オトマトメ

風来坊

 工場見学の行き先がフエラムネ工場に決まったのだが、バコにはどうしても行きたいところがあった。そのため担任の先生に必死に頼み込み、自分だけ特例として行き先を変更してもらった。
 バコの行きたかった工場は、通学路半ばの森林にある。登校中にその近くを通ると、しゅんしゅんと林立する木々の合間から小さな工場がうかがえる。目を凝らせば、開け放たれた出入口からのぞく立ち働く人、見たこともない謎のキカイ、そして何より心惹くのは、そこから漏れて聴こえてくる何とも愉快な音色たち。足は自然とそちらへと、誘われるようにして傾いていくが、あそこへ行ってしまえばゼッタイに夢中になって遅刻してしまう、それはいけない、ゼッタイに。バコはうんと力をこめて進路を学校へと戻すのである。
 この毎朝の葛藤も、いよいよ今日で報われる。時刻は七時半、普段ならばようやく起き出した頃であるが、今日のバコは違う。太い鼻息をふんすと吹き出し、念願の工場を前にしている。ついに来られた喜びを噛みしめていると、工場から迎えの男がやって来る。
「今日はよろしくね。私はここの工場長だよ」
「よろしくお願いします、コウジョウチョ」
 コウジョウチョはにこりと笑い、緊張と興奮でカチコチになっているバコを工場内へと導いた。
 工場のなかに踏み入ったバコの瞳には、室内をぎっちりと埋め尽くしたキカイの数々が飛び込む。何に使うかもわからない未知のキカイたちに圧倒され、ばちばちと目を瞬くバコであったが、いつも耳にするあの音はどこからも聴こえない。天井を隅々まで見上げ、油臭い床にへばり付いてキカイの下をのぞき込むも、音が鳴るようなものは見当たらない。来て早々に奇妙な行動を取るバコを、コウジョウチョは物珍しそうな目で見ながら「さぁ、こっちだよ」と言い、
「これから、みんなに挨拶をしてもらうからね」
 バコを連れたって狭い通路を通り抜け、開けたスペースに到着する。そこにはすでに五名のジュウギョインが立っていた。その前に連れ出されたバコは、
「今日ここを見学させていただくことになりました。バコです。よろしくお願いします」
 そう言ってお辞儀をする。しかしジュウギョインたちは、身に着けた作業着の灰色のように無反応、困ったバコは助けを求めてコウジョウチョへと顔を向ける。コウジョウチョは口元に深いシワをつくって苦笑いし、「それじゃ、今日も元気よくがんばりましょ」と口にして、パンッと手を打ち合わせた。それを合図に無愛想なジュウギョインたちはのろのろと動き出し、それぞれの持ち場に着いていく。
「バコはどうすればいいですか?」と、あとに残ったバコが訊ねる。
「そうだね、まずはあの人のところを見学しようか」
 コウジョウチョが指さしたジュウギョインのもとに向かったバコは、「バコです! よろしくお願いします!」と元気よく言ったのだが、やはりジュウギョインに反応はない。胸元を見るとオノと刺繍されていたので、「オノさんよろしくお願いします!」と言いなおしたものの、ジュウギョイン・オノは鬱陶しそうに目を細めて睨むだけである。どうやら歓迎されていないようであるが、バコはこの工場に来られたことが嬉しくて仕方なかったので、そんなことは意に介さずにオノの作業風景を楽しそうに眺めた。
 オノによって電源が点けられたキカイは赤緑黄のランプを点灯させ、ブブフォーと大きな音を立て始める。襲い掛かってきた埃っぽい風気を両手で防ぎ、のけ反って咳をするバコのことをオノは一瞥したが、とくに何を言うでもなく黙々と作業を続ける。キカイの側面に向かい、そこにある投入口に黒色の塊をぽこぽこと入れ、再び正面の操作盤に戻って液晶パネルをいじる。それからパネルの隣にあるレバーを引っつかみ、がちゃがちゃとリズミカルに上げ下げし始めた。レバーの上下運動に合わせてキカイ全体がどちゃどちゃと揺れ、投入口と対称にある排出口から立方体に加工された塊が現れて、ベルトコンベアで運ばれていく。オノは何度も動作を繰り返し、どんどん塊を送り出していく。その光景を熱心に見ていたバコであったが、ふと耳に入ってきた音につられて辺りを見回した。工場内には、毎朝聴くあの音が、少しずつ鳴り始めていたのであった。
 キカイの動く音だったんだ! とバコは思った。しかし、すぐにそれが早とちりであることに気付く。音はキカイだけでなく、目の前で作業にふけるオノからも聴こえてくるのである。
