すこしふんわりしたせかいで

ぱよえん

 ある日、宇宙は優しさに包まれ、世界はすこしふんわりした。

 もうすこし、もうすこしだけ詳しく言うならば、すなわちこうだ。
 縦、横、高さ、時間という四つの次元に、突然『ふんわり』という、知覚可能な五つ目の次元が誕生した。
 これによって、星を渡る技術をもった文明は、その術を失うこととなった。地球人類と異星人の邂逅は、すぐそこまで迫っていたのだ。なんという神の悪戯か、はたまたアカシックレコードのシナリオの通りなのか。
 これにより、宇宙の法則が乱れ、全宇宙に混沌が訪れた。全ての物理法則を"再発見"し、科学技術を作りなおす必要がある。それは、もしかしたら、星を渡る技術を持つ文明は、絶滅し、もしくは新しい物理法則に適した体を求め、世代交代を繰り返し、また一からの、いや、ゼロからの進化をたどる必要があるかもしれない。幾つものエポックを重ね、シンギュラリティーを突破し、この少し『ふんわり』した世界で、生命と文明を取り戻す。
 そんな恐ろしいほどの混沌が全宇宙を覆ったのだ。

 ただし、地球を除いて。

 ああ、青き惑星地球。美しきマザーシップ。
 そこに暮らす星のきらめきのような命たち。
 幸か不幸か、彼らはまだ充分に進化を遂げていなかった。重力という軛(くびき)に囚われ星を渡る術を持たない文明の子(※1)。その知覚はあまりにも鈍く、世界が『ふんわり』したことに気づいた者など皆無であった。

※1……ここで言う「星を渡る技術」とは光の速度を超えて移動する手段を指す。もしかしたら星を渡る技術を持つ文明にとって『ふんわり』は五つ目の次元ではなくてもっと高次の新しい次元だったのかもしれない。

 いや、何事にも例外がある。いやいや、例外の方が多すぎる。こと、この地球に於いては。こと、この、日本に於いては。
 正確には『ふんわり』を知覚できる人間などはいなかったのだ。しかし、ある種の頑固な職人たちが、いっせいに店を閉めた。曰く「思い通りのものが作れなくなった」からだという。そう、彼らの作る"もの"だけが、地球上に於いて、唯一第五の次元『ふんわり』の影響を大きく受ける製品であり、熟練の職人は『ふんわり』自体は知覚できなくても、その"もの"の出来栄えの変化は敏感に感じ取っていた。
 その"もの"とは、ラーメンの麺であり、日本の麺職人が一斉にのれんを下ろしたその日から、地球人は戦い始めた。ラーメンを取り戻すために。正体不明の何かと。『ふんわり』という新しい次元と。

 一方その頃、当然ではあるが、麺の提供を絶たれて困っている職業があった。ラーメン屋である。麺がなければラーメンは作れない。製麺所に無理を言って、以前と全く同じ製法で麺を作ってもらっても、なんだかしっくりこない。端的に言うと、不味い。コシがなく、すぐ伸びる。どれくらいすぐ伸びるのかというと、麺をスープにいれたらもう伸びている。麺を口に入れ、別途スープを飲んだほうがよっぽど旨いのだが、これをやると腹の中で麺がふやけてひどい胸焼けがする。当然、自家製麺でも上手くいかず、メニューからラーメンを外す店が続出した。
 定食などをやっていた店は定食屋として再出発を果たした。しかし、ラーメン一筋でやってきた店は、他のメニューへの転換が難しい。店舗が麺に特化した設備になっているからだ。こうした店は、廃業するか、もしくは他の麺料理屋へと業態変換が行われた。
 多くのラーメン屋はうどん屋として再出発をすることになった。これにより、コシのないさぬきうどん、やたらと太い稲庭うどん、温かいつゆに浸かった水沢うどんなどが全国に広がった。また、新しいうどんジャンルが各地で勃興した(※2)。

