デウスじいさんのぜんまい人形

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 マキナは、ぜんまい仕掛けの女の子です。デウスじいさんというからくり師に作られました。きれいな着物にやわらかな白い髪、それにデウスこだわりの、トンボの髪飾りをつけています。これがとても精巧にできていて、透明に光るはねといい、ちょっぴり首をかしげている具合といい、まるで今にも飛び立ちそうなほどなのです。
 ねじを巻いてやると、マキナは頭に止まったトンボに気がつきます。閉じていたまぶたをもたげて、きょろりと瞳を動かすのが、なんともかわいらしいのです。それから、ゆっくりと手を伸ばすと、トンボのおなかをやさしくつまみます。この時のトンボのはねの動きも見逃せません。髪飾りだと思っていたのは、ほんもののトンボだったのです。目をよせてそれを見つめるマキナの表情は、ぜんまいで動いていることを忘れそうなほど生き生きとしています。ひとしきりながめたら、今度はトンボを前へ差し出して、世界一のたからものを手に入れたみたいに、宝石のような笑顔を浮かべます。最後に、トンボを頭へ乗せなおして、マキナは眠るように目をつむるのでした。
 素晴らしい仕上がりに、デウスはつい青い目をうるませました。あとにも先にも、これ以上のものは作れないとさとったのです。マキナにまさる人形なんて、ジェッペット翁のピノッキオくらいなものです。
 もっとも、あの木彫りの少年には妖精の息吹が吹きこまれています。いっぽうのマキナはまぎれもなく、ばねと歯車とワイヤーでできているのですから、これはもしかすると、人形としてはマキナのほうが一枚うわてかもしれない、と、デウスは鼻たかだかに思いました。
「ああ、マキナや。わしは、おまえに命が宿れば、とは願うまい。ただ、ずっときれいでいておくれ。なめらかに動く歯車ときしまないワイヤーが、いつまでも、美しく……」
 そういいさしたまま、デウスは作業机につっぷして眠ってしまいました。なにせ、マキナを仕上げるために、二日もとおしてかかりきりだったのです。
 その日は十二月二十五日。彼が窓の外を一度でも見ていれば、冷えこむ夜になることに気づいたでしょう。しんしんと降る雪が、工房のまわりにつもっていきます。
 火を入れていない暖炉から、吹きこむはずのない一陣の風が入りこみました。その風は、デウスがつけっぱなしにしたランプを消して、マキナの髪をゆらします。うず巻く風の中心に、いつのまにか赤い服の若者が立っていました。
 若者は工房を見まわすと、帽子ごしに頭をかきました。それからうんと伸びをしたり、かかとを軸にターンしたりと、まるでおかしなダンスを踊りました。しかしその顔つきは、まゆをひそめて、まったく楽しそうではありません。
 しばらくののち、若者は肩をおとして、デウスの背中に手を伸ばしました。そうしてようやく、机の上のぜんまい人形を見つけたのです。若者はそばにあった巻きカギを拾うと、マキナに差してぐるりと回しました。マキナは目をさまして、トンボを自慢するように差し出しました。
 すると、あろうことか、若者は、そのトンボをむしり取ってしまったのです。
「わたしのトンボを返して!」
 マキナは思わず叫びました。次の瞬間、マキナはびっくりして自分ののどを押さえました。今の声は、本当にマキナが出した声でしょうか? それに、どうしてのどを押さえるなんて動きができているのでしょう?
「それはね、ぼくがきみに夢を見せているからだよ」
 トンボを手に乗せた若者が、マキナに声をかけます。
「ぼくはニコラ。きみがマキナかな?」
「ええ。それがわたしの名前。でも、どうして?」
「どうして知っているかって? 知っているとも。きみが今日生まれたばかりだってこともね。メリークリスマス」
 ニコラがほほ笑んで、あいている手を出しました。マキナはとまどいながらも、小さな手をのばして握手をしました。ニコラの手は、まるでつららのように冷えていました。
「プレゼントだよ。きみは今日からほんものの女の子だ」
 今度はマキナがまゆをひそめる番でした。
「公現祭(エピファニア)はまだ先よ。それにあなた、ベファーナじゃないわ」
「ベファーナばあさんは腰をわるくしてね。これからは、ぼくが代わりにプレゼントをくばることになったのさ」
「ふうん。でも、わたしはほんものの女の子になりたくなんかないわ。トンボを返してほしいの!」
 ニコラはめんくらって、うっかりトンボを落としそうになりました。
「それはまた、どうして?」
「どうしてもなにも、デウスが作ってくれたトンボだもの。デウスはわたしに――ねえ、デウスはどうして起きないの? ニコラが夢を見せているから?」
 マキナがいうと、ニコラは少しだけ肩をすくませました。
「それもあるけれど、もっと大変な理由がある。つまり、デウスはこれから、天に召されようとしているんだ」
 マキナは両手で口をおおいました。マキナを作るために少しばかり無理をしたデウスは、力を使いはたしていたのです。冷えこむ夜を暖炉の火なしですごしたら、まちがいなくとこしえの眠りについてしまうでしょう。
「たいへん、ニコラ。だれかを呼んできて」
「残念だけどそれはむりだ。ぼくは精霊のたぐいだから、天への旅人を引きとめてはいけない。でも、マキナ、きみが命を得たなら、おとなりのドアをノックして助けを呼べる。暖かくしておかゆを食べれば、デウスはまだ助かるよ」
 ニコラがあらためて手を差し出します。マキナは腕を伸ばしかけましたが、すぐにその手を引っこめました。
「だめよ、だってわたしはマキナだもの。なめらかな歯車ときしまないワイヤー。そうでなくちゃ、デウスのために」
 目をふせてくちびるをかむマキナの真剣な口ぶりが、ニコラからうわっつらのほほ笑みをぬぐい去りました。
「二度とデウスに会えなくても、かい?」
 マキナはだまってうなずきました。
 ニコラは人差し指の甲で彼女の髪をなでました。
「分かったよ。じゃあ、別のものをあげる。ぼくが渡す初めてのクリスマスプレゼントを受け取っておくれ」
 そういうとニコラは、持っていたトンボを両手で包みました。次に手をひらいた時、そこには精巧なトンボではなく、まるでラピスラズリのようにあでやかなチョウが乗っていました。マキナはふるえる手でそのチョウを受け取ると、頭の上に乗せて、そっとまぶたを閉じました。
 マキナが動きを止めたことをたしかめると、ニコラはかかとを軸にしてターンをしました。どこからともなくつむじ風が吹いて、彼の体を包みます。いつのまにか、赤い服も、慈しみをたたえた彼の目も見えなくなって、そのあとの工房には、冬の夜中の寒さだけが満たされておりました。

