親子探偵あらわる

小林某

【前回までのあらすじ】
 藤山犬吾は、いまでこそ学校教師という職をえて、生徒からも信頼篤い、りっぱな中年男性ですが、かつてばくちという悪癖に悩まされ、破産すんぜんにおちいったことがあります。ばくち狂(きょう)というのは、一種の精神病ですから、不治の病とまでは申しませんが、それでもかんたんによくなるようなものではありません。彼は実は、いまもまだ快癒したわけではなく、ただ境遇のみ脱することができたのは、その代償として、べつの趣味を行うようになったからです。
 その趣味とは「応募」をすること。つまり彼は、チップの代わりに、はがきをBETするようになったのです。よくしたものでこれならば破産の憂き目を見ることなく、健全にスリルだけを、味わうことができるというわけです。その対象は雑誌に載っている懸賞にはじまり、愛飲している発泡酒、テレヴィジョンの観覧募集など、さまざまに広がってゆき、そのうちには応募できるものであればなんでもいいということになって、文学賞に原稿を送ったこともあるほどです。
 こういうものはいつもいつも当たるはずはありません。それどころかこれまで一度も当たったことなどないのです。それでもめげずに続けてこられたのは、彼の目的が、だんだん当選することから離れていったからです。元々只の紙っきれが、手をかけてやることで、価値あるものになって返ってくるやもしれぬ、こう想像することが、いつしかばくち以上に愉快になっていたのでした。しかしそのものにはなんの罪もないこの新たな趣味が、彼を破産にもおとらぬ一大事件にまきこむことになってしまうのですから人生は皮肉です。彼の人生を狂わせたもの、それは新薬の臨床試験への、参加募集のはり紙です。彼はこの実験に参加した二週間後、行方知れずになります。
 そして、今日もまた、人間を失踪せしめる、おそるべき臨床実験が行われようとしています。

『新薬の効果』
 帝都のかたすみに〈しらとり薬品〉という小さな薬局があります。看板にはむつまじく寄りそったハクチョウ親子のマークが大きく描かれていて、アベックの待ち合わせに使われることも少なくありません。これが夜になると、ぶきみに変ぼうします。子をいつくしむ母鳥が、なぜだか我が子を喰らっているように見えてくるのです。雨露にはりついたよごれた瓦斯が、涙のように見えるのです。
 こんな大人でもビクついてしまいそうな裏通りを、少年がひとり、コートをなびかせて平気で歩いてゆきます。そして薬局の呼び鈴を、背伸びして、押すではありませんか。そうして中へと、入ってゆくではありませんか。なんとへんてこれんな光景でしょう。いったいこの子は、幽霊ではないのかしら。
 扉を抜けるとすぐに、会議室のようなだだっ広い部屋です。机が整然とならべられていて、机の前にはそれぞれひとりの人が座っています。みんな若い男女ですが、一番年若なのはいま入ってきた幽霊少年です。しばらくはみんな、おっかなびっくり、目をパチクリしたり、顔を見合わせたり、なにがおもしろいのか笑ってみたりしていましたが、誰も話をするものはありません。少しすると、べつの部屋に待機していたらしい、黒服の調査員が、数名入ってきました。いかにも屈強そうな男たちでしたが、そのうち一人だけ、三十代くらいの女性がまじっています。ピッタリとした黒のスーツを着こなして、髪はひっつめで、目鼻立ちは整っているようなのに、まるで歌舞伎役者のような、いやに厚いお化粧をしています。
 被験者たちにはそれぞれ、たばこの箱くらいの大きさの、黒い箱が与えられました。指示にそってふたを開いてみると、はたしてそこには飴玉のようなものがゴロゴロ転がっています。先ほどの厚化粧の女性が説明をはじめます。
「これがみなさんに試していただくお薬です。といって、みなさんは病気じゃありませんから、感冒薬だとか、虫下しの薬ではなく、老人向けの一種の強壮剤です。病気をひきおこすようなことはないのですが、とても効くお薬ですから、まずは若いみなさんに試していただきたいわけです。これを朝、昼、晩とひとつずつお飲みください。二週間ぶんありますので、すべて飲んでから、アンケートにお答えいただくため、もう一度ここに来ていただくことになります。では、本日はお家にお帰りいただいてけっこうです」

