ナント・カナールと発明倶楽部

カナリー・ナント・デ・モナール


 ナント・カナールは底抜けに楽天的な子どもでした。あまりに楽天的だったので、自分の耳が猫のように大きくて尖っている事も、お尻に長くてふわふわの尻尾がついている事も、その姿が町の誰とも似ていない事も、全く気にしません。
 ナント・カナールは町から少し離れたマタビーの森に住んでいます。マタビーの花の香りは人を惑わせるので、森の中を迷わず歩けるのは猫かナント・カナールくらいのものでした。
 マタビーは生命力の強い植物で、放っておくとどんどん増えてしまいます。おかげで、海沿いの町以外のほとんどはマタビーの森で覆われてしまいました。森の中には、むかし人が住んでいた名残にいろんなものが埋まっています。ナント・カナールがマタビーの蔓を引っこ抜いていると、壊れた機械や、穴のあいた鍋や、ガラスの割れた四角い板なんかが出てくることがありました。

 ナント・カナールは今日もマタビーの実を集めます。マタビーの実は甘くて美味しいので町の人達も大好きでした。ナント・カナールは背負い籠いっぱいに実を集めて、八百屋に持って行くのが日課なのです。
 ナント・カナールがマタビーの蔓を引っこ抜くと、小さな箱が出てきました。ふたを開けるとピンッと音がしました。箱の中にはねじ巻きとお人形がくっついています。ナント・カナールはねじ巻きを回してみました。するとまたピンッと音がして、お人形がブルブル震えましたがそれっきりでした。
 ナント・カナールはちょっとがっかりして猫のような耳を伏せます。それから肩から下げた布袋に箱を入れました。いろんな色の布切れをつなぎ合わせた布袋はナント・カナールのお気に入りです。
 籠いっぱいのマタビーの実を、八百屋でマクワウリ二つと交換してもらったあと、ナント・カナールは町の外れにある屑鉄置き場に行きました。屑鉄屋のコーベ・セイコーさんは、ナント・カナールが森で拾った屑鉄をいろんなものと交換してくれるのです。
 ナント・カナールが屑鉄置き場に入ると、大きな音を立てながら八本足の蜘蛛みたいな怪物が近づいて来ました。ナント・カナールはびっくりして耳と尻尾の毛を逆立てながら、屑鉄の山に隠れます。
「おう、なんだ。ぼうずじゃねえか」
 頭のずっと上の方からコーベさんの声がして、ナント・カナールは屑鉄の山からちょっとだけ顔を出して見上げました。怪物の頭の辺りにコーベさんが座っています。
「やあ、ごめんよ坊や。驚かせてしまったね」
 怪物の足元から現れたのは、電気屋のヤマハ・ハツドーさんでした。
「こわくないから、出てこいよ」
 怪物のお腹の辺りから逆さまに顔を出したのは、自転車屋のホンダ・ギケンさんです。ホンダさんは縄ばしごを降ろして怪物から降りてきました。
 ナント・カナールは静かになった怪物を見上げながら、ヤマハさん達に近づきます。よく見ると怪物は鉄で出来ていて、ネジやらバネやらいろんな色のコードやらが沢山くっついています。
 コーベさんとヤマハさんとホンダさんの三人は、町の「お達者発明倶楽部」の仲間なのです。どうやらこの怪物も、コーベさん達の発明品のようでした。
「どうだ、すごいだろ? これなら足場の悪い森の中も入っていけるぞ」
 ホンダさんは得意げに、目の周りをしわしわにして笑います。
 怪物の頭とお腹の中には人が入ることのできる空間があって、背中に付けたボンベできれいな空気を吸えるようになっているので、森の中に入ってもマタビーの花の香りに惑わされることがないのだと、ヤマハさんとホンダさんが代わる代わる教えてくれます。
 その間にコーベさんが怪物から降りてきて、皆は屑鉄置き場の隅にあるコーベさんのおうちに行きました。
「あとはボンベの容量だな。今のじゃ一時間がせいぜいだ」
「しかし機体をあれ以上大きくすると、重くなるし足が保たないんじゃないかい?」
 ホンダさんとヤマハさんはあれこれと怪物の事を話しているようです。コーベさんはご自慢のコーヒーメーカーでコーヒーを煎れてくれました。おじさん達にはブラックを、ナント・カナールにはちょっとだけコーヒーを垂らしたミルクたっぷりのやつを出してくれます。
 ナント・カナールは籠からマクワウリを一つ出して、包丁を借りて切り分けました。おやつ用にとっておいたマタビーの実と一緒に皆で食べます。
「ぼうずは今日は何を持って来たんだ?」
 屑鉄屋のコーベさんは、ナント・カナールが森で見つけてくるいろいろなものを見るのが楽しみなのです。ナント・カナールは布袋の中から集めた屑鉄を出してみせます。その中にあった小さな箱を手に取って、コーベさんは丸眼鏡を指でちょっと押し上げました。
「お、こりゃあオルゴールじゃねえか」
 蓋を開けて、ネジ巻きを回します。しかし、オルゴールはピンッという音がしたっきり、何も起きません。
「こりゃあ、櫛が欠けてるのか」
 箱の底板を外してコーベさんが覗きます。ヤマハさんとホンダさんもコーベさんとおでこをくっつけるようにして覗き込みます。
「櫛金もいくつか欠けてるし、シリンダーが錆び付いてて回らなくなってるね」
 ヤマハさんが口ひげを撫でながら言いました。
「うごかないの?」
 ナント・カナールの耳と尻尾はしょんぼりと垂れています。
「いや、これくらいなら直せるよ」
 ヤマハさんは優しく笑ってナント・カナールの頭を撫でました。
 それから、三人のおじさんはオルゴールを分解して、ヤマハさんは櫛金を新しく作り直し、ホンダさんはシリンダーの錆取り、コーベさんはゼンマイバネの調整を始めました。ナント・カナールはコーベさんから粘土を貰ってこねます。
「なに作るんだ?」
「ねこ」
 ナント・カナールは耳も尻尾もピンと伸ばして答えます。
「ひとりぼっちだから、ねこでいっぱいにするよ」
 オルゴールについている女の子のお人形を指さします。
 コーベさんは、なぜだかちょっと寂しそうな顔になって、ナント・カナールの頭を撫でるのでした。

