機械式たまご

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 パイナップルと呼ばれる手榴弾がある。
 しかし手榴弾のことをパイナップルと呼ぶことには違和感が擡げる。実物の手榴弾を手にしたことはないが、パイナップルの方がかなり大きいイメージがある。今でこそ小降りのパインアップルを見かけることも増えた気がするが、数年前まで、いや、幼少の記憶というモノが鮮明なのか、パイナップルは大きい果物という思いこみが頭の中から消えることはない。とても片手で扱える大きさではないのだ。
 そして色。特にイラストやイメージ化されたパイナップルのそれは鮮やかで目立つ黄色やオレンジだ。実際はかなりくすんだ得もすれば茶色に近い色味であるが、それでも明るい、南国の太陽を思わせるそれが先に立つ。人目を忍び欺いて、敵地に放られる迷彩であることはない。
 もちろんパイナップルに近い面も多い。表面の鱗のような硬い皮。質感は実物とはかけ離れているのかは知らないが、性質は近いのであろうか。
 また、なんと言っても持ち手となるアレはなんと呼べばいいのか分からない草なのか葉なのか、ヘタの先のアレは確かにとても象徴的だ。大きさや想像されてしまう色を凌駕する近似を持っているのであろう。だからこその「パイナップル」なのだろう。

 とはいえ、もっと近いモノがあるように思えてならないのも事実である。

 たとえばアボカド。
 あの大きさ。小さいモノは片手にすっぽり入り、大きくてもやはり片手で収まらないことはない。色も、中はアレだが茶色というか暗めの濃いそれだ。中身が柔らかい分、硬めの皮で覆われている。中の様子もまん丸い種に緑と黄色の柔らかい果肉が、構造はよく知らないけれども信管と火薬の充填状態を髣髴させてくれるような気がする。ごめん、言い過ぎた。手榴弾よく知らないし。

 と、絶賛してみたモノのやはりアボカドはパイナップルに劣ってしまっている決定的な弱点がある。取っ手というか持ち手というかのアレである。いくら本体の勝手な想像の中の手榴弾に近いとはいえ、火薬玉だけでは手榴弾とは呼べない。起動の機構があってこその手榴弾であろう。どうあがいてもそれはアボカドにはない。店先のアボカドには。

 では、名前の通りザクロはどうだろう、ザクロ。……ザクロ。

 ごめんなさい。
 見たことはあります。あるのですが、イメージできるほど見慣れていないです。同じくらいイチジクも分からないです。むしろザクロとイチジクを並べられて「さあ、どっちがザクロかな?」と言われても二分の一の選択でも、三割は間違えそうな気がするくらいイメージがありません。というか、この二つのイメージが近似です。
 中はぐっちょんぐっちょんの果肉で、細かい種が割とみっちり詰まっていて、どちらかが黒い細かい種の詰まった白い果肉、もう一方は中が赤い果肉で。……多分、赤い方がザクロかな、柘榴石というのが赤のイメージだから。で、どっちも熟れるとぱっくり割れて。外が硬い状態というのがいまいち想像できないです。そんなわけでやはりイチジクにしろザクロにしろ手榴弾にふさわしいのは大きさとぱっくり割れると大変なところというのは合っていても、パイナップルほど一致係数は高くない気がするわけであります。


 それはさておき、目の前にたまごがある。
 散々パイナップルだ手榴弾だといって、何故突然たまご何だと言われると元も子もないのだが、目の前にはたまご、鶏卵であろうモノがある。
 それにピンが付いているのだ。
 何の変哲もないたまごである。ただそれにピンが刺さっているのだ。
 不思議なことに、ただのたまごにピンが刺さっているだけで、とたんに手榴弾のように見えてしまうのだ。ピンの威力はすさましい。だからパイナップルはあの持ち手のそれで手榴弾なのか。
 ピンの刺さった鶏卵は手榴弾に近いのか。大きさはおそらく実物のそれより小さかろう。実物、知らないけど。でも、それでも、パイナップルと比べて持ち手の威力とピンの存在感のどちらがより手榴弾に近いかどうかが判定のポイントである。というのが冒頭の話しの始まりであったのだ。

 話しを戻そう。
 さて、このたまご。ピンが刺さっている以外は本当に何もなさそうな気はする。殻はある。割れても剥かれてもいない。生たまごかゆでたまごか今のところ分からない。確か割らずに確かめる方法があったはずだ。塩水に入れてどんどん塩分濃度を濃くして最後まで沈んでいるのが新鮮なたまご……これは生ゆで判定ではなかった。回してみるのだ。よく回る方がえーっと、ゆで……いや、生……? 生の方が中味がたぷんたぷんと動くから回りにくいんだよな? よく回る方がゆでたまご、ゆでたまごに違いない。と、わかったところで回す気にはなれない。ピンが邪魔だ。それに、下手に回していらぬ衝撃を与えて爆発されでもしたらたまったものではない。いやまて、そもそも爆発するのかどうかも疑問だ。ピンが刺さっているだけで手榴弾に似ているとか言う考えそのものが妄想の産物でしかないではないか。
 というわけで、目の前には生たまごともゆでたまごとも、もっと言えば本当に鶏卵なのかも分からない、ピンの刺さった卵形の何かがある。結局事態は何も変わっていない。むしろ後退した。
 ただ、このピン。ピンはかくも語りき。
 いかにも「引っ張って抜いて」と言わんばかりである。と、いうか、引っ張って抜く以外の目的がコレにあるのだろうか? ない。多分、いや、絶対にない。ありえない。
 何の変哲もないピンである。何の変哲もないたまごである。ただ、その二つが合わさったときに、何が起こるかは分からないけれども、この、たまごに刺さっているピンは抜くべきモノでしかないのは事実である。
 何が起こるか分からない。
 ここまでの妄想通り爆発するのであろうか。それとも、何も起こらないのであろうか。若しくは、推定しているとおりたまごであって、受精して有精卵になるのであろうか。自然式受精卵ではなく、人工授精の有精卵。それも違うか。人の手により加工され、受精する仕組みを有するたまごは、機械式たまごなのだろうか。そしてそのたまごからは人類を破滅に導く謎の生命体が出現するのであろうか。パンドラの箱か、玉手箱か。いや、たまごだけれども。


 ピンを抜く。抜いた。

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