マッシュルームチーズバーガー

マソソン☆マンリン

「あなたは猫派? それとも犬派? 私はどちらでもあるといえるし、どちらでもないともいえる」
 それが、彼女自身がそうだというセクシャルフルイドについての説明だった。
「だって、同じ猫でもチェシャ猫は好きだけどガーフィールドはそうでもないし、ケンケンなら飼ってもいいけどスパーキーは気の毒だけどちょっと怖いわ。じゃあチェシャ猫とケンケンだったら? そんなの決められっこない。だってどっちも好きだもの――。私のいいたいことわかる?」
 一般的なセクシャルフルイドの定義とは、好きになる性別が水のように定まらず相手によって変わる、ということだ。知識として知ってはいるが、バイセクシュアルとの違いはわからない。犬とか猫ではなくロッキー・ホラー・ショーで例えてくれればあるいは理解できたかもしれない。だが、そんなことはいわない方がいいに決まっている。
「LGBTという括りだって、性的少数者にレッテルを貼って区別してるだけだわ。そんな枠組みに縛られたくない」
 男はただなんとなく、本当に軽い気持ちで、彼女に声をかけただけだった。そのちょっとした下ごころのおかげで今、かなり面倒なトラブルに巻き込まれていた。彼女たちマイノリティーを取り巻く環境は繊細だ。それは男もわかっている。しかし、だからこそ、こんな状況下でそんなセンシティブな話題はごめんだった。
「でも俺は縛られるのは嫌いじゃない」
「なんの話をしているのかしら?」
「シコウの話さ。君の性的指向は何となくわかった。だから今度は俺の性的嗜好を白状する番だ。お互いのシコウを理解しておけば、ベッドでの悲劇は回避できる」
「それには賛成よ。これであなたのベッドに行かずに済む」
「つれないね、リリーローズ」
 女は緩くウェーブしたブロンドの髪をかきあげ、眠たげに見える大きく濡れた瞳で男のことを見つめた。
「リリーローズ?」
「名前がないと呼びにくい。でもきっときみは、本当の名前を教えてはくれない」
 リリーローズと呼ばれた女は悪戯っぽく微笑んだ。
「かもね? それで、あなたの事はなんて呼んだら?」
「ジョン・ブル」
「オーケー、ジョン。それじゃあ援護をたのむわ」
 いうなりリリーローズは床を蹴って駆けだした。
「バカ、こっちの準備がまだ――」
 マズルフラッシュと乾いた銃声がリリーローズを迎える。ジョンは慌ててベレッタM9の撃鉄を起こして援護してから、彼女の後を追った。
「無茶するなブス!」
「誰がブスだ!」リリーローズはジョンの股間を容赦なく蹴り上げた。「生まれて初めていわれたわびっくりした」
 うずくまるジョンを無視して、リリーローズは敵の出方を窺った。しばしのこう着状態。ジョンが涙目で訊ねる。
「まるでチャイニーズニューイヤーじゃないか。あの東洋人たちはいったい何者なんだ?」
「さあ? ろくでもないフーマンチューでしょ」
「なんできみはそのおっかないフーマンチューから追われなきゃいけないんだ?」
「私がかわいいからじゃないかしら」
 そういって細い体に不釣り合いなほど豊かな胸を張った。
「オーケーわかったよ。さっきのは言葉のあやだ。もちろんきみはかわいい。だけど、かわいい子を追いかけるのに銃は必要ない」
「あらそう? 今まで私を追いかけて来た男たちはたいていピストルを手にしてたけど」
「きみはなかなか興味深い日常を送っているみたいだ」そういってジョンは腰にさしていたハンドガン、シグ・ザウエルP320を渡した。「使い方はわかるかい?」
 リリーローズは残弾数を確認してからスライドを引いて薬室に装填した。なかなか手馴れている。
 扉の隙間から顔をだした彼女の頭上で火花が散った。それに構わずP320を撃つ。奇妙なうめき声を合図に、敵の銃撃が止んだ。
「鉛玉が頭をかすめても怯まないとは肝が据わってる」
「人の頭なんていう小さな的に、ピストルの弾なんかそうそう当るもんじゃないって、パパがいってたから」
「キミのパパはいったい何者なんだ?」
「ジャック・スパロウに決まってるじゃない」
