宇宙紳士

小林某

【前回までのあらすじ】
 年末の、年越しのカウント・ダウンをする番組でのことだ。国営団地に住む奥田雅治くんの家では、毎年、年越しのカウント・ダウンの番組を楽しみに見ていた。それが今回は、なぜだかきゅうに画面が変わって、全身を銀色にギラギラひからせた奇妙な人間がうつしだされた。背後には潜水艦の丸窓のようなものがあって、その中には星の海が見えていた。彼は自らを宇宙人と称し、これは電波をジャックして放送しているものだと言った。目的は、地球を征服して、地球人をどれいにすることだと、そいつは言った。皆こんなものはいたずらだと笑ったり、怒ったりしたが、年が明けてから、奥田雅治くん失踪の団地のニュースが、帝都を騒がせることとなった。

『仮面の奇術師』
 大倉新吉くんはたいへんな豪邸に住んでいた。彼の家は旧伯爵家で、いまでこそ爵位というものは有名無実だが、高貴の血筋と、ばくだいな資産にかんしては、そのかぎりではない。また新吉くんは小学生にしてまことに貴族の末裔にふさわしく、彫刻のような美しい顔をして、まっすぐな性格をしているものだから、お手伝いさんたちの信頼も篤く、当主である父よりも、むしろ当主らしいといえた。父とても、そのことに嫉妬するどころか、たのもしい後継ぎだと、社交界でも、自慢のタネにしているほどだ。
 大倉家の食卓に、今日はひとりお客さんがくわえられていた。広い部屋のまん中にはめずらしい大理石のテーブルが陣取っていて、草色のベロアを貼った籐椅子がならんでいる。ひとりひとりに揃いのクロスがかけられていて、みんな少しずつ風合いがちがっているが、とうぜんB級品なんかではなく、職人による手織りであるためだ。その上に、びんぼう人には一生見ることもできないような、ほんものの銀食器がきちんきちんとならべられていて、牛肉のいいところを焼いたものだとか、あめ色にすきとおったきれいなコンソメ・スープだとか、無農薬の高原野菜などがきれいに盛りつけられていた。
 気品あふれるこの場面に、そのお客さんはちょっぴり場ちがいに見えた。というのもお客さんは、家の中というのに大きなマントを羽織ったままで、ニヤニヤ笑ったぶきみな仮面をしているのだ。彼は奇術師として全国を放浪する身だそうで、近所の公園で披露した奇術があまりにみごとなものだから、ぜひディナーでもと新吉くんから声をかけたのである。名を魔津本天心(まづもとてんしん)といったが、おそらく芸名だろう。きわめて素性があやしいけれど、新吉くんの賓客なればと誰もしいて反対はしなかった。
 魔津本は緊張でもしているのか、これだけのごちそうを前にして、手をつけようともしない。マントも脱がなければ、仮面も商売がら人前で外すわけにはいかないといいはった。あんまり強情だから、お父さんはついムッとして、それでお腹がへらないものかい、とからかうように笑った。いつもならこんなことをいう人ではないが、とくべつのときのためにとってあった年代物のワインを早く飲みたかったのだ。もっともその「とくべつのとき」を作ってくれたのも、他ならぬこの仮面男なのだが。
 魔津本はいきなり立ちあがった。気を悪くしたかと不安に見守っていると黙ってマントを振りかざし、テーブルを覆った。お姉さんの栞さんがお洋服がよごれてよと注意するのを制して、
「一、二の、三!」
 のかけ声でマントを外した。果たしてテーブルの上には何もなくなっていた。年代物のワインもだ。皆一驚をきっして声も出せないでいたところが、もう一度マントを振り、
「三、二の、一!」
 と唱えるとふしぎ、ふしぎ、テーブルには空のお皿とボトルだけが元通りきれいに並べられていた。あ然とする家族をよそに、よろこぶ新吉くんを見て、魔津本ははじめて言葉をしゃべった。
「君は、ものが消えるのがそんなにおもしろいのかい」
「もちろんですよ。こんなすごい奇術って、ちょっと他じゃ見られません」
 魔津本は笑ってーー仮面の顔ではなく、ほんとうの笑い声をあげて、マントをもうひとふりした。新吉くんの目の前が真っ暗になった。どれだけ大きいマントなのだろう、と思ったつぎの瞬間、そこには銀河が広がっていた。マントは新吉くんを包み込んでいたのだ。
「アッー! いったいこれは、どうしたことだろう。ここは、宇宙なんですか」
 あたりには誰もいなかったが、魔津本の声だけが耳の近くに聞こえた。
「そうだよ、幾億万光年の彼方だよ。君は今、宇宙のただ中にいるんだ。どうだい、おうちに戻りたいかい」
 新吉くんは一寸考えると、ニッとかわいい笑顔を見せて、いいえ、と元気に答えた。
「わかった、わかった。じゃあそこで、お洋服を脱いでくれないかな」
「なぜ脱ぐのです?」
「だって宇宙では、服なんかいらなかろうじゃないか」
 それもそうだ、と納得して、すっぽんぽんになると、脱いだ洋服はどこへやら消えてしまった。

 大倉邸では、突然の坊ちゃんの消失に、大騒ぎになっていた。魔津本は新吉くんを包み込んでのち、洋服だけを吐き出して、窓を突き破って逃げ出したのである。
 お父さんも、お母さんも、ただオロオロとするばかりだったが、ただひとり、栞お姉さんだけが立派であった。
「わたくし、こういう事件にうってつけの人物を知っていてよ。女学校のお友達の城之内トミ子さんが以前お世話になったという、なんとか言う探偵さんに依頼すればいいのだわ。すぐに
車を呼んでください。城之内さんの家に、行ってまいります」

 城之内トミ子の家は帝都郊外にあった。ここらへんは閑静な住宅地で、あたりには駄菓子屋だのの庶民のお店がたくさんある。栞さんは急いで車を降りると、何かにぶっつかって転びそうになった。それは缶けりにきょうじている少年であった。
「ごめんなさいね、ぼうや。でも今わたくし、急いでいるの。すぐに失礼して……」
 すると少年は振り向いて、こんなことを言った。
「あなたは大倉さんのとこのお嬢さんでしょう。知っていますよ。弟さんのけんで、ここにいらしったんですね」
 栞さんはギョッ! としました。いったいどういう子なのかしら。もしかしてこんな小さくて、あの魔津本の刺客だとでもいうんじゃないかしら。
「城之内さんならお留守ですよ。でもお隣の神宮寺さんはご在宅です」
「まあ、あなたいったい、どういう子なのかしらね。わたくしはね、行方知れずになった弟を助けてもらうために、トミ子さんが以前お世話になったっていう、探偵さんにご用なんですからね。子どもはひっこんでいてちょうだい」
 すると少年はニヤリと笑ってこう答えました。
「直接ご依頼すればよろしかろうじゃないですか。そのご用の相手というのはね、お隣に住んでいる神宮寺又一郎のことなんですからね」
 なんと不敵な子どもがあったものでしょう。栞さんは一驚をきっせずにはいられませんでしたが、なぜだかこの少年はほんとうのことを言っているように思われたのでした。

 さてついに物語は加速してまいりました。雅治くんはなぞの宇宙放送のえじき、新吉くんは奇術師のいざないで宇宙へ。このふたつの事件には、はたしてどのような関係があるのか。それは次回の、お楽しみ。

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