよ。ほんまにええ時も、にこにこすんねん」
「アホの子みたいやな」
「うん。アホの子やしな」
って、2人であははと笑う。
こんなのが、かけがえのない……いや、言い過ぎや。わりといいって思えるようになったのは、この夏、風が乾いてたからだ。
ちょっと詩的な表現。
ポエミー星人。

並んで歩いた夕焼け道。すこーしだけ触れたむきだしのヒジが、いやに乾いていて、さらりと皮膚を撫でてって。
そしたら、手でも繋いでみようかなんて、血迷った脳。風が髪をなぶる。

スキとは違う。
そこにあったから、掴んでみたみたみた。ほら、な、手の平も木綿の感触。気持ちいい。スキとは違う……かな。
「えへへー」と笑う嬉しそう。
ほんまにこの子は、自分のことスキなんやなぁ。うん。
「なんなんもー!」って照れ隠し。隠しきれて無いんは承知。
そのまま歩く分かれ道まで徒歩5分。2回振り返って、手を振って。
それでも背中に感じる気配に。
カクゴがついたと思った。

「なあ、ずっと一緒におる?」
プロポーズっぽいつもりで言って。
夏の終わりの土曜日。午後5時。
分かれ道への道。徒歩5分。
「あ?どこにぃ?」
分かってないって分かる応え。
ーーうん。そうくるか。

繋いでない手の行き先を見定めて、追うとやんわり逃げる。日に焼けた指。
「もーええわ。2度とゆえへんし」
そう言えば、どう言ってくるのかなんて分かってんねん。どうや。
「うそやーん!ちゃうやーん!ちょお待ってやー!」
ほんまにアホな子や。知ってたし。

……と、どっからかトンボが2匹。自分の左側を飛んで行く。少しだけ頬をかすめた気がする。
そっか。トンボの羽って柔らかいんや……いや、気のせいかも?
トンボを見追うと、蛍光ピンクと薄青く光る空がうっすら寂しい。
ちょっとずつ、軽く。透き通ってきた大気に、もうすぐピリピリした痛みが混ざってくるのを2人共知ってるハズやんな。

「あんた、1人で毎日泣いてたら、冬なったら余計しんどいで?」
ーー 去年。
とうとう一人ぼっちになってしまったアホな子は、笑いながらメソメソするのも知ってる。
「ほんまやなぁ……みんな先に逝ってもて、しんどいわーぁ」
そう言って笑う顔が、カンにさわる。
「まぁ、しゃあないわな」
「うん。しゃあないわな」ヘラりと逃げる視線はなんやねん。
「ーーで?どうするん……何ヘラヘラしてんねん。もう笑って誤魔化さんときや」
視線を合わせる再チャレンジ。チャレンジャーな今日。チャレンジ精神なんか持ってへんと思ってたけど。
腕を伸ばすと、今度はぎゅっと掴んできたきた。
「あんたぬくいなぁ」そのぬるさに、何でかホッとして、見つめ続けて。
「いやなことがあった時は、にこにこすんねん。したらマジで、なんてコトなくなるからな」
「ふーーん」だからそれが笑ゴマや。
「……でな……でもな、ずっと一緒になんかおられへんやん」
目が細められて、歯が見える。
「そしたらもう、今度こそ笑われへんわ」
「そっか」
楽しそうな笑顔。握られた手はぬくいのに、体温が奪われていく気がする。
そして、笑うその目が、赤くなってくるのに気づいてしまった。
目を逸らして。掴み直した手を引いて。
スタバへ強引。押し込んだのは、見栄っ張りなこの子が、他人の前では泣かない事もずっと前から知ってたから。

「んで?ほんまはどうするん?ほんまにええん?ほんまにこれが最後やで?」
『ほんま』に力を込めて言ってみる。
笑ってた目が丸くなる。唇が閉じられる。

今日はひかへん。カクゴ済み。
トンボ飛んでったし。
空が遠かったし。
ポエマー怪人やし。
あ、ちゃう、ポエミー星人やし……どっちでもええわ。
「うぇっ……今……いまな……笑っててんけど、やっぱりなんてことないなんかないとか…」
コーヒーカップを無駄に撫でまわす、肩がずいぶん小さく見える。
「何ゆーてんのか、全然わからん」
「うん。わからん」
もう笑ってない目。赤いままの丸い目。
1回沢山息吸って、小さく見えた肩を逆にそらして。胸をはったのは、なんのつもりや。
「ーーだぁからなーー」
説明とかいらんねん。アホな子のくせに。
「うるさい。黙り。もうええ。ほら、うんってゆーてみ」
赤い目の下、赤い鼻を摘んでやる。
「……ぶっ…ふが…んがっうん」
「……サザエさんか!」
「はっ…はーい!来週のっ……って、今はあかんボケられへん」
少し泣きぎみの顔が、少し下を向いて、少し震えた。

コップの底の、氷の名残りを思いっきり吸って、自分の耳が赤いんじゃないかと疑って。いつもの無駄口。いつもの会話。
それから、2人であははと笑う。

赤い目赤鼻の子と、赤い耳の自分。
盛り上がりに欠けたまま、なんとなーく1日増えた重大な記念日。

一瞬黙って目が合うと、今まで見た事のない羽毛の微笑み。そんなん知らんで。なんやこれ。
とてつもなく柔らかい物で全身全霊包まれて、音速真綿で衝撃的に撫でられた気分。

こんな感じ、悪くないけどや。
トンボの羽よりふわっとね。
うん。幸せそうで良かったやん。





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