お手伝いさん

佐藤ルル

 和也と理恵の部屋にお手伝いアンドロイドがやってきた。
「とにかく楽がしたいです」
 始まりは理恵のそんな言葉だった。和也が理恵と結婚してから数年が経ち、各々の両親からそろそろ孫をと望まれていたものの、当の夫婦は今のところそんな気にもならず、程々に楽しく苦しくやっていた。そんな状況下において家事は一応分担するということになってはいたものの、お互いの仕事が忙しくなるにつれ、どちらかが一方的な負担をするという状況がよく起こるようになっていた。忙しい時というのは心にも体にも余裕がなくなるせいか、仕事から帰って相手に手伝えと言われてついつい声を荒げてしまうなどということが多々起こった。こうした事情から理恵は、とにかくお互いが楽をできるようにお手伝いさんを雇おうと提案した。和也は新たに生まれる出費を痛いと思ったが、それ以上に心労や夫婦間に亀裂が生まるのは良くないと感じ、妻の提案を受けいれた。
 とはいえ、一口にお手伝いさんと言っても、家に入れるとなればそれなりに信用できる筋でなくてはならない。とりわけ、二人の住むアパートの一室は広いとはいえず、貴重品の類をちょろまかされたりしては目も当てられない。そんな経緯でざっと調べはじめたところ、ネットで『お手伝いアンドロイド』なるものをみつけた。既に多くの人がこのアンドロイドを利用しているらしく、利用者の感想も好意的なものが多い。おまけに二人の給料から鑑みてもお手頃な値段と言えた。念のため外部サイトでも評判を確認してみたが悪い評判はあまりみつけられなかった。これに加味して、アンドロイドのお手伝いさんというのはどういうものだろうという怖いもの見たさみたいなものもあり、二人は『お手伝いアンドロイド』を雇うことに決めた。そしていくつかの手続きを経て、いよいよアンドロイドのお手伝いさんが家にやってきた。
「沙雪です。これからお世話になります」
 紺のワンピースに白いエプロンドレスを合わせた女性型のアンドロイドは、そう言ってゆっくりと頭を下げた。外見は二十がらみの綺麗な女にしか見えず、和也は目の前にいるのは本当に機械なのだろうかと疑いを持った。一応、前もってどんな機体が来るのかはカタログで知っていたもののいざ本物を目の前にするとその人間らしさに驚かされた。人間か機械かてっとり早く調べるとすれば、体に触れたりすれば判明するのかもしれないが、女性の形をした相手に不躾に触れるというのはためらわれた。おまけに、妻がすぐ近くにいる以上、妙なことをすれば睨まれるだろう。
「本当にアンドロイドなんですか?」
 同じ疑問を持ったらしい理恵が遠慮なく尋ねると、沙雪と名乗ったアンドロイドは「よく聞かれます」と曖昧に微笑み、臀部の辺りからなにやら細長いものを取りだした。
「失礼ですが、今日は朝食を食べ損ねてしまいまして。よろしければ、少々いただいてもよろしいでしょうか」
 彼女の手にあったのは長いコードとその先端に取りつけられた差し込みプラグだった。理恵が毒気を抜かれたように頷くと、沙雪は「では失礼します」と告げてからかがむと、近くにあったコンセントにプラグの先端を差した。
「今日も電気は美味しいですね」
 至福の表情を浮かべる沙雪を目にした和也は、尚も人間が機械の振りをしているのではないのかという疑いを晴らすことはできなかったものの、とにかく家事の多くを引き受けてくれればいいと思い直し「これからよろしくお願いしますね」と頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いします」
 その時の沙雪の控え目な笑顔が、和也にはとても魅力的に感じられた。

