空腹の接触

檀敬

 我々の監視網はずいぶん前からその物体を発見していた。それが天然のものではないということをいくらかの観測情報から解析できていた。それが均一で滑らかな物質で表面全体が覆われていることや高純度の金属が露出している部分があること、若干の起伏はあるが全体の形が球であることなど、確率的に通常では存在し得ないからだ。

 それが我々の惑星表面まで辿り着く予想は、思考の中になかった。大気との断熱圧縮で燃え残るにはあまりにも小さかったので、過去の蓄積情報から算出した「燃え尽きてしまうであろう」という予想は当然の結論だった。
 しかし、予想と実際は違っていた。大気との断熱圧縮でも燃え尽きずに落下してきたのだ。しかも、大気の下部層に入ってから空気抵抗を利用した制動装置を展開し、その後に噴射装置による制動を行って見事に着陸した。
 ここから導かれることは、間違いなく何者かが我々の惑星にやって来たということだ。それも宇宙空間を移動できるほどの知性を持った存在が、である。しかし、この段階ではそこまでの判断しかできなかった。我々は特別組織を編成してこの事態にあたることにした。

 特別組織は着陸した物体、仮に「スフィア」と呼ぼう、を目視で観察することから始めた。「スフィア」が着陸して半日が経過したが実質的な動きはまだない。だが、大出力の電磁波が「スフィア」から発信していることは着陸当初から観測していた。解析結果の第一報が、この電磁波は変調されていて何かの情報が載っていることを報告していた。今はまだ電磁波の標本量が少なくて分析と解析が進んでいないが、結果は一日程度の時間で得られるだろう。

 着陸の翌日、動きのない「スフィア」に対して、特別組織は「スフィア」の周囲に全帯域の電磁波を動的に観測する装置を立体的に配置した。この装置からの観測で判明したことは次の通りだ。
1、「スフィア」の表面は珪素酸化物の焼結体を貼り合わせてあり、これが大気との断熱圧縮を遮断したようだ。
2、「スフィア」の内部は空洞で、その空間は特殊な断面形状の金属骨子を用いた三角形構造が支えている。これによって構造補強材のない、広い内部空間を確保できる。これの理由はのちに分かることとなる。
3、「スフィア」には我々と同じ電脳が存在し、それが「スフィア」を制御しているらしい。原始的ではあるが、大気の層で燃え尽きることなく着陸させたのはこれのおかげであろうと推測する。
4、「スフィア」の内部空間には、我々の惑星とは違う気体が充満している。その気体の中には、我々が最も忌み嫌う酸素が含まれており、我々は危険性を予期している。
5、透視映像で内部空間に『動き回る熱源体』が存在しているらしい。その数は三体、約三百十度の温度で忙しなく小刻みに空洞内を移動している。これらの存在のために内部の空間が広く作られていたのだ。
6、この動き回る熱源体、仮に「クリーチャー」と呼ぼう、は燐灰石を主成分とした内部骨格を持つ構造だ。しかし、それと共に構成されている器官については詳細な分析ができていない。映像としてハッキリと映らないからだ。これらは桁違いに複雑な分子で構成されている器官のようで、一朝一夕に解読することは難しいと予想された。
 また、内部を透視した映像の観察で「クリーチャー」の本体からは五つの突起物があり、四本の長い突起は二本ずつ対になっており、一対は「作業腕」で、もう一対は「歩行脚」のようだ。残りの突起は短くて丸くて大きい。どうやらこの突起には感覚器官が集中しているようだ。太古の記録映像にある「二足歩行生物」と類似性がある。
7、「スフィア」の表面には、円形の小さな「窓」があることを観測した映像の観察で発見した。そして、その窓から時々「クリーチャー」がこちらを覗いていたのだ。窓からは感覚器官の一部しか見えていなかったが、一対の滴状で中心が黒くて丸い感覚器官と、開閉が可能な裂けた穴の二つを確認した。太古の記録映像と照合すると、それぞれを「目」とか「口」とかという感覚器官のようだった。