 夕方まで、ナント・カナールとおじさん達はそれぞれの作業に夢中になりました。ナント・カナールは猫を四匹作りました。
 しかし、お人形のそばに置いてみると虎のように大きく見えます。少し大きすぎたようで、台座に一匹しか乗りません。
「これじゃ可憐な少女が猛獣使いだな」
 おじさん達は笑います。ナント・カナールも笑いました。
 ヤマハさんは、櫛金の調整にまだ時間がかかるからと、オルゴールを持って帰りました。ナント・カナールも森の中のおうちに戻って、粘土の猫にザルを被せて乾燥させます。
 二日後、よく乾いた粘土の猫を持ってナント・カナールはコーベさんを訪ねました。
 ヤマハさんとホンダさんも集まっていて、オルゴールはすっかり修理されています。ナント・カナールは猫をお人形の隣に糊でつけました。
 コーベさんがネジ巻きを回すと、お人形と猫が回り出し、音が鳴り始めました。
 それはコップに溜まった水に雨粒が落ちる時のような音でした。音は高くなったり低くなったりして、曲を奏でます。ナント・カナールには初めて聞く曲でした。
「虹の彼方に」
 誰かがぽつりと言いました。
 おじさん達は、何度もネジ巻きを回して、くるくる回るお人形を見つめながらオルゴールを聞いています。
 ナント・カナールも楽しくなって、しっぽをゆらゆらと揺らすのでした。

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