メッセージ

平 啓

「ほう、小説を書いているのかね?」
 健康カウンセラーの言葉にギルバート・メッシュ君は頬を赤らめた。
「ええ、最近ちょっと。単なる手慰みですが」
「いやいや、外界と隔絶された密室で、熱中できる趣味があるのはいいことさ。だが最近は、あれのせいで疲れがたまってないかい?」
 そこでカウンセラーのキドー氏が視線をむけたのは、ディスプレイの一つに映る彗星だ。何十年ぶりの回帰で、天体観測衛星の観測員の仕事はここ数ヶ月、詰めきりの状態が続いていた。健康データは毎日自動送信されていたが、臨時の対面診察とのことでのカウンセラー訪問である。
「いえ、星が好きでやっと就いた職ですから」
「そう言えば、観測員になるため四回も申請しているね」 たいした熱意だ、とメッシュ君の過去ファイルに目を通したキドー氏は、探るように上目遣いを向けた。
「もしよかったら、その熱意のもとを教えてもらえないか?」
 相手の真意がわからず、メッシュ君は激しく瞬きした。おそらくメンタルカウンセリングの一環かと思うものの、好きは好きだという以外、どう話したものかわからない。しばし首をひねるメッシュ君に、キドー氏はそうだ、と手をたたいた。
「君の小説をみせてくれないか? もしかしたらその中に理由が隠されているかもしれない」
「と、とんでもないです!」
 思わず声が裏返った。未熟な創作物を見せるなど全くの羞恥プレイだと、息も絶え絶えになる。しかし。
「そうかい、それは残念」
 扁平なキドー氏の額にしわが寄るのを見て、にわかにメッシュ君の心中に恐怖がわいた。ここでの拒否は査定に響くのではないか、およそ「臨時」というのが胡散臭く、定期の健康データに、何か問題でもあったのだろうか。もし、この先の勤務存続に関わるとしたら。
「え、ええ、あまりにつたない文章なので、直には……」
「口頭でのあらすじでも結構ですよ」
 平べったいキドー氏の顔が輝いた。