 それから沙雪は週三回ほど家を訪れるようになった。基本的には盗難などのリスク防止のため夫婦のどちらかが付き添った上で、沙雪に家事を代行してもらうと言うかたちをとった。さすがにお手伝いアンドロイドというべきか、沙雪はよく働き、日に三回、十分ほどの充電をする時以外は、掃除、炊事、洗濯のどれをとってもそつなくこなした。意外だったのは料理で、当初和也は機械らしい人工的な味をしたものが出てくると考えていたが、予想に反してでてきたのは実家で母親が作ってくれそうな、優しい味だった。
「お口に合わないようでしたら、別の料理の作り方をインプットしてきますが、どういたしますか?」
 肉じゃががでてきたある夜、沙雪は和也の思ったよりも手作りっぽい味だったという感想に対し、やや不安そうな面持ちでそう尋ねてきた。和也は「とんでもない、これからもこんな感じでよろしくお願いします」と答えた。この手の味は実家に帰らないと味わえず和也自身も上手く作れなかったため、沙雪が出してくれるのは願ったり叶ったりだった。
「そうかな。私はもっと珍しい料理とかがいいかな」
 和也の感想とは反対に理恵はあまりこの手の味に興味がないらしく不満げだった。そう言えば、理恵の手料理でこういったものがでてきたことはなかったなと和也は今更ながら気が付く。そのことについて妻本人に尋ねてみると、
「実家で食べ飽きたし、そんなに好きじゃない」
 などと切り捨てた。何年も一緒に暮らしていても新たに気付くことはあるものだなと和也は一人感心しつつも、できれば今後も沙雪の頭の中にある優しい味がする料理を食べ続けたいと思った。とはいえ、和也としても無駄な衝突は避けたいため、自分だけの好みの料理は理恵が家を空けている時に作ってもらったり、教わったりすることにした。理恵の方もまた、和也がいない時にあまり食べたことのない珍しい料理を作ってもらっているらしく、時々、ボルシチだとか北京ダックだとかの余りを食したが、さほど口には合わなかった。
 ともかく当初の考えの通り、和也と理恵の生活は以前よりもゆとりがあるものとなった。とはいえ、余裕が生まれるということは、周りを見て考える時間ができることを意味する。この結果、和也と理恵はお互いのことを見つめ直すことになった。
 たとえば綺麗好きな和也に対し少し散らかっているくらいの環境を好む理恵、せかせかしている和也に対してだらっとしている理恵、演歌至上主義者の和也に対しノリのいいポップスを好む理恵。こうした違いの多くは、結婚前からお互い心得ていたはずだったが、いざゆっくりとする時間ができるとまた気になりだし、次第に許せなくなっていった。最初こそお互いに苦手なものを主張するに留まり、それを踏まえた上で譲り合ったりしていたものの、細かい不満が積み重なっていくにつれて口論が増えた。
 こうした苛立ちを和也は沙雪と二人きりの時についつい愚痴るようになった。
「それは困りましたね」
 愚痴に付き合った際、沙雪は決まってにこにこ話を聞いているだけだったが、和也は自らの主張が認められているような気になり、次第に沙雪に心を許していった。そうしているうちに、理恵との口喧嘩の回数を増え、また苛々を解消するためにアンドロイドに愚痴る。そんなことを繰りかえしているうちに妻と話すこと自体が減り、沙雪の傍にいる時間が増えていった。

 お手伝いアンドロイドを雇いはじめてから一年ほどが経った。沙雪が訪れるのは週六日に増え、妻は半年ほど前に新たに雇った男型のアンドロイドを連れて別居を決めこんだ。電話やメールすら苦痛に感じはじめていたのだから、当然といえた。その内、離婚することになるかもしれないが、今は妻に意識を割くのすら面倒くさい。
 そして以前よりがらんとした家の中で和也は沙雪と口付けを交わすようになっていた。カタログによればアンドロイドの体は合成素材で作られているとのことだが、その唇は人のものと遜色がない。和也が愛していると告げれば、
「嬉しいです」
 沙雪はそうにこやかに答えるので、それに乗じてベッドに連れこむ。生殖機能こそないものの行為そのものはこなせるように作られており、アンドロイドもまた抵抗せずに受けいれた。別居をはじめた理恵もまた若い男の形をしたアンドロイドと似たようなことをしていると共通の知人から報告があり、まあそうなるだろうと和也は納得した。
 今日も和也は沙雪の横で寝転がり思いのほかすべすべした手で頭を撫でられている。触れられる度に心は羽のように軽くなり、いつにもましてやすらかな心地に包まれた。今夜もとても気持ち良く眠れそうだった。

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