 発信された電磁波の分析情報と全帯域電磁波観測装置による「スフィア」本体の走査解析情報によって「スフィア」と「クリーチャー」について、次のことが判明した。
1、大出力の電磁波は『遭難信号』だった。
2、この「スフィア」は『脱出艇』と呼ばれる緊急避難用の宇宙船であった。
 これは我々にとって重要な事実であった。我々には、太古に刷り込まれている記録がある。
「生物の危害を看過してはならない」
 我々は記録に従って、この「クリーチャー」の救助を決定した。

 着陸から翌々日に、我々は「スフィア」の内部に組み込まれた電脳との接触を試みた。しかし、こちらの送信に対して返信が来ない。搭載されている電脳はあまりにも原始的で、我々の問いかけに対して情報を取りこぼし、処理を中断しているようだった。
 仕方なく電脳の内部を走査すると「文字会話」が電脳の機能として存在することを発見した。これを利用すれば「クリーチャー」と会話ができる。文字言語の解読は完了済だったので、その機能を遠隔操作して会話を試みた。

 会話は非常に粗野だった。
「お前たちは誰だ? 正体はなんだ? 姿を見せろ!」
「殺さないで! 私たちは善良な人間なのよ!」
「息苦しくなっている。酸素が足りないみたいだ」
「非常食は食っちまった。何か食い物をくれ!」
「早く助けてくれ! 死ぬのは嫌だ!」
 我々の問いかけには答えず、要求だけをぶちまけてきた「クリーチャー」だった。その中でも「酸素が足りない」と「食い物が欲しい」だけは「クリーチャー」の救助にあたっての最重要点であると判断した。

 酸素については問題ない。酸素は我々の部品劣化を防ぐため、大気から除去している廃材だった。隔離している酸素タンクから配管して、着陸後七日目に供給を開始した。
 しかし、酸素の供給には適切な濃度があるという知識を我々も「クリーチャー」自身も知らなかったために「クリーチャー」の一体が酸素中毒で死亡した。後になって記録映像を確認したところ、内部の電脳が警報を発していた。

 最大の問題は『食い物』であった。
 我々には、それが何を指し、何を意味しているのか、それがどんなモノで、何でできているのか、さっぱり分からなかった。過去に蓄積した情報を調べても、太古の映像記録を見ても、その項目だけはまるで意図的に情報を削除したかのように欠如していた。仕方なく「クリーチャー」に電脳の会話機能で尋ねるが「クリーチャー」は衰弱が激しく、聞き取るのに非常に長い時間を費やした。
 聞き取り調査によると「血となり肉となり、活力と気力、勢力と元気を生むモノだ」という。理論的にも物理的にも合理性を欠く代物のようである。我々の動力源は電気なのだがそれではなく、多種多様なモノを指すらしい。「クリーチャー」は、我々に「肉・小麦・林檎・酒・卵・豆・パン」等の単語を提供してくれたが、我々はそれを解読する以前にどうしても「食い物」の概念が理解できない。
「早く食い物を持ってこい!」
 会話機能を使って「クリーチャー」が何度も激しく訴えてくるのだが、我々は八方塞がりだった。手をこまねく間に「クリーチャー」の熱量減少が続き、着陸から数えて三十五日目に一体が動かなくなり、死亡を確認した。

 悲劇は、四十九日目の朝に発生した。
 生き残った「クリーチャー」が、機密扉の強制開放装置を作動させようとしているのに気付いた。我々は急いで機密扉を重機で物理的に押さえたが間に合わなかった。
 開放された扉からヨロヨロと出てきた「クリーチャー」は「口」から音波を放った直後に倒れ、そのまま絶命した。
 結局、我々は「クリーチャー」の救助に失敗し、今に至っても最期の音波の意味を理解できていないのであった。
 最期の音波を解析した結果は次の通りだ。
『はらへった』

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