 狭い観測室は様々な計器の光で囲まれ、壁の一面は地球やコロニーからのニュースの流れるディスプレイが並んでいる。その一つにメッシュ君が再生したのは、一年ほど前のニュース番組だ。百年以上前の内乱で行方不明となり、その後粉々の破片になって発見された太古の大杯が、ようやく復元されたという内容だった。
「書こうと思ったきっかけは、これなんです。この大杯に、当時の作物や家畜、人々、祭祀の様子が描かれているんですが」
 ここ――と、メッシュ君は大杯の上部に描かれた人物達を示した。
「彼らは紀元前数千年にして高度な灌漑技術と度量衡システム、文字を発明しました。ところが、彫りの浅い顔の特徴から周辺の民族とはどうも人種が違うらしく、どこから現れたのか不明、しかもいつの間にか歴史の流れの中に消えてしまっているのです」
「ほう、ミステリーだね。おもしろそうだ」
 キドー氏の興味深げな相槌に、メッシュ君は励まされる。
「なぜかこの大杯に強く惹かれまして、調べているうちにイメージが湧いてきたんです。もしかしたら、彼らは宇宙からきたのではないかと」
 宇宙人とはいえ彼らの本質は精神生命体で、有機生命体を宿主としており、ここが僕のオリジナリティですと、メッシュ君は少しばかりの自負を込めた。
「物語は、彼らの移民宇宙船が不測の事故をおこし、二つの川の間にある野に不時着したところから始まります」
 野の名を告げると、キドー氏がおもしろそうにうなずくので、メッシュ君の内に自信が小さく芽生えてきた。
「宇宙船はもとより通信装置も故障し、彼らはとりあえず、この地で生きていくことにします。けれど、時間が経つにつれて様々な機器も使えなくなり」
 彼らの文化レベルは大きく後退、一次産業からの建て直しとなったが、大規模な干拓事業を経て、数十倍もの収穫倍率の麦を生産するまでになった。
「有機生命体の個体が短命ながら、宿る精神生命体は宿主さえ確保できればほぼ不死なので、様々な知恵を与えることができたのです」
「その有機生命体は、自我をもっているのかね?」
「ええ、DNAを改良して宿り易くしていますが、パートナーとして自然に共生状態を受け入れています」
 キドー氏の突っ込んだ質問に、メッシュ君の舌はますます滑らかになる。
「しかし、問題が持ち上がります。労働力の確保のため周辺の民族を都市に取り入れていくうち、宿主との混血が進み、共生できない個体が増えていったのです」
「精神生命体の存亡の危機だ!」
「まさに! なので、彼らは母星へ助けを求めるべき通信装置の開発にいそしみました。長い時をかけて」
 成功させたそれが、と大きく息を吸ったメッシュ君は再びディスプレイの大杯に向き直り、今度は下段の図象を指し示した。
「これなんです。一般には小麦とナツメヤシ、または亜麻と見られていますが、これこそ星間通信機」
 光・思念波同調装置――!
 観測室に降りる、いきなりの沈黙。大杯の映像を見つめていたメッシュ君であったが、これに気づくとおそるおそるキドー氏を振り返った。その見開かれたドングリ眼を認め、咳払い一つ。
「ええ……精神生命体の思念波は光に乗せ易いので、太陽の光に乗せて外宇宙へ発信させて」
 余りに突拍子もなかったかと自信と声がすぼんでくる。
「も、もちろん送信と返信には膨大な時がかかります。けれど、彼らは自分たちの長命に賭け、以来星の光をひたすら追うことになりました」
 星の光。故郷からのメッセージを乗せた光。
「でも数千年を経て、彼らの絶望は大きくなります。いつかメッセージが届くと文書に残すものの、仲間と希望は失われるばかりでした。そんな時」
 輝いた光。――声は届いた。救いの時は近づいた。
「受け止めたのは数人でしたが、宿主の意識の底に沈むばかりだった彼らの気力を奮い立たせました。そして更に長い時が流れたものの、ついにはっきりとした救助信号を受け止めたのです。そのメッセージは定期的に送られ、彼らの消えゆくばかりの意識を、そのたびごと覚醒させていきました。その光が」
 あれです、と、メッシュ君が目を向けたのは、ここ数ヶ月の観測対象である彗星の映像だった。太陽に近づき発光する尾を宇宙空間に広げる、その姿。数十年ごとに送られる、希望のメッセージ――助けは近い。
「それはまた」
 笑いを含んだキドー氏の言葉が、背後からかけられた。
「壮大な物語ですね」

 観測データを地球に発信して後、ギルバート・メッシュ君は自作小説を記した端末機を開いた。読み返すほどに素人臭い穴だらけの設定ではあるが、ひたすら星に焦がれてきた自分の軌跡のようで、ひどく懐かしい感慨が胸を満たした。ふと周囲を見回し、一人でいることの不思議を覚える。計器の光とディスプレイに流れるニュース。
 むろん、誰がいるはずもない。

「数千年を経ての帰還は、我らにとっても奇跡だよ。よくぞ辛抱強く、希望を捨てずに覚醒を繰り返せたものだ。切れ切れの記憶を紡いで、無事思い出せてよかった」
「我ながらかなり強引なつなげかたでしたね。一時は消滅を願うほどでしたが、ぎりぎりでメッセージが間に合って運がよかったです」
「解析に時間がかかってね、初めの内は数百光年のアタリしかとれなかった」
「でも二千数百年前の最初のメッセージは、とてもクリアに届きましたよ。近場にいた仲間は全員が覚醒しました」
「それはおかしいな。我々のメッセージが届きだしたのは千年前からのはずだが」
 怪訝な思考を交わした彼らの宿主の扁平な顔が、宇宙船の窓に映る。
 太陽が遠ざかるにつれ、彗星の輝きも幾万の星光のなかに溶けていった。

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