※2……その最たる例が横浜家系うどん、うどん次郎と次郎インスパイア系うどんである。

 このとき、うどんではなく他の麺類に鞍替えしたラーメン店も多々ある。例えばフォーなどがその一つである。米粉の麺を利用した、越南を中心とした地域で食べられれている麺類である。そのスープには鶏ガラや牛骨などが用いられるため、ラーメンのノウハウが活かせるというわけだ。しかし、これは幾つかの大きな賭けを行わなくてはならない。最大の賭けは"客層"の変化に対応できるかだ。つまり、ラーメン屋の中心客層は男性。一方、東南アジア料理の中心客層は女性である。常連客はフォーを受け入れてくれるのか。あたらしい客層を取り込むことができるのか。はたまたそっぽを向かれるのか……。

 丼屋に鞍替えしたラーメン店も多い。もともとライスを出していた店は、ライスにラーメンの具をトッピングしたラーイス(※3)など、独自の丼文化が花開いた。
 また、チャーシューの技術を極限まで極め、さらにはローストビーフとの融合まではたした進化系チャーシューを惜しみなく使った、富士山盛りローストチャーシュー丼など、肉メシ系丼が驚異的速度で進化を遂げた。
 進化が早すぎて、あっというまに味の特異点を突破したラーイスは、"高さ"を競う時代に早々に突入した。いかにうず高く盛り上げるか。高ければ高いほど良い。写真投稿サイトには富士山盛り、いやチョモランマ、いやオリンポス火山大噴火盛りなど、驚きの盛りの丼をペロリと平らげる美女の写真が乱舞する。

※3……ラーメン+ライスの造語でラーイスである。ライスにチャーシュー、ネギ、メンマ、ナルト、味付きひき肉、タマゴなどを載せ特性のタレをかけたものが多い。また、ライス自体を鶏がらスープで煮込んだものなど、様々なバリエーションがあり、ポストラーメン屋の大本命であると筆者は考える。

 さて、あるものは地獄を見、あるものは天国を見て、そしてまたあるものは新しい物を生み出し、そしてまたあるものは……ただただ挑戦を続ける。
 麺がコシを取り戻したのは全くの偶然だった。もはや頭のおかしくなった職人が、麺にいろいろな音楽を聴かせ始めた。するとどうだ、サンバを聴かせたときはコシがでることを職人は発見した。
 実はこれは、音楽を聴かせたのが良かったのではない。リズムが重要なのだ。職人は無意識のうちにサンバのリズムに合わせて麺を混ぜ、叩き、寝かせ、製麺していた。これが『ふんわり』という次元にも打ち勝つ強いコシをだしたのだ。
 麺の製法を編み出した職人は苦悩した。この秘密を自分だけのものにすれば世界で唯一ラーメンの製麺ができる工場として栄えることができる。だが、ラーメン界のためにはこの方法を広く広めたほうがいいのではないか……。
 苦悩の結果、職人は「サンバを聴かせる」という方法を公表した。が、聴かせるのではなくてリズムが大事ということには気づいていないため、誰も再現ができない。「あの親父、適当な事をぬかしやがって」と、業界から爪弾きにされてしまった。しかし、職人はラーメンの麺が打てる。世界で唯一のラーメンの麺をもって営業をかけると、旧知のラーメン屋は全て店をたたむか、鞍替えをするかしていたため売れず。職人は一代決心をし、単身ブラジルに飛んだ。そこで自家製麺のラーメン屋を始めたのだ。サンバのリズムで麺を打つ職人の店には陽気なブラジリアンたちが集まり、毎日がサンバカーニバル。ラーメンは飛ぶように売れ、バインバインの若い娘と結婚、巨万の富を得て、優雅に暮らしたという。 コシを取り戻したラーメンは、サンバのリズムと共に世界に広まった。日本からではなく、ブラジルから。

 宇宙は優しさにつつまれ、世界はすこしふんわりし、かの地にラーメンが根付いた。
 地球人が星を渡る技術を手に入れるのはまだ当分先の話である。

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