宇宙紳士

小林某

【前回までのあらすじ】
 団地少年奥田雅治くんが宇宙放送を見て失踪し、富豪の少年大倉新吉くんは仮面の男魔津本天心(まづもとてんしん)の奇術によって宇宙に旅立った。新吉くんのお姉さんの栞さんは、女学校の同級である城之内トミ子さんをかつて窮地から救ったという人物に捜索を依頼する。その人物とは帝都一の名探偵、神宮寺又一郎である。帝都郊外にある〈スペース・パアク〉が魔津本の根城となっていることをつきとめたのは、依頼からわずか二日後のことであった。

『廃遊園地スペース・パアク』
 スペース・パアクはその名の通り宇宙をテーマとする遊園地で、〈宇宙城〉という巨大施設がそのシンボルである。これは宇宙船が地球に不時着して、壊れてしまったが、そのまま宇宙人どもの居城となったというものだ。夜間には青や緑の電飾がギラギラ光って、まるでほんものの宇宙船のようであった。内部も宇宙的な意匠をあしらった空間になっており、そこでサーカスやらマジック・ショウなどを行っていたが、これが大変な評判で、子どものみならずいい年をした大人まで夢中になったのである。しかし帝国経済が次第に冷えこむにつれて、人々の関心事は宇宙のごとき空想事から日々の生活へと移っていった。経営不振におちいったパアクは数年前に閉園になり、以来買い手もつかぬまま廃墟と化したのである。もともと周囲になにもない僻地であるから、ここまで車を出してくれたのは宇宙無線なる無名タクシーだけであった。

 入口の宇宙門をくぐると、広大な敷地には古びた遊戯施設がひしめいていた。空中には線路が敷設されており、ところどころに停車場がある。最奥には円形の通路の真ん中にくだんの宇宙城がそびえ立っている。
 中ごろまで進むと、開けた場所に出た。ここ宇宙広場で催されたヒーロー・ショウは、帝都育ちなら誰もが一度は観覧したことがあるだろう。なぞを解き、悪を指弾し、怪人をやっつけるヒーローにあこがれた少年は決して少なくなかった。又一郎少年にしてからがそのかっこうの良いショウに感激して、探偵を志したのではなかったか。
 神宮寺の意をくんだかのように、乗り物たちがにわかに動きだした。銀河列車が発車し、回転木馬が観覧車が回りだし、そこここに笑顔で満たされた子どもたちの幻影が見えるようであった。しかしその幻は幻にしてはあまりにもはっきりと見えすぎていた。そうだ、これは白昼夢などではない。笑顔かと思われたのは凍てついた仮面の笑いで、げんに神宮寺は、仮面の軍団に包囲されていたのだ。
 神宮寺は身構えながら、あたりを素早く観察した。すると、いた、いた。ひとりだけ、回転木馬のかげから様子をうかがっているやつが。その仮面も笑っているように見えるが、よく注意してみると口ではなく、ピンととがったカイゼルひげだ。集団による襲撃には、まずを頭目を討つことが鉄則である。神宮寺は傍らにあったゴー・カートにひらりと飛びのると、ざこの仮面どもをはねとばしながら駆けた。そして瞬く間にひげの仮面を組み伏せてしまった。仮面をひきはがすと、どこかで見た美少年である。読者はご記憶であろう、この少年は、大倉新吉くんだ。
「きみたちは魔津本とやらの催眠術に操られているのだ。目をさましたまえ」
「異なことをおっしゃる。他の少年はいざ知らず、ぼくは自ら魔津本先生に弟子入りしたのです。催眠術が見たいなら、この手を離してくだされば、すぐにお目にかけますよ」
 そう言ってマントを振ると、金糸で模様をあしらった、いわくありげなきれいな巻物みたいなものがごとりと地面に落ちた。新吉くんはそれを手にとり、底の部分を神宮寺の目に当てて、ゆっくりと回しはじめた。
「うむ、どうしたことだ。これは、宇宙ではないか。目の前に、銀河が広がっているではないか。いま幾千の星が、グルグルとらせんを描いてゆく……」
「ぼくは宇宙軍団の幹部なのですよ。これは先生から賜った宇宙万華鏡。さあ、これであなたも宇宙人になれる。〈スペース・スペース〉となえなさい。〈スペートリー・スペートラー〉ごいっしょに。〈スペース・パーワー〉となえて、どうぞ」
 なんてふしぎだろう。新吉くんはふたつの声を同時に出しているではないか。ひとつは地の底から響いてくるような低音、ひとつは風が鳴くような細い高音だ。とぎれかけた意識の中、神宮寺は自分がどこかに運ばれるのを感じた。そして自らの声が魔津本天心に忠誠を誓うのを確かめたのを最後に、黒暗々の奈落におちこんでゆくのだった。

