ブリキノダンス

「ほほう」
 短く感嘆すると、青年は手に持ったブリキ細工を、更に詳細に食い入るように見つめた。
 青年の名は綾小路是清。近くの大学に通う一回生で、帰宅途中にふらりと寄った骨董市での一膜である。
 手にしたそれは、ブリキを打ち出し、繋ぎ合わせ、素人目にも卓越した技術で製作されたであろう事が容易に推察できる、女子高生を象った置物であった。両足を肩幅程度に開き、やや前かがみで、両腕は自然に前に垂らして学生鞄を握っている。顔は左肩越しに後ろを振り返っていた。
「背中に小さな穴が開いているであろう」
 店番をしている、如何にも骨董市然としている白髭の老人に声をかけられ、是清は我に返った。
「その穴にこれを差し込んでゼンマイを巻き上げてみるがよい」言うと老人は、是清に小さな器具を手渡した。
 ま、まさか、動くというのか。この静止物としても充分に完成している女子高生が、あろう事かゼンマイ仕掛けであったとは。
 是清青年は逸る気持ちを抑えながら、器具を穴に差し込み、ゆっくりとゼンマイを巻き上げた。指先から伝わる振動も心地よい。適度に巻き終えると、老人と自分の間にある台の上に女子高生を立たせた。
 機械式の軽妙な動作音が微かに耳に心地よい。
 次の瞬間、女子高生の置物は、左足の接地面を基軸にして、綺麗な円を描いて回り出したでわないか。
「凄え」是清青年は、更に食い入る様に女子高生を観察する。
 次いで、チキチキと新しい音が混じったかと思うと、ブリキを幾重にも重ねて表現されたプリーツスカートが、まるで開花時の花弁のごとく開いていく。花の中心にはパンダ柄のパンティが覗いていた。
 一頻り眺めて一息つくと、是清青年はできるだけさりげなく話を切り出した。
「ちなみに、まあ参考になんですが、これはお幾らくらいするもんなんですかね」
「十万八千円だね」老人の返答は早かった。
 実は是清青年、この女子高生を見た瞬間から欲しくて堪らなかったのだが、十万超えは流石にちと厳しい。なんとか値引き交渉に持ち込もうと、「パンダの柄というのがいただけないな。これが純白のパンティならば即決なのだが、うむむむなんともかんとも……」そう言って渋る素振りを見せつつ、老人の出方を伺う。
 それに対して老人の返しはまた早かった。
「女子高生の立場で考えてみるがよかろう。見られて恥ずかしいパンダ柄が見えてしまった。その羞恥心が見え隠れして唆られるのじゃないかね」
 確かに。そう言われてみると、女子高生の顔が幾分はにかんだ羞恥顔に見えてくるから不思議だ。
「買います」
 是清青年より老人の方が一枚上手であった。

 仕送りとバイト代のほとんどを老人に手渡すと、流石に今月の生活が不安になり、暗澹たる気持ちになったが、女子高生のブリキ人形が入れられた紙袋を見つめて平静を保とうとする是清青年であった。
「そうだ、忘れるところであった。その女子高生人形だが、何かもう一つからくりがあるとかで、パンティの更に奥の深淵という謳い文句がついていたの。おっちゃんは結局見つけることはできなかったが」
 な、なんということだろう。大きな謎を突きつけられ、是清青年の心からは、きれいさっぱり生活費の不安がかききえていた。
「ありがとう、おっちゃん」
 紙袋を丁寧に鞄へとしまい込むと、是清青年は元気に礼を言って帰宅の途につく。
「青春ってやつはいい」老人は何時迄も青年の背中を見送り続けた。