 霧けぶる夜の帝都の、にじんだ街灯に照らされて、幽霊少年が歩いてゆきます。手にもった箱をポイっと投げたり受け取ったりしていますと、いつからか、箱がなくなっているのに気づきました。はて、どっかで落としたのかしらん、と背後をふり向くと、そこにはさっきの女性司会者が立ってい、手には箱がにぎられています。
「すみませんね。考えごとをしているときのクセでしてね」
 しかし女性は、ただだまってつっ立っているばかりで、ぜんぜん返してくれないのです。
「ぞんざいに扱ったのは悪かったけど、そろそろ返しておくれよ。ね、きれいなおねえさん」
「ホホホホホ、あたしがきれいですって。笑っちゃうわ。みんな歌舞伎役者みたいだってばかにするのよ。そんなことよりね、この箱はあなたが落としたんじゃないのよ。あたしがかすめとったのよ」
 少年はすっかりあきれてしまいました。自分で配った薬をうばいとって、返しませんよとやるなんて、さみしすぎる三十路(みそじ)女と思わずにはおれません。うばい返そうと詰め寄ると、なんとスーツの胸をぐっとはだけて、露出した谷間ふかくに、箱をうずめてしまいました。
「まさかレディの胸に手をつっこむようなことはしないわよね。ホホホ」
 しかしどういうわけか、少年もカラカラと笑っているではありませんか。つられて笑っているわけではありません。少年がポケットの中から取り出したのは、やはりその同じ箱なのです。ふしぎ、ふしぎ。
「ない、箱がないわ!」
 女性が「不埒もの」とか「助平小僧」とかわめきながら自らの胸をのぞいたりもみしだいたりしている様子を見て、少年はますます可笑しくなってくるのでした。
「ぼくはあなたの胸をまさぐったりなんかしませんよ。ほら、これ」
 そう言って、オモチャの手をにぎにぎ動かしてみせるのでした。自在に動くマジック・ハンドです。これを使って、女性をはずかしめることなく、目標物だけをつまみあげたのです。なんと巧みかつ、紳士的な少年なのでしょうか。
「ふん、こんなことならお尻にでもはさんどくんだったわ」
「ハハハ……それならそれで、またべつのやり方で取り返します。じゃあぼく、もう失礼しますからね。また二週間後に会いましょう」
 そういって立ち去ろうとする少年の前に、立ちはだかる影。
「あんまりしつっこいと、ぼく、困っちゃうなア……」
 そのまま押しのけてすぎようとするけれど、相手はピクリともしません。見上げてみると、そこにいたのは女性ではありません。薬局にいた黒服のひとりです。
「レディ・O(オー)、会場以外の場所での被験者との接触は禁じられているはずですぜ」
 そういって男がすごむと、Oと呼ばれた女性は目をそらして、そっけなく「そうだったかしら」と答えるのみです。男は次に少年に向かって、こう言い放ちました。
「すまないな坊主、規約を破ったものは始末しなきゃならないんだ」
 男は、ポケットから箱を取り出し、一粒口に含みました。少年の箱ではありません。男も同じものを服用しているということです。男は近所迷惑もかえりみず、咆哮をあげました。するとニューッと鼻が長くなってき、顔じゅう身体じゅうの産毛がいっさんに伸びだして、狼のような容貌になったではありませんか。
「アッー! 狼人間」

 さて、すごいことになってきました。謎の失踪に、謎の薬、謎の女性に謎の獣人間。そして幽霊のような少年と、あまりの謎づくしに、行く先がまったく見えてきません。しかしもちろん、この事件と、藤山犬吾の失踪、そしてすべての謎は、いずれ同じ場所へとたどり着くことになることをお約束いたします。しかし、今はもう枚数が尽きてしまいましたから、続きはまた次回です。楽しみに待っていてください。

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