 リリーローズはジョンにウインクを飛ばすと、倒れた男のもとへ駆け寄った。男の持っていたカラシニコフを蹴飛ばして安全を確保してから、男の懐を探った。
 別の足音が階段を上ってくる。追っ手はまだいる。リリーローズは何かを階段に向かって投げ、耳を塞いだ。ジョンもそれに倣った。次の瞬間、階段室から爆発音が轟いた。
「おい、あれはなんだ? 何を投げたんだ」
「アップルよ」リリーローズが投げたのはM67破片手榴弾、通称アップルグレネード。そこの男から奪ったものだ。「使い方は昔パパから教えてもらって知ってたわ」
 エレベータの扉が開いて更なる追っ手がやってきた。
「残りのアップルをここで使ったらどうなると思う?」
「興味深いね」
 リリーローズはピンを抜いて投げる。男たちは慌ててエレベータに戻って閉まるボタンを連打した。その隙に隣の貸室に入り、奥の避難扉に向かった。パニック扉と呼ばれるそれにはドアノブは付いていない。あるのはプラスチックカバーで覆われたシリンダーと、緑色のプレートだけだ。
「ちょっと、これどうやって開けるの?」
「カバーを割って中のツマミを回すんだ」
 銃撃が再開される。ジョンはそれに応戦した。
 リリーローズはサンダルの踵でカバーを蹴破り、ツマミを回した。ドアを押し開けて隣のテナントに転がり込み、威嚇射撃を続けているジョンを引っ張り入れた。
 パニック扉を押して開けたということは、この先に非常出口があるということだ。そこから外に出ることができる。
 雑然と並べられたデスクを盾にしながら部屋の奥へと走る。パニック扉からのぞいた追っ手に向かって発砲し、また走る。非常出口は南北に長いこのオフィスビルの妻側にあった。サムターンを回してロックを外し、外階段に出る。
「ちょっと待って」
 リリーローズは最後のアップルを手摺に固定するとシャツを脱いで引き裂き、細いロープを作った。それをピンに通してドアノブに括りつける。即席トラップの完成だ。
「それももちろん?」
「パパから」
「だろうね。きみのパパがジャック・スパロウだなんて俺は信じないよ。本当はシュワルツェネッガーなんだろ」
 二人は階段を駆け下りる。頭上でドアが乱暴に開く音が聞こえる。アップルの安全レバーが二人の目の前を落ちて行く。敵は銃撃がないかを確認している。彼らが踊り場に出てくるのと、アップルがさく裂するのは、同時だった。
 ジョンは一階まで下りるとそこあったバイクに跨った。きっと奴らのものだろう、キーは挿さったままだ。
「タンデム仕様のノートンとは気が利いてる。この持ち主にはパブで一杯おごってやりたいくらいだ」
「それは無理よ。だってもう死んでるもの。それとも、キョンシーとスコッチの飲みくらべでもするつもりかしら」
「アンデッドにはショットガン(テキーラ)だろ?」
 リリーローズもシートに跨り、ジョンの腰に腕を回した。
「その格好のまま行くつもりかい」
「私は平気よ、こんなのビキニと変わらないもの」
「気持ちはわからないでもないが、胸に詰めるパットはほどほどにしておいた方がいい。大きすぎて、はみ出してる」
 彼女はむき出しのブラから詰め物を取り出した。それはパットではなく白い粉、ドラッグの詰まった袋だった。
 フーマンチューの連中はこれを取り返すためにリリーローズを追いかけていたのだ。それは必死にもなる。
「どうするつもりだ?」
 リリーローズは首をすくめ、近くに停まっていた車の窓にそれを投げ入れた。
「マッシュルームとチーズのたっぷり入ったハンバーガーが食べたいわ」
 そういってP320でガソリンタンクを狙って撃った。三発目で引火し、車は炎上。燃え盛る炎がリリーローズの肢体を扇情的に揺らめかせる。胸の膨らみは慎ましくなったが、それでもジョンの情欲をくすぐるには十分だ。
「さっきの話だけど、気は変わらないかい」
「もしかしてあなたのベッドに行くってこと? そうね、本当に縛ってもいいのなら考えてみようかしら」

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