王様

ミチミチル

「なあ、田中。いつまで続けるんだこんなこと」
「しょうがねえだろ鈴木。俺だってもう限界だよ」
「そもそもこうなったのは田中のせいだろ。これからどうするんだよ。このままずっと続ける気か?」
「そういうわけにもいかねえだろ……よし、俺に任せろ」
 さきほどから続けていた正座を崩し、田中はその場に立ち上がった。案の定、ヤツに見つかってしまう。この場を支配する絶対的な力を持つ、ヤツに。
 田中の喉仏が上下した。額に汗が滲んでいる。やっぱり無茶だったんだ、こんなの。俺は田中のシャツを掴み引き止める。しかし田中はこの部屋に響き渡るような大声で叫んでいた。
「おい、てめえ、いつまでこんなこと続けるんだ!」
 ヤツは、その目に鋭い光を宿らせて、逆らう男を睨みつけた。
「貴様、誰の前にいると思っている。不敬であるぞ!」
「うるせえ! 誰の前にいるかだって? 王様だよ!」
 頭の上に金色に輝く王冠を載せた王様は、椅子に体を預け、足を組み替えた。
 この場の支配者である彼に、俺たち平民が逆らうことは許されない。
 なぜならこれは――。
「もういいかげんにしろ加藤! なんで合コンでこんな目に合わなきゃいけねえんだよ! クジで当たっただけの王様のくせによ!」
 王様、もとい加藤の席の前には、先が赤く塗られた割り箸が置いてあった。何も塗られていない割り箸も五本、テーブルの上に並べられている。
 ダンボールを適当に切って今日の昼に十分ほどで作り上げた王冠が、加藤の頭の上で輝いていた。剥がれかけた金色の折り紙をものともせず、加藤は威張ってみせる。
「吠えるな。そういうゲームであろう」
「ちげーよ! 王様になれるゲームだけどそういう意味でなれるわけじゃねーよ! 誰だよ加藤連れてきたの!」
「お前だよ」
「そうだよ俺だよ! 大学入ってまだ合コンもしたことねえって言うから連れてきたら王様ゲームしたこともねえって言い出してよ! んでクジ当たったからどんな命令するかみんなでワクワクしてたら、なんだよ、傅くのじゃって! 女子の顔見たかよ!」
「ウケてたではないか」
「そうだよウケてたよ! 女の子たちみんなきゃーおもしろーいって手叩いて笑ってたよ! 悔しいくらいウケてたよ! でも問題は次だよ! なんだよ、この国は余のものであるって!」
「ウケてたではないか」
「引いてたよ! 顔ひきつらせて何この人キモいって引いてたの!」
 田中はテーブルを両手で何度も叩き、頭を抱えた。
 そろそろ俺もソファに正座した足が痺れてきた。
「なあもうやめようぜ王様。せっかくカラオケ来たのに王様の王冠で画面が見えないんだよ」
「そこはどうでもいいんだよ!」
 田中は喉を枯らせて叫ぶ。
 しかし王様は目をまん丸にさせていた。
「え、マジで? じゃあ脱ごうかな」
「脱ぐのかよ! いやもう脱げ!」
 王冠に手をかけた王様は、持ち上げる、と見せかけて頭の上で両手を振った。
「なんちゃって。脱ぐわけがなかろう。あっはっは!」
「王様ウケる。あっはっは」
「やまかしい!!! お前らマジではったおすぞ!」
 怒鳴られてしまった。この緊迫した状況を和ませてやろうとしただけなのに。一方王様、ご立腹。
「はったおすとは何事か! 不敬である! 貴様を歯茎に刺さったポテチで一週間過ごす羽目になるの刑に処す!」
「ああもうなんでこんなことになったんだ」
 頭を抱える田中。彼の目に光るものが見えた。
「ところでおなごはどうした? 合コンだというのにおなごがおらぬではないか」
 部屋の中には俺たち男三人だけしかいない。
