連作「遠からず」-みそひと物語-

不知詠

【カイロ】

駅前で売りさばかれる六桁のアラビア数字に師走を思う

この売り場から当選が出ましたと飾り立てられている鳥籠

千金の影を追う人の早足の靴のかかとの擦り減っている

ため息が集まる市営公園のベンチは青く空は眩しく

北風よ擦り傷に沁みるくらいならエオリアン・ハープを奏でてよ

旋律は任せて宙に渦巻いた枯れ葉の気ままなパーカッション

その銘を〈Amyr-アミール-〉とされた銅像が指の小鳥を愛おしく見る

幸福な王子の嘆く声はなく氷雨に融けてえぐれる胸部

爪先へ悲しく触れるあなたには温度を分けてもらえないから

からっぽのふところへあがなった夢カイロ代わりのバラ三百円



【アイス】

アイスから当たりが出たら告白をしようと決めて始まった夏

ガリガリというには少し柔らかい薄青色に甘やかされて

冷たさに麻痺する味覚この舌が動かないのに安堵している

地に落ちて命を絶ったアイスすら蟻を誘っているというのに

夏が終わるもう一本だけ食べてみる「それ好きねえ」と笑われるぼく



【子守歌】

六月に出会うカエルとカタツムリぼくらで旅に出ようじゃないか

さしあたり虹を目指そういつだって美味しそうだよあの輝きは

むらさきの雲に向かってひと跳びと友だちを待つ淡いひととき

雨粒に青空の味が染みていてさわやかだから午後は晴れるね

葉脈をうるおす緑お砂糖と香辛料を混ぜたみたいに

太陽のしずくが溶けて水たまりは黄色く冴えるあちらこちらで

いじわるなカラスの声は遠ざかり風はオレンジ色を振りまく

見た目にはほの酸っぱくてヘビイチゴさあ歩こうか赤く明るく

いちめんに虹が注いでいる場所でウソがさえずる甘い子守歌

たっぷりと音色のパイをたいらげて気持ちのままにおやすみなさい



【アイス】

いつだって六分の一の友情を試されるからピノが嫌いだ

めずらしいハートの芯を突き刺してこれあげるねときみが囁く

口内をとろけさせたのはチョコなのか熱いアイスなのかそれとも

楊枝でも間接キスになるよねとうそぶいてから照れている指

それからは六分の五も友情を示されるからピノは嫌いだ



【しびれ】

公園で父のほうったゴム球のたなごころまで響く感触

ひぐらしを聞きつつ息を切らしつつキャッチボールは笑顔でつづく

将来はメジャーリーグへ行くんだと夕日に映えて弾ませた声

道へ出た悪送球を追う我を追って出た影我より広く

日々をともに過ごした人よ白布に隠れる前のほのかな笑みは

運命のゲームセットは黒星の通夜に染みゆく蝋燭の音

耳鳴りと呼吸の味と心臓の鼓動を恨む涙が出ない

間違っていようが他にすることもなくて埃をかぶるグローブ

その春は父の母校が優勝を飾ったようだ高校野球

午後六時壁かけ時計が我にのみ六年を知らせる鈴を打つ

裏庭は閑静なまま凍てついて夏の日差しを柔らげていた

気まぐれに取ったバットは短くて生命線がしんと疼いて

軽すぎる負荷では汗をかけなくて地面を濡らし日は沈み切る

約束を反故にしかけたのはだれか誓う未来は彼方だろうか

一睡もせずに迎える早朝に烏は鳴かず銀鳩が飛ぶ

また夢に落ちていいのか軒下に風鈴が鳴る弾むリズムで

球場を切り裂く打音全員が見上げる空に雲ひとつなく

手のひらのしびれをぐっと握りこみ失せないように天へ捧げる

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