記憶の感触

芳果

「安東さん、社長から桃」
 外まわりから帰社すると、事務員から熟れた桃をひとつ、手渡された。
 毎年、中元の季節になると得意先から送られてくるものだ。生果を1ケース事務所に送ってくる神経が分からない、全員に配るには足りないし、全員が事務所にそろうタイミングも限られているのに切って分けろとでも言うのか、と事務員たちが届く度にぼやいているのを聞いていた。最終的には、このような場合には社長から「女の子たちで配るように」とお達しがあって、事務員たちは1つずつ自宅へ持って帰ることになる。何故女性陣だけかというと、男性よりおそらく人数が少ないから分けやすいのだろうし、それを喜ぶのも女性に多いからだろう。
「いつも女性陣で配るやつだよね?」
 例年なら余りはしないはずだ。
「今週、里中さんがいないからひとつ余るのよ。新婚旅行から帰ってくる頃には腐っちゃうから、もったいないじゃない」
「俺じゃなくても誰か」
「独身者は剥くの面倒くさいって言うし、妻帯者や実家住まいは持って帰るのが面倒くさいって。安東さんは普段自炊してるからいいでしょ」
 自炊しているといっても余計な手間は増やしたくない。
「だったら佐々木さんにあげるよ」
「いいから! たまには果物食べた方がいいのよ?」
 それは自分だけではなく他の独身者にも言えたことだと思うのだが、そう言い切る佐々木はちょうど鳴り始めた電話に出るため急いで自分の机へと戻り、会話はそこで打ち切られた。
 桃なんて久しぶりだ。もともと果物が好きではない上、桃はその中でもむしろ嫌いな類に入る。あの甘ったるさが嫌いだ。果汁がだらだら出るのが嫌いだ。果汁で手がベタベタするのも嫌いだ。実家にいた頃、父親が好きで夏になると必ず食卓にのぼって嫌々食べさせられたのも、桃嫌いに拍車をかけた。更に。
(あの女が好きだった)
 蜜月の頃はそれでも食卓に並べばつきあって食べたが、それもどのくらい前だったのか思い出せない。いつしか出されても手を出さなくなり、そのうち切り分けた桃をのせた大皿は食卓の中央に置かれずに、彼女と息子の間に置かれるようになった。息子は桃をよく食べた。幼児は甘いものが好きだからだろうか、ネクターもよく飲んだ。
 桃は他の果物と比べても、より記憶と密接に繋がっている。家庭の記憶と。
 それは今の自分にとっては苦いものでしかない。
 実家に寄れば小言が返ってくるので足が遠のくようになり、女は自分から息子の親権を奪い家を出て行った。もう何年も前の話だ。
「渡辺、やるよ」
 既に帰社していた隣席の後輩に声をかける。
「それ、さっき俺も佐々木さんから言われたんですよ」
 後輩は安東の言動を推測していたのか、PCから目も離さずに言った。
「お前はどうやって逃れたんだ」
「俺んち包丁ないんす」
「んな訳ねーだろ! お前、嘘吐くならもっとうまく吐けよ」
「いやだから本当ですって!」
 あまりにも無理がある言い訳につい声を荒げて後輩に応戦していると、向こうの机の島から佐々木が睨んでいるのが見えた。「ひえっ」と渡辺が身をすくめる。
「……いや、桃は皮に栄養があるらしいから剥かなくてもいいらしいぞ」
 声を幾分ひそめて桃を押しつけようとすると、反対側から渡辺が押し返す。
「剥かなくていいなら条件同じじゃないですか」
「俺は桃が嫌いなんだよ」
「奇遇ですね、俺もです」
「お前より俺の方が嫌いだ」
「何すかそれ。子供っすか。ところで俺の実家知ってます?」
 渡辺が別の方向から攻めてきた。自分のスマホをスクロールし始める。
「山梨は桃の生産が日本一なんですよ」
 言いながらスマホの画面を安東の鼻先に突きつけた。
「先日実家から届いたんです。会社に持っていきたくなかったから近所には配ったんですが、正直もう増やしたくないんすよ。俺の勝ちっすね」