「王様がお花を摘んでいる間にみんな帰ったよ」
「なに! なぜだ!」
「王様が王様続けてるからだよ! あれからどんだけ経ったと思ってんだ!」
「余は余の時間で生きておる」
「うるせえ!! あれから三時間経ってんだよ! お前の命令で飯注文して歌うたって肩揉んで三時間だぞ! 何が楽しいんだよ!」
「余は楽しい」
「そりゃお前は楽しいだろうよ!」
「さきほどから不敬であるぞ! 爪の間に挟まったポテチの粉で一週間過ごす羽目になるの刑に処す!」
「さっきから何が面白いんだよその刑はよ! 鈴木! お前も言ってやれ!」
「一週間じゃなくて一ヶ月の方が面白いっす」
「うーむ……確かに!!」
「確かに!! じゃねーよ。鈴木お前も参加してんじゃねえよ!」
「だって俺参謀だから」
「お前参謀なの?」
「そやつは参謀じゃ。貴様は平民。そして余が王様。ふぉっふぉっふぉ」
 とはいえ、参謀の俺もさすがに疲れてきた。そろそろ王様にはご退席願おう。
「ここは参謀の俺に任せろ、貧民の田中よ」
「平民だよ。いや平民でもねーよ」
 参謀の俺は、ふんぞり返る王様の側に傅き、彼の立派なお耳に口を寄せ、ヒソヒソとつぶやいた。うんうんと何度か頷いた王様は、高笑いを始めた。
「なんだよ、キモいな。なに言ったんだよ」
「女の子の連絡先教えてやるからもうやめようぜって」
「おお、いいじゃん! どうせすぐやめるだろ。所詮王様も男だからな」
 高笑いをやめた王様は、いいのけるのだった。
「もう女の子の連絡先とかどうでもいいわ!」
「全然ダメじゃねーか!」
 田中のチョップが飛ぶ。理不尽。
「絶対いけると思ったんだけどなー。王様、なんでどうでもいいんですか?」
「……余が最初にこの部屋に入ってきたとき、あやつら余の事品定めしてたのじゃ……んで、イケメンじゃないじゃんってぼやいてたのじゃ……」
「イケメンが来るなんて誰も言ってねえだろ。聞き間違いだよ。な、鈴木」
「あ、ごめん俺言ったわ。ノリで」
 田中のチョップが飛ぶ。理不尽、じゃない。
「もういいの! 余は王様続けるの!」
 王様がお拗ねになられてしまった。こうなるともう我々参謀と平民は、拗ねた王様の捻くれた王政に屈するしかない。これからは参謀として平民を酷使して生きていくしかないのだろうか。
 俺が苦悩に頭を抱えていると、ポケットに入れていた携帯電話が震えた。メールだ。
「カヨちゃんだ。これからみんなで飲もう、だって」
「なんだよ鈴木、ちゃっかり連絡先交換してたのかよ。ま、俺もなんだけどな」
 と、今度は田中の携帯にもメールが届いたらしい。
「噂をすればなんとやら。サヤちゃんからだ。なんかまだ三人で飲んでるみたいだな。よっしゃ誰か誘って行くか。王様は女の子より王様が大好きでお遊ばれるらしいし」
「だな。夜も遅いしワンチャンあるかもだぜ」
 それからの加藤は速かった。
 即座に王冠を脱ぎ捨て、佇まいを直し、財布と携帯をポケットに無理やり詰め込んだ。
「王様ゲームとかもうやめようぜ。女の子帰っちゃったし。ほら、また続きするんだろ? 場所は? 次は俺らも飲むか? あ、やべ、ポテチ歯に挟まったうけるぶぐぉ!」
 元王様の顔面に田中の飛び蹴りが炸裂した。
 大きなヒビが入った俺たちの友情は、元王様の土下座によってなんとか崩壊を免れた。
 合コンの二次会は加藤抜きで開催されることになり、俺達の間で王様ゲームはしばらく禁句になった。

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