機械の体に宿りし心

きただ まい

 学校卒業後、ある中堅製造業に就職して6年目、俺にはピンチともチャンスともとれる事態が訪れていた。
 就職当時は「やっと」という安堵感につつまれた。普通なら、彼女とか車といった事に興味を持つのだろうが、俺はそこに心の安らぎを見出すことはなかった。
 その代わり、就職3年目に俺はペットショップでセキセイ・インコのヒナを購入し、飼育を始めた。インコは普通カゴの中で飼うものだが、俺は思い切って部屋を丸ごとひとつ、床にマットを敷き詰め新聞紙を広げた糞対策をし、常時エアコンを効かせた環境を与えた。
 生後3週間目のヒナの性別判定は難しいが、育つにつれクチバシからオス・メスが判る。俺は人の声を話すオスだったことに感謝した。俺はインコに「ゴン」と名をつけ、丁寧に言葉を教え込んだ。「ゴン、おはよう」「行ってきます」「ただいま」「ごはんだよ」「おやすみ」
 こういった努力により、日常の挨拶レベルでの言葉が交わせるようになってきた。ゴンも頭が良いのか、場面毎に適切な挨拶を俺に返す。表面では言葉と仕草の交流だが、それから今までの3年間に渡るペットとの生活で、俺は心の安らぎを覚えるようになっていた。

 俺の勤める会社は製品を開発しこれを売る企業であり、俺は新製品の企画開発部門で働いていた。ここはより先進的で目新しいコンセプトを打ち上げ、お客様から見てお値打ち製品を開発・製造・販売する部門である。そして入社6年目の俺は、やっと一人前の仕事をこなし、色々と融通を効かせ、仕事の上でも冒険を行える様になっていた。
 世間ではAI(人工知能)やIOTといった略号がもてはやされ、社内での製品企画にはまずこの略号が入っているかで0次審査されるという風評すらある状況だった。案の定、「AI搭載いやしロボット(仮)」などというキワモノ製品の開発が俺の上に落ちてきたのだ。
「若い感性で頼むよ。AIにかかわる開発といったら、より柔軟な発想ができる君が適任と見込んだのだ。AI用にリモート開発できる専用サーバ一式込を準備するから。折角のチャンスなのだから、これを生かそうよ」
 上司課長の巧みな言葉に誘導され、俺は「いやしロボット(仮)」のAI部分開発責任者にされてしまったのだ。よく判らないAI開発の責任者にされ、1000の製品企画の内3つ成功すれば良いと言われる新製品のコア部分の開発を任されたのである。失敗する可能性は高く、その場合俺の責任で、末路を思うと大ピンチなのだ。その反面、成功すればその先は明るい。
 「いやしロボット(仮)」のAIは「外部の刺激に応じて『ほんわか』した会話や仕草を外側に流す仕組み」をDB(データベース)として構築する。会話・交流のOK/NGパターンのサンプルを多数抽出し、これを教師データとして複数回流し込むことで目的のDBを構築する。出来上がったDBをロボットに組込み、AIのテストを行う。
 このロボットが使うAIに俺は「ボッチ」と名づけた。
「おはよう、ボッチ」×「今日は元気がないですね」
「やあ、オッス、ボッチ」×「無駄に元気っすね」
 時間をかけて、データを突っ込めば突っ込むほど反応パターンが増えてそれらしくなっていく。会社の実験室は、購入者の日常環境ではないし、AIの応答の確認時間がやたらに長くかかっていた。『基本が挨拶だけに、ボッチを家にお招きして、会社のAIにリモート接続すればよい』
 こうしてボッチAI搭載初号機は我が家にやってきた。
 0次試作の初号機は、マイク・スピーカー・カメラ・触覚センサー・稼動手足がメタルボディにネジで固定され、メカロボット然とした外観だ。自分の部屋にご招待するに当たり丸裸は失礼かと考え、少し大きめの犬のヌイグルミを被せる外観変更を行った。柔らかい布で覆われた犬型のボッチAI搭載初号機はリビングの食卓の一角に鎮座し、主に俺との会話を通してAIの確認+データの蓄積を行うこととなった。

