僕が言いたいのは延々

3×3×3

 有彦が目覚めると、視界の端にふわふわとしたものがあり、特に確認もせずにそれをつかむと、ふさふさとした触り心地とこころなしか感じる抵抗を受けて、今手の中にある物が生きている気がして目を凝らせば、それは犬の尻尾みたいで、ようやくはっきりしだした頭をめぐらすものの、ペットを飼いはじめた覚えもなければ戸締まりをおろそかにした覚えもなく、どこかで酔っ払いがてらに買ったオモチャかなにかだろうかと考えたりしながら、尻尾の先にあるものを見ようとしてから、その犬の尻尾のようなものがロープのように長く長く伸びているのが見え立ちあがり、尻尾のようなものを手にしたままその先を手繰るようにして歩きだし、捨てっぱなしにしたカップ麺の容器や読みかけの雑誌を踏んだり蹴ったりしながら進んでいくと、あっという間に玄関までつき、その細長い尻尾のようなものが薄く空いた扉の隙間から飛びだしていて、あちゃあ戸締まりをしっかりしてなかったのか、記憶なんて当てにならないなぁ、と思ったあと室内に戻ってから、付けっぱなしになっていたクーラーを消し、電気代もったいないな、と愚痴愚痴考えてから、寝間着に着替えずTシャツとジーンズのまま寝ていたので、汗臭いかなと思いつつも、別にデートに行くんじゃないんだからと割りきって、そそくさと外に出て、ガチャリ、と戸締まりをしたあと、尻尾らしきものの行く先を追ってみれば、この部屋の前から歩いて五秒ほどのところにある、マンションの外に剥きだしになった古びた螺旋階段のところまで続いているのが見えて、特に躊躇いもなく歩いていくと、尻尾のようなものは階段の下へ下へと続いているようで、こんな調子じゃ俺の頭の中までぐるぐるしてくるよ、なんて暢気に考えたりしながら歩いていき、夏の昼間らしい日差しに目をやられそうになったり、手すりに籠もった熱で火傷しそうになったりしながら、あっという間に降りると、相変わらず尻尾はまだまだ伸びていて、マジかよ、と呆然とする一方、なんだかスタンプラリーみたいだななんて楽しくなりはじめて、降り立ったマンション住人用に設けられた駐車場のアスファルトの上、延々と伸びる尻尾の横を歩いていき、たまにぴくりとする動作を楽しんだりしていると、同じマンションに住んでいるキヤクさんにばったりと出くわして、なにしてるの、と尋ねられたので、尻尾の先を持ちあげて、なんかこれがどこまでも続いているみたいで、なんて言ってみてから、説明している有彦も、わけのわからない状況だよな、と振り返って笑いたくなったりしていて、そんな気持ちが伝わったのかキヤクさんの方も、なにそれ、と腹を抱えだしたせいで感情の行き場がなくなり、じゃあ行きますんで、とごまかして立ち去ろうとしたものの、面白そうだから俺も行くよ、なんてキヤクさんが同行を申し出てきて、有彦も本音では、ダメです、と言いたかったものの、はっきりと言えるほど親しくも仲が悪くもなかったので、そうですか、なんて答えにもなってない返事で応じて歩きだせば、キヤクさんも言った通りついてきたので、いなくなってくれないかな、なんて思いつつもそのまま歩いていくと、駐車場前の道路の上に伸びる尻尾を見て、轢かれてないのかな、と考えたあと、案の定長く伸びた尻尾の一部にタイヤの跡らしきものがついているのをみとめて、ああやっぱり、と痛々しく感じるかたわら千切れないくらい頑丈なんだなと感心したりして道路を渡ると、今度は尻尾が畑の上を通っているのが見えて、さすがに無断で渡るのには抵抗があり、ちょうど近くで畑弄りに勤しんでいたご近所さんであるカナコさんに声をかけて、かくかくしかじかまるまるうまうまなんて説明すると、へぇ、不思議なこともあるものだねぇ、とか緊張感がなさそうに言ったあと野菜を踏まないように注意するという条件で快諾してくれたのでとりあえず一安心した矢先、じゃあ行こうか、なんて当然のようにカナコさんもついていく流れになっていて、どうやらそういうものなんだなと事態を受けいれたところでカナコさんが指示した道を通って畑を渡り終えると、今度は一軒家と一軒家の間にある細い道を尻尾が通っているのがわかって、尻尾の先にいるのは猫かなにかか、なんて短絡的な想像をしたあと、ちょっと窮屈だなと思いながら道を通り終えてまた道路を渡っても道が続いているのを確認してから、通れたよ、なんて後ろからついてきて嬉しそうに言うカナコさんにちょっとだけ見惚れた瞬間、助けてくれぇ、なんて汚らしい悲鳴が狭い道の方から聞こえてきたので振り向けば、キヤクさんの腹が路地に引っかかって動けなくなっていて、べただなぁ、と有彦は呆れたり笑ったりしながら、カナコさんと一緒にキヤクさんをウンショウンショと引っ張って、千切れる、だとか、君たちは人の心が無いのか、なんて大袈裟なことをを言われながら、大きなカブを引っこ抜く要領でなんとかキヤクさんを路地裏から脱出させることに成功して、ひとでなし、なんて文句を言われながらも、まだまだ尻尾が先へ先へと続いているのを見て道路を渡ろうとしたところで、ちょうどトラックが尻尾を踏んで行き、同時に、ふぎゃ、なんて低い鳴き声が聞こえてきて、もしかしたら、この旅も終わりが近付いているのかもしれない、短かったななんて感慨と同時に一抹の寂しさなんかも押しよせてきたものの、とにかくこれが何の尻尾かだけでも見極めようと歩きだして、その途中、暑さでふらふらになったキヤクさんが尻尾のタイヤの痕がついたところを踏んだところやそれを気の毒そうに見つめるカナコさんなんかを目の端におさめつつも、尻尾が一軒の廃墟の中へと続いているのを見て、特に誰を倒したわけでもないのにこれから魔王に挑むような気持ちになりつつ、ごくりと唾を吞みこみ一歩踏みだすと、廃墟内の床にはガラスやら電化製品やらゴミやらが散乱していて、なんとかあまりない足の踏み場を探しながら進んでいく最中、ゴキブリやらムカデ、ドブネズミなんかが現れるせいか、キヤクさんが野太い悲鳴があげたりカナコさんがそうした動物の方に心惹かれるように歩み寄っていったりするのを見ながら進んでいくと、いかにも曰くがありそうな黒く塗られた扉が有彦達の目の前にあらわれて、尻尾は扉の真下に引き潰されながらも室内に続いているらしいと確認したものの、あいにく扉にはノブもついていなければ鍵も閉まっていそうで、さてどうしたものか、と有彦が頭を悩ませていたところで、どいててくれ、なんて格好をつけた声をだしたキヤクさんが空手っぽい構えを作ったかと思うと、鋭い正拳突きを繰り出して、いくらなんでも拳が砕けるだろう、と心配していると、あっさりと扉が開いて、どうやらノブはなくとも鍵はかかっていなかったらしいとわかり、拍子抜けしつつも中へと潜りこむと、大きな犬のぬいぐるみめいた後ろ姿が見えて、どうやらこの旅も本当に終わるのだな、とほっと胸を撫で下ろしたところで、ぬいぐるみの顔が見えるところまで歩くと、どうやらそれはぬいぐるみではなくきぐるみだったようで、中にいたのは眼鏡をかけたがりがりとした老人で、どろどろに溶けたアイスを狂ったように搔きこんでいて、そのパッケージはどう見ても有彦の家の冷凍庫におさまっていたものに違いなく、その証拠にちょうど有彦が買いだめした三個分のアイスの空き箱があって、つまりは鍵が開いてたのは泥棒の痕だったのかと半ギレしそうになりながらも、やつれた老人の顔を見つめると本気で怒る気にはなれず、仕方ないな、と無くなってしまったアイスに思いを馳せていたところで、キヤクさんが、おいあれ見ろよ、と老人の口の端を指差したので目を凝らせば、ふさふさとしたものがそこから伸びていて、まさかと思いきぐるみの臀部を眺めると、そこの部分だけ布が裂けていて尻尾が老人のケツの穴から飛びだしているのがわかって、どうやらここが終点じゃなかったらしい、と気付き、俺たちの冒険はこれからだな、となぜだか決め顔で頷くキヤクさんにイラつきながらも、ここまで来たら最後まで行ってみたいという気持ちを新たにしたところで、老人の口から飛びだしている尻尾の行く先を見れば、前方にある網戸の端からまた外に飛びだしているようで、これはまだまだ長くなりそうだなと思い歩みだそうとしたところで、カナコさんが真剣な顔で有彦を見つめてきていて、ねぇ、と話しかけられた有彦が瞬時に体を強張らせ、なんですか、と尋ね返すと、さっきから思ってたけど、君すごく汗臭いよ、と鼻を摘んだまま告げられ、なんか尻尾とかどうでも良くなるくらい落ちこみ、生きててごめんなさいと思いながら俯いて、一瞬かそれとも数分の長い時間のあと、そのカナコさんに、ぐずぐずしてないで行くよとゴミを見るような目を向けられて、仕方なく立ち上がり……

感想を投稿する
ログインする※ログインしなくてもコメントできます!
コメントするときにログインしていると、マイページから自分が付けたコメントの一覧を閲覧することができます。

名前は省略可。省略した場合は「匿名希望」になります。

感想の投稿には利用規約への同意が必要です。