「ガチャンとしてガーとやって、ブルンブルン、ドゥンッ! ガチャンとしてガーとやって、ブルンブルン、ドゥンッ!」
 キカイの作動に合わせ、オノは大声を上げながら作業をしていた。
 その珍妙な掛け声をバコも真似して発したかった。しかし、オノの邪魔をしてしまうかもしれないので、小声でつぶやくだけにした。しばらくすると、コンベアの先から「オノさぁあんん! ちょっと軟らかくなってきたぁああ」と別の声が乱入してくる。それを訊いたオノは、チッ、という舌打ちに「くそ」という悪態を重ね、一旦レバーから手を放して、液晶パネルをいじってから再びレバーをがちゃがちゃする。その操作によって、出てくる塊がどう変化したのか素人目には全く分からないが、コンベアの先から、「おっ! いいよぉ! いいよぉ!」と反応があったので、どうやらそれで良いようだ。
 オノが再び「ガチャンとしてガーとやって、ブルンブルン、ドゥンッ!」を口にし出したのだが、今度はそのあとに「いいよぉ! いいよぉ!」と軽快な合いの手が入るようになり、工場はますますにぎやかになっていく。
 合いの手のことが気になったバコは、その場から離れてコンベアの先を見に向かった。そこには小太りの男がおり、オノから送られてくる塊をひとつひとつ手に取っては、その感触を確かめ、「いいよぉ!」と叫んでコンベアに戻していた。次に塊が向かうキカイからは、チュインチュイーンと硬いものを削り取る音が響き、表面を滑らかに研磨された塊が出てきて、続く工程に進んでいく。
 あれはさいご、どんな形になるんだろ? 疑問を持ったバコはそのあとを追う。コンベアで運ばれていく塊は様々なキカイを通過していくが、その前後で形状はほとんど変わらない。これらの工程は本当に意味があるのかと思ったバコであったが、工場内で響き鳴る、硬質無機なキカイ音、それらを操る者たちの、軽快愉快な肉声を、聴いていると胸踊り、どうでもよくなってしまうのだ、んだん、だんだん心地良くなって、夢見心地の口からは、知らず知らずに鼻唄が、フンフ、フフンフ、口ずさみ、時も忘れて追いかける、場所も忘れて追いかける、我も忘れて追いかけていったその肩を、突然叩かれたバコ、仰天しいしい振り返る。そこに立つのはコウジョウチョ。
「はい、今日はお疲れさまでした。さぁこれはお土産だよ」
 そう言って手渡された小箱を受け取り、辺りを見渡す、と、つい先ほどまで動いていたはずのキカイたちはピタリと止まり、ジュウギョインの姿もどこにもない。そしてあの愉快な音も、まるですべて夢だったかのように、消え失せている。
 不思議に思いながら出入口の方を向けば、外は日が暮れまっくら闇、驚くバコの前から、いつの間にかコウジョウチョもいなくなっており、暗い場所にひとり残されたバコは怖くなる、逃げるようにして工場から飛び出す、が、目前には深い夜闇に群れ立つ、不気味な木々林、バコは怖くて一歩も先に進めない、その間にも時間は刻々と過ぎていく、このままじゃ、帰れない、今にも泣き出しそう、その手のなかで、小さく震える小箱、驚きながら、そこから漏れてくる僅かな音、気付き、おそるおそる、耳よせる、そこには、工場で聴いた、音たちが――ァチャンとしてガーとやって、ブルンブルン、ドゥンッ! いいよぉ! がちゃぽこがちゃぽこ、どちゃくそどちゃくそ、チュインチュイーン、ガチャンとしてガーとやって、オノさん、いいよぉ! ガチャンとしてガーとやって、ブルンブルン、オノさぁあんん! いいよぉ! パンッ、ガーとやっていいよぉ! ブルンさぁあんん! ブブフォッ、チュイーン、ちゃかぽこどちゃくそ、パンッ、ブブフォー、チッチッチッチッ、ガチュイゥンッ! ブルンブルン、ドゥンドゥンッ! オノさんドゥンッ! ちゃかドゥンッ! ぽこドゥンッ! ちゃかちゃかドゥンッ! ブブとしてチュイーンとやって、オノオノ、ドゥンッ! ドゥンッ! オノドゥンッ! いいよぉ! いいよぉ! ガチュイーン、ブルンブルゥウン、ドゥン! チッチッチッチ、ドゥゥウウウゥン――たっぷりと詰まっていたから、もうバコはちっとも怖くなかった。

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