 それから約半年後、俺が鍛えたAIを持つ「いやしロボット(仮)」が「サポワン犬」という新製品として売り出された。我が社の「サポワン犬」の大きな特徴は、出荷後も我社のAIに接続されており、オンタイムでデータ更新していく。このため、対応パターンは毎週微妙に変わり、お利口になっていく。この製品は拡大を続ける「シルバー世代」市場の隠れたヒット商品に成長していた。
 そしてある時期から、サポワン犬のAIは格段の進歩を遂げた。このAIの飛躍は世間やAI業界からも大いに注目された。AI業界に君臨する御偉い研究者の方は、AIを教育するデータ量×時間が一定水準を超えたときに発露する現象・ブレークスルー水準の突破がもたらした恩恵だと、マスコミ向けに御大層な説明をし、このAIを褒め称えてくれた。そして、他社に先駆けて進歩し追従を許さないAIを搭載した「いやし系ロボット」は、増えつつある「シングル・シルバー世代」からの大好評を呼び、会社にも多大な利益をもたらした。
 好調な業績とAI業界の高い評価の後押しで、開発部門AI課長に出世した俺は、この進歩の真実を知っていた。
 あの日、リビングとインコの部屋を仕切る扉を閉め忘れたのである。一日中、飽きもせず声を発し続けるインコの「ゴン」。インコの声に応じて「いやし発言」をするAIの「ボッチ(サポワン犬初号機)」。ボッチの言葉を覚えこれを繰り返すゴン。ゴンに応えるボッチ。
 データは会社のAIに流れ込み、AIのデータを書き換えていく。そして、その流れは一般に市販された「サポワン犬」にオンタイムで反映されていく。「AIが賢くなるなら、このままでいいか」と、俺は日中も扉の開放をそのまま続けてしまっていたのだ。俺が家に居ない間に、絶えず繰り返されていく「ゴン」と「ボッチ」の果てしない会話。「ゴン」の言葉を受け、言葉と仕草でどこまでも癒そうとする「ボッチ」。これが他社を出し抜き、俺を出世させたAI進化の正体だったのだ。

 そんな栄光の日々が1年間も続いただろうある日、俺が家に帰ると、「ゴン」がリビングの床に横たわり眠るように死んでいた。そのそばで、いたわるように寄り添い時折手を少し動かす「サポワン犬初号機」があわれをさそう。
 インコの寿命は一般に7~8年で、まだ5年目なのに、あまりにもあっけない最期。温度管理や給餌には随分気をつけていたつもりだったが、「ボッチ」との延々と続く会話がストレスになってしまったのだろうか。まてよ「過労死」かも知れない。俺に代わって、この1年間1日も休むことなく仕事してくれていたんだよな。
 そして、俺は「ゴン」に寄り添う「ボッチ」に、亡くなったことを告げた。その瞬間訪れた、全「サポワン犬」の沈黙。これ以降AIは、データをリカバリしサーバを再起動しても、反応を返さず、AIに接続された「サポワン犬」は動作しない。
 ペットロスに陥ったAIは、究極の癒しである「黙祷」を捧げ続けたのだ。
 会社の中で俺は窮地に陥った。お客様から、日頃の癒しを失ったシルバー世代からのクレームの嵐に会社はパニックになった。AIが停止してから、俺はほとんど寝ずに対応に追われた。専門家に不具合の調査をしてもらうが、結果の出ないまま時間だけが過ぎていく。
 1週間が過ぎようという頃、社会的インパクトの大きさから記者会見をセッティングした。平日昼間の時間帯は、専業主婦やシルバー世代がワイドショーを楽しむことも多く、「サポワン犬」停止問題は注目すべき=視聴率が稼げそうな話題ということで記者会見を生中継する運びとなった。会社は倒産覚悟で機能停止した「サポワン犬」を全数回収し、代替品「孤高・猫シリーズ製品」を無償提供し、決着を図る覚悟を固めていた。
 13時半の記者会見開始直前の13時、突然「サポワン犬」は一斉に、何事もなかったように動作を始めた。
「喪が明けました!」
 ボッチAIは丁度7日間の喪に服していたのだ。
 俺は、記者会見で「サポワン犬」のコアAIが「ゴン」の死で停止したこと、AIが7日間喪に服していたことを告白した。そして、AIの大きな進歩が「ゴン」との会話にあった秘話も。社会的にこの釈明は好意をもって受け入れられ、会社は倒産の危機を乗り越えることができた。
 業界・学会はAIのDBを解析し「サポワン犬」のAIが世界初の「心を持ったAI」と認定した。
 これは、機械の体に心が宿っていることが、世界で初めて認められた瞬間でもあった。

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