 ケースいっぱいに埋まった桃が映っている画面を印籠のようにかざしながら、渡辺は不敵に笑った。安東の完敗だった。
「チッ……ん? じゃ包丁ないってのは嘘か」
「嘘じゃないす。うちじゃ剥かずに食べるんで」
 しれっと言う。
「は? 知ってたのお前?」
「知ってたつーか、いちいち切ってたらちっとも減らないすもん。両親も爺ちゃん婆ちゃんも丸かじりでしたから、そういうもんだと子供心に思ってました」
 どうやら安東は押しつける先を完全に失ったようだった。渡辺との押し問答に手こずったため他をあたる気力はもう失せたし、これ以上騒いだら佐々木の機嫌を損ねかねない。いつも担当の得意先へ在庫を融通してもらっている身としては心象をこれ以上悪くするわけにはいかなかった。
 とはいえ、自宅まで持ち帰ったはいいものの、その晩は触れる気にもならず食卓に置いたままにしておいた。邪魔ではあるが、だからと言って食べ物を腐ってもないのに捨てるのも気がひけた。翌朝も忙しさにかまけてそのままにして出勤した。
 帰宅後。玄関のドアを開けると、芳しい甘い香りが鼻孔をくすぐってきた。芳香剤かと思ったが、そんなものは家にはない。部屋中に広がる香りの正体には、しかし辺りを見渡すうちにすぐに気がついた。食卓におかれた桃だった。
 こんなに匂うものだったか。日中閉め切っておくと、こんなに漂うものなのか。仕事でよく扱う商品に添加されている人工的な「ピーチの香り」とは全く違う。久しぶりに本物の桃の香りに触れて、ああ、確かに桃の香りとは本来こういうものだったなと気づく。滅多に触れなかったし、食卓に並ぶときはいつも誰かが切り分けた後だったから、実そのものが放つ香りをすっかり忘れていた。
 香りが漂う空間に慣れないながら、換気をして追い出す気には何故かなれずに、そのまま着替え支度をして、食事を済ませた。つけたTVがCMに入る度に、ふと食卓の桃へ視線を転じている。こいつはこんなに能弁だったのか。
(1個でこれだと、渡辺の部屋はどんなことになっているんだ)
 さぞ甘ったるいことになっているのではないか。そもそも、実家にいた頃から夏は桃が途切れることがなかったそうだから、この香りは慣れっこなのかも知れない。あるいはこの香りを嗅ぐと実家を思うのかも知れなかった。想像して、翻って自分には実家の香りの記憶も、自分がかつて築いた家庭の香りの記憶もないことに気づく。生活をしていれば、そういった感覚のひとつやふたつはあるのかも知れない。要は、自分にそういった感覚が欠如しているのだ。
 人並みに結婚したり子を成したりはしたものの、それを維持できなかったのは、結局は何かが欠けているのだ。それを実証するように、今ひとりで生活していても何の不自由もない。
 いつもは目を背けている思考に久々に浸かり、鬱々とし始めたところで、ふと我に返る。こんなことを考え始めたのも、桃を手にしてからだ。桃は思い出させるものが多すぎる。
(どうせ腐らせるのなら、いっそ捨ててしまうか)
 ゴミ箱へ投げようかと掴もうとしたそのとき、掴む寸前のところで手のひらに触れた感触にハッとした。やわらかい実を覆う産毛の感触に覚えがあった。
 我が子の頬だ。そっと触れる。記憶は帰宅するととうに眠りについていた幼児の頬に触れる、あのときをなぞっていた。同じ子の頬でも感触は生まれたての頃、赤子の頃、と成長を追って変わる。ただそれだけでも、触れる肌から伝わる感触に喜びを得ていた。そんな頃もあった。そんな頃もあったのだ。自分にも。
 桃は思い出させるものが多すぎる。
 安東はやわらかい実を崩さぬようにそっと持ち、産湯につけるように水をかけて洗った。そして親子がふざけあって顔に食いつくように、桃に歯を立てた。

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