 四畳半一間。風呂無し、トイレと流しは共同の我が家へと、横開きの扉をガタガタと開いて帰りついた是清青年。手早く部屋着に着替えると、紙袋から女子高生人形を取り出し、詳細に観察を始めた。
 すらりと伸びた手足はとても滑らかで、職人の打ち出し技術の高さを如実に物語っている。全体のバランスもいい。完璧と言ってもいいフォルムで、いつまででも見続けて飽きることがない。
 是清青年は今一度細部に目を凝らしてみる。ハイソックスと太腿の段差も見事に再現されていて、絶妙な肉感が、彼の好みと見事に合致している。胸も大き過ぎず小さ過ぎず、彼の気に入った。
 そしてゼンマイを巻き上げてみる。
 ゆっくりと、そして滑らかに回転すると、是清青年にお尻を向けてピタリと止まる。プリーツスカートが風になびく様に広がり、眼前にパンダの柄が広がっていく。
 素晴らしい。実に素晴らしい作りだ。
 だがしかし、これ以上のからくりが潜んでいるとはどうにも考え難い。この細い体のどこに、それだけの機能を収められるのか。そう疑いつつも、是清青年は女子高生の全身を隈なく弄り始めた。首がスイッチになっているのではあるまいか。鞄に何かヒントが隠されているのではないだろうか。それらしい箇所はそれほど多くはない。同じ場所を何度も弄っているうちに、気がつけば深夜になっていた。
 木枠の硝子窓をからりと開けると、気持ちいい夜気が部屋へと流れ込み、是清青年は気分転換にふと夜空を眺め見た。今日は珍しく空気が澄んでいるらしく、東京の空にも星が瞬いていた。
「そういえばあのおっちゃんも、もう一つのからくりは見つけられなかったって言ってたな」
 そう呟くと、是清青年はもういいんじゃないかという気がしてきた。今のままで充分に魅力的な女子高生人形である。そこで満足しておけばいい。
 学校から帰ると毎日出迎えてくれる女子高生。だいたい考えてもみろよ。料理を作ってくれなくても、洗濯をしてくれなくても、あなたお風呂沸いたわよとか言ってくれなくても、帰宅したら掃除がしてあって、ベッドの下のエロ本見つかったかなとかいうドギマギがなくても、そこにただ居てくれるだけで尊いのが女子高生だ。おれは馬鹿だ。女子高生にその尊さ以上を求めてなんになるのさ。求め過ぎれば全てを失う事にさえなりかねない。もうやめよう。
 是清青年はそう星空に誓うと、窓を閉め、女子高生人形の前に戻った。
「ごめんな、いろいろ弄り回して。これからは大事にするから」などと、散々蔑ろにした彼女が病気になって、急にしおらしく愁傷な事を言いだすろくでなし彼氏みたいな事を言いだす是清青年。ろくでなし彼氏の反省は三歩で忘れるが、是清青年は果たしてどうであろうか。
 菩薩の様な穏やかな眼で女子高生を見つめる是清青年。ちくりと頭の片隅で違和感が刺した。平穏な、白く澄んだ心のはじの方が、なにやら黒く滲んでいる。黒く滲んだそのシミは、あっという間に大きくなり、骨董市のおっちゃんの顔になった。
「パンティの更に奥の深淵……」頭の中に言葉が蘇る。
 カチリとスイッチが入る様な音が聞こえた気がしたそれと同時に、是清青年はブラック是清へと変貌を遂げていた。
「人形になにを気つかってんだおれは」
 そういうと、それまで異常に……いや、以上に容赦なく女子高生を弄り、「ぐへへどうだ恥ずかしいか。恥ずかしいのんか」と趣旨を明らかに忘れ、欲望の赴くままに女子高生を堪能し始めた。
 その時女子高生の目が光った。
 何がスイッチとなったのか。もしかしたら是清青年のエロパワーが動力となったのかもしれない。ブリキの各パーツが目まぐるしく動き始め、全く別のフォルムへと変貌していく。
 是清青年の前に姿を現したのは、理科室にある人体模型であった。
「パンティの奥って、奥すぎるだろ」
 脳内で、骨董市のおっちゃんがサムズアップしていた。      了

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