 新年になりました。しばらくデウスじいさんを見ていなかった町の人びとが工房を訪れて、チョウの髪飾りをつけたぜんまい人形と、その前で安らかに眠るからくり師を見つけました。いまわの時までかかりきりだったのでしょう、人形の巻きカギは彼の右手ににぎられていました。
 人びとは老人の旅立ちを嘆きました。そして、せめて最後の仕事ぶりを見ようと、人形に巻きカギを差しました。
 すると、人形はなんと、ねじを巻くことなく動き出したのです。あっけにとられる彼らの前で、人形はチョウの髪飾りを手に取りました。そして、それを小さな指先に乗せると、とくいげに目を上げました。ふしぎなことに、人形の右に立っていた人も、左に立っていた人も、彼女の瞳に見つめられたような気がしました。
 人びとの注目をじゅうぶんに集めてから、彼女は腕を振り上げます。真っ青なチョウが、頭上をひとりでに舞いはじめました。はねにあしらわれた銀色の模様がきらきらとかがやいて、まるで星を降らせているようです。それを見つめる彼女の表情は、さらにまばゆい喜びにあふれています。うれしそうに見ひらいた目、わずかに持ちあがる口角、それからぱちぱちっとするまばたき。これほどあどけない女の子は、トスカーナの高原にだってそうはいません。
 わずかばかりの時間でした。それでも、チョウが彼女の頭にもどってはねを休めた時、町の人びとはやっと、それが魔法ではなくて人形であったことを思い出したのでした。
「歯車の音ひとつしなかった」
「チョウにはワイヤーがつながっていないのに、すごいな」
「ああ、まちがいなくじいさんの傑作だ」
 彼らは人形をもっとよく見ようと身を乗り出しました。そして、チョウのはねに小さな刻印がほどこされているのに気がつきました。そこにはこう記されていました。
 マキナ、デウスの真実の娘、永遠の美しさをともに。

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