「よくやった新吉くん。帝都一の探偵を味方につけてしまったのだから、これでわれらにかなうものは、いなくなってしまったわけだ。なあ、神宮寺又一郎くん……いや、もうその名前はいらないな。新しい名を授けよう、宇宙探偵よ!」
「それが、魔津本さま、そういうわけにもいかぬのでござります。実はわたくしめをこえる探偵が、ひとり残っているのです」
「わがスペース・フレンドよ。おぬしほどの名探偵をして、名探偵とよばわしめるとは、一体どんな剛のものであるか」
「はかくの頭脳を持った少年探偵です。そして彼が探偵であることは、政府でも高い地位にいるものしか知らぬトップ・シークレットなのです。秘密の名はジュニア、不肖の息子です」
「なんと、秘密の探偵ジュニアとな。しかし、うむ、僥倖(ぎょうこう)と言わねばならぬな。貴様の息子なれば、先手を打つことも容易ではないか」
「僭越ながら、ご忠告申し上げます。ご主人さまは、かの者のおそろしさをあまりに軽視なさっている」
「愛する息子を、高く評価したい気もちは、宇宙人にだってわかるつもりだ。それでも子どもひとりがわが宇宙城を、おとせるはずのあるものか」
「決して、決して、親馬鹿で申し上げているのではありません。いまの彼の居場所は、わたくしすらも知らないのです。おそるべき隠遁術です」
「ふん、尻尾を出したね……貴様の息子は、神宮寺邸で新吉くんのお姉さんと一緒にいるという報告が、すでにあがってきている。どうも貴様は、すっかり催眠にかかっているわけではないようだ」
「わたくしは心からあなたのしもべです! どうかお聞きいれください、宇宙紳士さま」
「くどい。誰か、こいつを宇宙縄でもってふんじばって、宇宙牢にぶちこんでしまえ。しかし名探偵にここまで言わせる少年とは。それなればわし自らが神宮寺邸におもむくも一興であろう。新吉くんも来なさい。はかくの天才とやらを、宇宙軍団の末席に加えてやろうではないか。ハハハハ……」

 神宮寺はいま宇宙のただ中を漂っていた。扉にはめこまれた、潜水艦についているような丸窓からは、ぶきみなニヤニヤ笑いの仮面がのぞき込んでいる。
「このミラー・ハウスは合わせ鏡で無限の宇宙空間を表現しているのです。いまは宇宙紳士さまに逆らったものが入る、反省部屋ですがね。なんでも宇宙に抱かれて、宇宙の心を育てるっていう話ですよ」
「ぼくはてんから宇宙人だ。ここから出してさえもらえれば、すぐにでもわが子をひっさらってくるものを」
「あなたは有能すぎるんだ。それを宇宙紳士さまは、おそれていらっしゃる。ここでもうひとつ強力な催眠術に、かかっていただけませんか」
「それで出陣の許しが出るのなら、望むところじゃないか」
「よい心がけです。ではこの方にお出ましいただきます」
 仮面がひっこんで、別の仮面があらわれた。それは墨のように真っ黒の仮面であった。
「黒点さまです。新吉くん以上の催眠術士なのですよ」
「よしたまえ雅治くん。もし新吉くんの耳に入ったら、どんなにか傷つけてしまうだろう。考えてみればぼくに才能がありすぎたことも、彼の宇宙狂いの原因かもしれないのだ。さあ、すぐはじめますよ、神宮寺先生」
 これで名探偵も一巻の終わりであろうか。黒点少年の催眠によって、正義の探偵は帝都に仇なす宇宙人として生まれ変わってしまうのだろうか。むろんわれわれにはまだ希望が残されている。しかし宇宙探偵神宮寺の言うように、お家にいるジュニアはにせもので、ほんもののジュニアが行方知れずであれば、事態はどのように解決されるのだ。真実の行方を知りたくば、次回をお待ちいただくしかない。

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