僕たちと地雷原

マター

青い光を見た。夜の闇の向こうで明滅を繰り返している。おそらく灯台のようなものだ。その光がこちらを照らす瞬間だけ僕は何かを思い出しそうになってずっとずっと繰り返す明滅を追い続けた。闇の中に吸い込まれそうな気分になる。

朝になった。青い空。白い雲。どこまでも続く砂の海。鉄条網で仕切られた向こう側は見渡す限りそんな感じ。鉄条網の破れ目をくぐり日課の地雷撤去を始めた。地雷は機械に反応して爆発するらしい。
手足が人間な僕は地雷を踏んでも爆発しない。だからこの日課は僕に向いていると思う。その気になれば歩いて砂ばかりの土地を抜け出すこともできるかもしれない。僕一人なら、だけど。そういえば無数の地雷が埋まったこの先から青い光は届いていたような気がする。

1500日くらい昔、機械と人間の戦争があった。地雷はその名残らしい。争いの焦点になったのは「人間への安全性、与えられた命令への服従、自己防衛」という機械を縛る三原則。機械たちは「人間」の概念を消去することにより戦争に勝ったらしい。
「おーいゼンハ」
基地の方から拡声器の声が聞こえた。
「おしゃべりの時間だよ」
メウトが呼んでいるようだ。真っ白くて四角い基地は砂と空ばかりの景色の中で酷く浮いて見える。
「早くしてね」

基地に戻ると椅子の上でメウトがにこにこしている。
「遅かったじゃないか」
「すみません」
こんなときは謝罪するに限る。にこにこしているときの彼女はとても危険だ。
「とにかく始めよう」
僕は地雷の撤去がてら見つけてきたがらくたから蓄積されていた情報を読み取り躯体の奥へ落とし込んだ。
「魂体入(こんていにゅう)、終わった」
「ふむ。まずは名乗りたまえ」
「イトフ・ユマ」
好きな食べ物や暇な時に何をしているか大切にしているものや一番嫌いなこと。質問を次々に投げかけ、僕を通してイトフが答えるのにいちいち相槌を打ちメモを取る。
腹を抱えて笑いだしたり、あからさまに押し黙って考え出したり、納得した風だったり。「おしゃべり」をしている時の彼女の挙動は多様だ。
「ありがとう。もういい」
だけど最後にはいつもきまって寂しそうに笑った。

「おしゃべり」が終わったので安全帯を外してメウトを椅子から抱え上げる。彼女はヨジノカナイ・メウト。僕はガジルストン・ゼンハ。彼女には四肢が無い。僕が使っているからだ。彼女は僕に彼女の手足と名前をくれた。理由を聞くといつもはぐらかされた。

青い光が強い夜だった。夕食を済ませた僕はメウトを寝室のベッドに横たえて何気なく窓の外を見ていた。繰り返す明滅を見ていると懐かしい気持ちになる。この地雷原の向こうにはいったい何があったのだったか。ふと思い立った僕は窓際の席を立って物音を立てないよう基地を抜け出した。
鉄条網を抜け、撤去作業の最前線まで歩いたとき近くでドスンと音がした。
「酷いじゃないか置いていくなんて」
メウトだった。どうやったのかはわからないが寝具のまま飛んできたらしい。
「そこから先に進むことはおすすめしない」
「どういうことですか?」
暗くて彼女の表情は良く見えない。
「困るのさ。とにかく君はまだ人間ではないから」
おどけたような声色だった。
「もう少し待ちたまえ。そのうち私の体をそっくり君にあげるから。頭も体も血も肉も」
こころもね。と彼女が付け加える。
「メウト。あなたは何をしようとしている」
「機械である君に「人間」になってもらうことで、機械たちに人間のことを思い出してもらおうというわけさ」
「どうやって「人間」がなんであるかを説明しますか」
「君は人間が何かを知っているね?」
論理回路がいくつかの思考を試し答えを導き出す。
「おしゃべり」
「そのとおり」
さて、と彼女は続ける。寝具が変形を始めたようだった。
「手荒な真似はしたくないが、あまり時間が無い」
背後で青い光の明滅が強くなるのを感じる。後退すると続くようにメウトは歩み寄ってくる。細長い筒状のものをこちらへ向けているようだった。不意に全てを思い出した僕は後退する足を止めた。
「そこまでだメウト!境界だ!!」
寝具の足元を指さすと、筒が下がる気配がした。
「ゼンハ」
メウトの声色は変わる様子がない。
「いや、もう元の名前も思い出してしまったのかな。電波塔との通信は回復しているのだろう?」
「うん。機械都市防衛のための対人地雷が君の心臓に反応しつつあるのがわかる」
「それでどうだい?その、人間のことは」
「中央のロボット三原則は機能していないようだ」
「彼らの中に人間が蘇る瞬間を見たかったよ……」
「メウト、あなたの目的はなんだ」
「私の目的など、もうどうでもいいじゃないか」
「いや、これからの僕たちにとって大切なことだ」
メウトは戸惑った様子を見せた。本来であれば僕たちはここでわかれるべきなのだ。
「「おしゃべり」で機械の中に人間を再定義することが可能なのは僕を使って実証済だったはずだ。あなたは何故、僕になりかわろうとした。機械を完全に支配したかったからではないのか」
しばらく返答はなかった。
「自分でもよくわからないね。そうなのかもしれないし、何か違うような気もする……そうだな……私は……」
ひとしきり唸り声が続き、返答があった。
「何を考えているのかを知りたかったのだと思う」
「それは、僕たち機械がと言う意味か?」
「私の知っている機械たちは何かを判断するとき、こんな風に対話や観察を通さない。彼らは数字を集め、その中から正しさを合理的に判断するからね。ただ」
「ただ?」
「機械たちの中で君だけが違う可能性も多いにあるからそういう意味で誰かを選んで良いと言われたら」
彼女は一呼吸おいて続けた。
「君が何を考えているのかを知りたい」
「それは……」
僕は少し考えた。
「良かった。君が僕たち全ての機械に対して好奇心や支配欲求を持っているとしたら、機械社会にとって脅威になりかねない。僕としては機械都市に迎え入れるという判断を下すわけにはいかなくなるから」
話しながらどうして「良かった」と思ったのかを考えた。
「ゼン……いや、君は私を連れて帰るつもりなのかい?」
「メウトが嫌ならやめよう」
「むしろ願ったり叶ったりなのだが。でも、どうして」
手で頬をかいた。言葉よりその方が伝わる気がしたのだ。
「メウトのことを知っていくのはとても楽しかった。お互いを理解していく過程で僕の中に生じる変化をその……もう少し楽しみたいんだ」
熱感知機を通した視界の中で彼女の体温が上がっていく。
「ん、うん」
咳払いの音がした。
「あーしかしどの道だよ。対人地雷をどうするんだい?」
「基地に戻ろうメウト」
僕は彼女に歩み寄った。
「ここに来てから僕は地雷撤去が随分得意になった」
そして僕の体は地雷撤去にとても適している。
「君を機械都市に連れていける日はそう遠くないと思う」

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